1 アイドルグループと勇者?
書き直しました。
守屋タケシはその日、東京臨海にある大型催事場にいた。
その日は、『東京ロックフェスティバル』の2日目当日だった。
タケシは大学卒業後、自らの手でアイドルグループを作るという目標を持って、スペースプロデュースという芸能事務所に就職した。しかし、彼が配属されたのはスカウト部門。そしてスペースプロデュースには、多数の雑誌モデル、スチールモデルが在籍するものの、アイドル部門は存在しなかった。
タケシは沢山の子をスカウトし、社内でも優秀な成績を上げていった。もっとも、彼がスカウトした子達は、モデルよりもアイドル向きだったが…。
タケシが入社して3年目、社内でアイドル育成プロジェクトが立ち上がった。しかし、タケシはプロジェクトに呼ばれなかった。
アイドル育成プロジェクトから、2組のグループがマイナーレーベルからデビューした。その内の一つ『ハッピーモンスター』は、アイドルの概念を壊すプロモーションを展開し、コアなファンを獲得していった。
入社して4年と3ヶ月が経った或る日、タケシは社長に呼ばれた。タケシは『ハッピーモンスター』のサブマネジャーに抜擢されたのだ。
「やっとスタートラインだ。」
タケシのサブマネジャーとしての最初の仕事は、3ヶ月後に東京臨海で開催される『東京ロックフェスティバル』への、『ハッピーモンスター』の出演を『ハピモンちゃんねる』にて告知する事であった。
「はい、始まりましたー。ハッピーモンスターのリーダー『体力モンスター』こと、松田奏です。そしてー。」
「初めまして、こんにちは。ハッピーモンスターのマネジャーをしております、スペースプロデュース株式会社の守屋タケシと申します。宜しくお願い致します。」
「モリヤンでーす。宜しくお願いしまーす。」
その告知は、『体力モンスター』松田奏と共にやることになっていた。
『ハッピーモンスター』は、5人組のアイドルグループである。
『体力モンスター』松田 奏(まつだかなで:リーダー 赤)は、某テレビ番組にて24時間耐久200kmマラソンに挑戦し、テレビ局の担当者の予想を上回るハイペースで走った為に、途中の休憩を長めに取りつつ200kmを余裕で完走し、メンバーの待つ会場に飛び込むと、更に2時間の特別ライブを熟したという底無しの体力の持ち主だ。
『食欲モンスター』田巻 静佳(たまきしずか:黄)は、わんこそばの大食い大会で大台の100杯を食べ切るなどプロのフードファイターには及ばないものの、大食いアイドルとして知名度を上げつつある。
『プリティモンスター』榊 綾乃(さかきあやの:緑)は、兎に角カワイイを売りにして、メンバーからはウザがられているものの、MCを担当するなどグループ内での存在感は誰よりも大きい。
『歌声モンスター』小鳥遊 瑠歌(たかなしるか:紫)は、振り切ったダンスと誰よりも優しい歌声でファンの心を掴んでいる。
『お洒落モンスター』夏目 ひかり(なつめひかり:青)は、アイドルの傍ら雑誌モデルも熟し、ファッションアイテムやメイク技術を公開している自身の動画チャンネルは、登録数10万を超える人気となっている。
因みに、ピンクはハコ(グループ全体)推しのカラーなのだが、これはデビューに際してメンバーカラーを決めようとなった時に、メンバー全員がピンクを主張して譲らなかった為に、チーフマネジャーの山下ノボルがブチキレて「ピンクはメンバーカラーにしない!」と決めた事によりハコ推しカラーになったという経緯があり、ファンの間ではよく知られた逸話となっている。
「えー、今日のお仕事は何でしょうか?」
「はい、今日のお仕事は、告知でーす。」
「では松田さん、早速お願いします。」
「私達『ハッピーモンスター』は、この秋に開催される『東京ロックフェスティバル』への参加が決定しましたー。(パチパチパチパチ)『東京ロックフェスティバル』略してー『ティー』…」
