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4 セイレーンの事情と振付師

楽しんでいただければ幸いです。

 セイレーンは、男を産まない。

 男の種族に関係無く、セイレーンの子は全てセイレーンとして産まれる。

 その為、男の精を得る方法として、船を沈め船乗りを攫う。

 古くからの習わしで、女が家を守り男は女の元へ通う。

 男女のバランスが常に女の方が多い為、男は複数の、時には数十人の女に精を求められるのである。しかし、男達は皆船乗りである。方々の港に《現地妻》を持ち、長い航海の中で時には男同士でという事さえある精の塊の様な船乗り達にとっては、この美女揃いの島は当に桃源郷であった。


「という事でな、男達は島の警備をしながら非番の日には子作りに励んでいるという訳だ。

 大陸との間に定期船を出していて、その気になればいつでも帰れるのだが、帰りたいと言う者もなかなか居ないもので、この島はこれでなかなか上手く回っているのだよ。」


 魔王の連れとあって、懇切丁寧に説明されたのだが、日本の庶民の倫理観しか持ち合わせていないタケシにとっては、なかなか理解に苦しむ話であった。


 街中を悠々と進んでいた馬車は、とある雑貨屋の前に停まった。


 店の奥から20歳前後に見える若い娘が現れるのと、馬車の扉が開かれるのは、粗同じタイミングであった。


「魔王様、島主様、ようこそ御出で下さいました。」


 娘は優雅に御辞儀をした。


「うむ、御苦労。

 サラよ、お前に頼みがある。お前の歌の腕前を見込んで、仕事を受けて貰いたい。」

「歌でございますか。それで、何隻程沈めれば御満足いただけますか?」


 何の冗談かと思うだろうが、サラと呼ばれた娘の表情は真面目そのものだ。


「お前は何を言っておるのだ。船など要らんぞ。」


 ニーナは眉間に指を当てた。


「我々セイレーンにとっては、歌とは船を沈める為の手段。ですから、より多くの船を沈められる歌こそが良い歌なのです。」


 サラの熱弁の最中、雑貨屋の中から10歳くらいの少女が出てきた。


「姉さん、何時迄魔王様を外に立たせておくつもりですか?」


 どうやら、サラという娘の妹らしい。


「魔王様、島主様、お付きの皆様、どうぞ中でお話しください。」


 一行は、少女の案内で雑貨屋の奥へと入っていった。

 奥の部屋に入ると、早速とばかりにニーナが口を開いた。


「では、早速本題に入るが、サラ、まずは此奴にお主の歌を聴かせてやってはくれぬか?」

「魔王様のお望みとあらば。」


 サラが美しい歌声で歌い出した。

 歌は、控えめに言っても最高だった。


「聴いたことも無いような美しい歌声だ。圧倒されるな。」

「そうであろう。」


 ニーナとタケシは機嫌良くサラの歌声に聴き入っていたのだが、それに反してサラは苦悶の表情を浮かべ、歌を途中で辞めてしまった。


「貴様、男であろう。何故私の歌に魅了されない!」


 サラはタケシに対して怒りをぶつけた。

 ニーナは、サラの怒りに満ちた言葉に少し考えて口を開いた。


「タケシ、ステータスを開いてみよ。何か変化は無いか?」


 タケシがステータスを確認すると、MPがごっそりと減っていた。

 更に、《状態異常抵抗 Lv3》というスキルが増えていた。


「うむ、やはりな。

 此奴はちょいと特殊な事情があって妾の元で居候しているのだが、此奴は勇者なのだ。

 どうやら勇者の称号持ちの効果で《魅了》に抵抗したようだぞ。」

「お主は剣の腕前は見込みも無いが、魔法の才は有るのかも知れぬな。」


 更に魔力の最大量も増えていた。

 予期せぬところで思わぬ発見であった。


「ところで、この娘の歌は如何であったかな。」

「純粋に凄いと思った。だが、ニーナには悪いがメンバーとして欲しいのは彼女じゃ無い。なあ、ニーナ。セイレーンは、皆歌が上手いのだろう?」

「ああ、彼女以外の者達も歌は達者な者ばかりだ。」

「ならば、メンバーとして欲しいのはあの子だ。」


 武志が指し示したのは、サラの妹であった。

 ニーナは一つ頷いた。


「お主、名を何と申す。」

「わ、私ですか? アルテと申します。」


 ニーナの問いにサラの妹が答えた。


「アルテか…良いだろう。お主をメンバーとして迎え入れよう。」


 タケシが続けた。


「サラさん。貴女の歌はとても素晴らしかった。出来ればニーナ達に歌の指導をお願いしたい。引き受けて貰えるだろうか。」

「歌で受けた雪辱を歌で晴らす機会を与えて貰えるのですね。是非受けさせて頂きましょう。」


 こうして、グループのメンバー1人と、歌の指導者が決まった。


 早速、サラとアルテの姉妹は荷物を纏め雑貨屋を閉めると、ニーナ一行と共にニーナの城へと向かった。




 ニーナが城に戻ると、予期せぬ客が訪れていた。

 ニーナお抱えの商人、バイヤー商会の主人である。


「魔王様に置かれましては、御機嫌麗しゅう…」

「良い良い。して、お主の方から来るとは珍しいが、何用だ?」

「魔王様が新しい事業を始めると伺いまして…。つきましては、私共も新しい事業に一枚噛ませて戴きたく、お伺いさせていただきました。」

「耳が早いな。で、お主はどうやって事業に絡むつもりだ?」

「私の娘を使って頂こうかと存じます。」

「ふむ…」


 ニーナは、少しの間考えを巡らせた後にタケシを呼んだ。


「娘さんは、一緒に来られているのですか?」

「はい、別室にて待たせて居ります。」

「兎も角、会ってみましょう。」


 別室で待っていたのは、何とも庇護欲を唆られるような大人しそうな少女だった。


「君、名前は?」

「ルーチェ…です。」


 答えるなり下を向いてしまった。

 顔は申し分無いくらいに可愛い。年齢もニーナの見た目と釣り合っている。


(とすれば、入れないという選択肢は無いか…)