「駄目です。略さないでください。怒られますので。えー、公式の発表は来週なのですが、情報解禁日となりましたので、このチャンネルを御覧の皆様に一足早くお知らせする事となりました。では松田さん、詳細をお願いします。」
「ねえ、そんなことよりもさあ、私、モリヤンにスカウトされて事務所入ったんだよねえ。私、モリヤンがマネジャーやってくれると思ってたのに、デビューしてからも一回も会いに来てくれないとか酷くない?」
『ハッピーモンスター』の中でも、松田と小鳥遊はタケシがスカウトしたメンバーだった。
「ごめん、後で聞くから告知の続きやって。」
「はい、私達『ハッピーモンスター』は、『東京ロックフェスティバル』の2日目、コメットステージの1番手で出演しまーす。」
「特別に2000枚のチケットを確保しましたので、明日の13時からファンクラブ特設サイトで限定販売致します。応募者多数の場合は抽選となりますので、御了承ください。2日目限定のチケットとなります。3日間通しのチケットをお求めの方は、『東京ロックフェスティバル』公式サイトからの案内に従って御購入ください。」
「終わり? じゃあさっきの話の続きね。モリヤンさあ、何で私に会いに来ないの?」
「いや、部署が違ったんで。」
「それでもさあ、デビュー決まった時に『おめでとう』の一言くらい有っても良いと思わない?」
「えー、時間なので終わりたいと思います。」
「以上、『ハッピーモンスター』リーダー、『体力モンスター』こと、松田奏でしたー。ありがとうございましたー。バイバイ。」
タケシはその後の半日を、松田の文句を聞きつつ過ごす事となった。
公式から『ハッピーモンスター』の出演が発表されると、ロックファンの間で激しい論争が巻き起こった。そして実際、会社にも抗議の電話が多数寄せられた。
2週間後、更にロックファンを驚かせる発表があった。
1日目に出演する人気バンド『少年探偵団』ドラマーのKOBAYASHI、そして異色ガールズバンド『メガ盛りカルビ』ベーシストのナガノの二人が、何と『東京ロックフェスティバル』のステージで『ハッピーモンスター』のバックバンドに参加するというのだ。
『ハッピーモンスター』にとっては嬉しい援護射撃になった。
そして、発表からひと月が過ぎた頃、風向きが変わった。
「ここでちょっと『東京ロックフェスティバル』の話を。みんなも知ってると思うけど、アイドルグループの『ハッピーモンスター』の出演が決まった訳だ。『ハッピーモンスター』なあ、あの子達の頑張りは本物だよ。若い奴らはジャンルが違うからとかロックにアイドルは合わないとか勝手な事言ってやがるらしいけど、…言ってるんだろう? それでもジャンルも何もかも全部飛び越えて、既成概念もぶっ壊して飛び込んで来るんだ。それこそがロックじゃねえか。温かく迎えてやろうぜ。実は俺もあの子達がどんなステージを見せてくれるのか楽しみにしてんだ。」
同じ2日目のステージに立つロック界の大御所が、自身がパーソナリティを務めるラジオ番組で語った事が切欠となり、ロックファンの中にも『ハッピーモンスター』のステージを楽しみにする人達が増え始めた。
そして今日、『ハッピーモンスター』は、『東京ロックフェスティバル』のステージに立つ。
予定は開演時間の9時にスタート。
overture『快進撃:ハッピーモンスター』を流した後、1曲目、代表曲の『Let's go! 世界制服。』2曲目『幸運を掴め!』と続き、MC1メンバーの自己紹介。その後、3曲目『ハッピーは最強だ』4曲目『全力モンスター』の2曲の間にメンバーが客席外周部を廻り、1周してステージに戻る。ステージに戻ったら、MC2。告知とステージ終了のお知らせ。最後に5曲目『笑顔の花を』を歌って終わる。
ライブでも盛り上がる曲を並べた編成になっている。
タケシはスタートからステージ傍に待機し、メンバーが客席外周部を廻る時に2人目の田巻の横に付き、客席を警戒するポジションになっていた。