「俺達がやろうとしている事はーーー」


 タケシは、ルーチェにアイドルグループの説明をした。


「ルーチェ、君はアイドルに成りたいかい?」

「はい…が、頑張ります。」


(案外、こういう子に人気が集まったりするもんだよな…)


 3人目のメンバーは思わぬ形であっさりと決まり、一応のグループとしての体裁が整った。


  謁見の間に戻ったタケシは、渡りに船とばかりにバイヤーに話し掛けた。


「バイヤーさん、いくつか作りたい物が有るのですが、腕の良い職人を紹介して戴けますか?」

「どのような物をお作りするのか、伺った上でその物に見合う職人をご紹介致しましょう。」


 タケシは頷き、次々にグッズの説明をしていった。


「それと…」


 更にタケシは、


「ダンスの指導をしてくれる人に心当たりはありませんか?」


 バイヤーは、ニーナに対して答えた。


「それでしたら、魔王様も御存知のエルザの所に引退が近い踊り子が居ります故、御相談されると宜しいかと存じます。」

「ババアの所か。気が進まむな。」


 どうやら、ニーナの知り合いらしい。


「引退するのはマルグリットらしいですよ。」

「何? あの娘が引退するのか。仕方ない、偶にはババアの顔を拝みに行ってやるか。」


 タケシは、バイヤーと幾らかの打ち合わせをした後、ニーナと共にエルザに会いに行った。




「ババア、顔を見に来てやったぞ。」

「おやおや、これは魔王様。いらっしゃいまし。入ってくるなり人をババア呼ばわりとは、あんまりじゃありませんか。」


 どんな老婆が現れるのかと思いきや、店の主人は30代くらいに見える妖艶な美女だった。

 もっとも、見た目と年齢がイコールとは限らない。


「今日は人間を連れてらっしゃるのね、珍しい。その人間を売りにいらしたのかしら。」

「いや、此奴はうちの居候だ。今は共同事業者と言ったところか。今日来たのは、マルグリットが引退すると聞いたからだ。」

「あら、マルグリットに何のお話かしら。たとえ魔王様でも、あの娘が望まないお話は御遠慮させていただきますわよ。マルグリットを呼んで参りますので、少々お待ちくださいまし。」


 タケシとニーナは、応接室に案内された。

 出された紅茶に口を近付けると、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

 一息吐いたところで、タケシはニーナに疑問を投げかけた。


「なあ、ニーナ。セイレーンの島ではリーゼが来るのを待ったのに、エルザの店には直接来ただろう。それは、どうしてなんだ?」

「セイレーンの島は、リーゼに管理を任せておる。妾に勝手に動かれては、あの者も困るであろう。正当な手順というものだ。対して、この店は王都の中にある。妾の直轄地ゆえ、妾が直接参る事に何の問題も無い。


 そういうものかと、タケシは納得した。


「魔王様、ようこそお出でくださいました。何用でございましょうか。」


 エルザが連れてきたのは、スラリとした長身の美女。

 御辞儀一つにしても、目を惹く美しい動作だ。


「マルグリットよ、お主引退するそうだな。お主に仕事を頼みたいのだが、聞いてはもらえぬか。」

「はい、私に出来る事ならお聞きいたしますが。」

「そうかそうか、お主に頼みたい仕事とは、妾に踊りの稽古を付ける事だ。」

「魔王様が踊りですか…いつから稽古を始めれば宜しいでしょうか。」

「なに、お主が引退した後でも構わぬ。随分長くやってもらう事になるからな。城にお主の部屋を用意させよう。」

「あの…お話は嬉しいのですが…私には娘が居りまして、随分大きくなりましたので、そろそろ舞台に上げようかと考えております。出来れば娘の稽古に専念したいと思っておりまして、片手間で魔王様の稽古を付けるという訳にはいかないものでしょうか。」

「むう…タケシよ、踊りの稽古は片手間でどうにかなるものか?」

「毎日3〜4時間はダンスレッスンに欲しいところですね。まだ曲待ちの状態ですが、基本のステップを覚えたり、振り付けを考えたり、時間が足りない事はあっても、余る事は無いですね。」


 タケシの言葉に、魔王は考え込む。

 やがて何かを思いついたのか、口を開いた。


「娘と一緒に来るというのはどうだ。」

「それなら…」

「よし、お主の娘も連れて来るが良い。纏めて面倒を見てやろう。」

「魔王様…ありがとうございます。」


 マルグリットは、明るい笑顔で答えた。


「という事だ。ババア、これで良いな。」


 魔王は、エルザに金貨の入った袋を手渡した。

 エルザは袋から金貨を何枚か取り出すと、袋を返した。


「これで充分で御座います。最後にマルグリットの舞台を御覧になりますか?」

「うむ、拝見しよう。マルグリット、良いな。」

「はい、魔王様の仰せのままに。」


 マルグリットのダンスは圧巻だった。ステップが軽やかでしかも力強く、腕の伸びがしなやかで色気があり且つ表現が大きい。

 これは、ダンスの才能以上に、表現者として素晴らしい才能を持った人の動きだ。

 タケシは、マルグリットの舞台に、得も言われぬ感動を覚えた。

フィクションです。

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