8時を過ぎ、解放された入口からは続々と観客が入り、スペースがどんどん埋まっていく。思い思いに推し色の服を身に着けたファンに混じって、黒革の服で固めたゴリゴリのロックファンの姿も見られる。
やはり、良くも悪くも『ハッピーモンスター』のステージは注目されているようだ。
9時、予定通りにステージが始まる。
会場を包むような大音量で、overture「快進撃:ハッピーモンスター」が流れると、『ハッピーモンスター』のファンを中心に会場は徐々に盛り上がりを見せる。
少数ではあるものの、見るからにロックファンという格好の人にも、中には棒状ライト(通称ペンライトともサイリウムとも呼ばれているが、どちらで呼んでも本来の名称の物とはべつものであり、厳密にいうと間違いである)を振る姿が見て取れる。
そして『ハッピーモンスター』の5人がステージに現れると、一際大きな歓声が上がった。
一瞬の静寂の後、1曲目『Let's go! 世界制服。』のイントロが流れると、一斉の掛け声と共にそのリズムに合わせて棒状ライトが振られる。
まず連続2曲を歌い切り、MCが入る。
「私達のステージを初めて観る人も、今日は是非覚えて帰ってください。」
メンバーの自己紹介がいつもの順番通りに続く。
ここまでは順調だ。時間は…若干押しているか。
「私達が『ハッピーモンスター』だ! アイドルの本気を見せてやる! その心に刻み込め! 行くぞー!」
松田が叫ぶと同時に、3曲目『ハッピーは最強だ』の演奏が始まり、松田を先頭にメンバーがステージから降りてくる。
タケシはケーブルを這わせる為に設けられたスロープに注意しつつ、松田の後ろを進む田巻に付いて歩いていた。
客席は盛り上がり、メンバーの動きに呼応する波のように歓声が上がる。
ふと前方を確認すると、観客らしき人影が進行方向に見えた。
会場の照明はメンバーを照らすスポットライトのみとなっており、周囲の確認も容易ではない。
『山下さん、通路に人入ってませんか?』
タケシが松田の前で先導するチーフマネジャー山下に無線で確認を取ろうとした時、人影が猛然と松田に向かって走り出した。
「奏!」
タケシが松田と人影の間に体を滑り込ませると同時に、人にぶつかる衝撃、そして脇腹に鈍い痛みを覚えた。
人影の主は見覚えの無い男だった。男の手には、ベッタリと血が付着している。
スタッフご男を拘束するのを確認したタケシの意識は、急激に増す痛みに耐えられずに途切れた。
会場は騒然となっていた。
『ハッピーモンスター』のライブは中止され、直ぐに救急車が呼ばれた。
救急隊員が到着すると、スタッフは急いでタケシの元へと誘導した。
タケシは直ぐに担架に乗せられ、会場から運び出された。
救急車の中では、直ぐに応急処置が施される。
「直ぐに病院に到着しますからね。しっかりしてください。」
救急隊員が必死に呼び掛けるが、激しい痛みの所為か、タケシがその声に応える事は無い。また、タケシの息は荒く脈も乱れていた。
そして、一度手放されたタケシの意識がそう簡単に戻る筈も無かった。
フェスという事もあり、その日は撮影の規制が緩く設定されていた。
その上、『ハッピーモンスター』のステージに限っては、会場に来ているロックファンの気を引く為に、敢えて撮影を解禁していた。
その為、数多くの携帯カメラが、その事件を見ていた。
中でも、至近距離から撮影された動画は、ファンの手によって瞬く間に拡散されることとなった。
松田 奏を救った勇者だと、SNSでは祭状態になっていたのだが、終にタケシがそれを知る事は無かった。
時を同じくして、タケシが救急車の中から跡形も無く忽然と消えたのである。
直ぐにチーフマネージャー山下の下に連絡が入ったが、その内容は誰にも理解の及ばない話だった。
唯一分かった事と言えば、タケシがもう戻って来る事が無いという事だけだった。
翌日、全国ニュースになり、『ハッピーモンスター』の公式ブログには、メンバーひとりひとりの、タケシに対する感謝と追悼の言葉が掲載された。
フィクションです。