第29話 聖薔薇騎士団
無事に収束したかのように思えた今回の騒動。
彷徨亡霊の存在は瞬く間に消え去り、大雨もそれと同時に止んだ。各地で戦っていた【聖薔薇騎士団】の団員もまた、無事にその戦いを終えた。
今までに類を見ないほどの、彷徨亡霊の出現。その背後には、【原初の刀剣使い】の存在があるのではないか。
そのように考えていたが【聖薔薇騎士団】が手に入れた手がかりは、カトリーナの記憶だけだった。
おそらくは戦いがあったであろう地下の現場。そこに調査が入ったのだが、そこにはカトリーナが倒れているだけで残りの痕跡は何も残っていなかったのだ。
まるでこの場所にカトリーナが一人で倒れているだけのように。
その後。カトリーナに事情聴取が行われたが、彼女はこのように供述した。
「……本当に申し訳ありません。わたくしはその……誰かを追いかけていたのは、間違いなのですけれど……全く思い出すことができないのです」
彼女には記憶が残されていなかった。残っているのは、今回の騒動が始まったのに際して【聖薔薇騎士団】が集合してから出撃した時の記憶まで。
それ以降のことは何も覚えていなかったのだ。
そして安静にするためにカトリーナは入院することになったが、残された【聖薔薇騎士団】の団員たちはすぐに召集されることになった。
中央機関塔。
その最上階のフロアを全て支配するのが、【聖薔薇騎士団】。この王国の中でもかなりの権力を有している。
続々と団員たちがある一室へと入ってくる。円卓にそれぞれの席が用意されており、七人分の椅子が円卓の前には用意されている。
カトリーナの席もあるのだが、今回は彼女は欠席である。
最後にやって来たのは【聖薔薇騎士団】の団長だった。
腰まである長い銀色の髪を靡かせながら、彼女は悠然と歩みを進める。腰に差している聖剣は黄金の輝きを放っており、その煌めきを一見しただけでもそれが聖剣であると容易に理解できる。
灼けるような真っ赤な双眸に、高く伸びている鼻。その肌はまるで雪のように白く、おおよそ現実離れした容姿である。
そんな彼女の名前は、オレリア=クローズ。別名──完全無欠の戦姫。
二十三歳にして【聖薔薇騎士団】の団長という地位に至った、この王国の魔法師の歴史の中でも史上最高の天才と謳われている存在だ。
「さて、皆さん揃いましたね」
柔らかい声。しかし、その顔はまるで精巧な機械のように無表情。感情が抜け落ちているような顔で、彼女は今回の件を整理する。
「改めて、皆さん。今回は彷徨亡霊を討伐のために全員が出ることになりましたが、どうやら裏では【原初の刀剣使い】が暗躍していたようです。詳しくは、カストからお話があります」
カスト=ファーノ。彼は、【聖薔薇騎士団──序列第五位】である。
その顔を全て覆うようなマスクをつけていた。それはまるで鳥のような形をしており、くちばしの部分が長く伸びている。両目は黒く覆われており、彼の表情を伺うことはできない。
そんな彼はこの王国の中でも魔法剣の第一人者である。そもそも、魔法剣とは魔法を使う時に使用していた杖が語源である。
それを杖から剣へと変化させたのが、魔法剣。そして魔法剣は【原初の刀剣】を研究することによって、生み出された代物。
【原初の刀剣】と魔法剣の情報に関しては、この王国で彼の右に出る者はいないだろう。
「こほん。団長からもご説明がありましたがぁ〜、今回の件はどうにもおかしな点が多いようですねぇ〜」
おかしな口調ではあるが、これが彼のいつも通りのものである。決してふざけているわけでないのは、全員理解していた。
「まずは彷徨亡霊の存在。二年前からずっと調査をしていましたが、未だに不明な点が多いですねぇ〜。そもそもかの存在を捉えることはできない。質量として存在しているようですが、すぐに雲散霧消してしまうんですよねぇ……。その彷徨亡霊が多発。そして昨日に関しては彷徨亡霊が大量に現れました。私としましてはぁ〜、背後には【原初の刀剣使い】がいると思うんですよねぇ〜。それこそ、【魔剣使い】がいるのではないかとぉ〜」
手に持っている資料を見ながら、カストはそう語る。
おおよそ彼の指摘は的を射ていたのだが、完全な根幹の情報は入手できていない。それはやはり、あの現場での情報が綺麗に消失していたからだ。
「そして、フォンテーヌ嬢が倒れていた件。あの地下室はもともと誰かが使っていたようなんですよねぇ〜。しかし、その痕跡は全く見当たらない。魔素の痕跡も彼女のもの以外は残っていないんですよぉ〜。つまりは、やはり彼女は何者かとあそこで戦っていた可能性が高いですねぇ。聖剣は奪われていなかったので、敗北したのかそれともギリギリ撃退できたのか。彼女に聞いて見ましたが、記憶がない。おそらくは、【原初の刀剣】の中には記憶を操作する。またはそれが副次的な効果であるものが存在すると思います次第ですねぇ〜」
概要を全て述べた。そしてそれに対しては、序列第三位であるシンシアが質問を投げかける。
「少しお聞きしたいのですが、カトリーナさんの命に別条は?」
「ない、と断言できますねぇ〜。魔素の循環も正常、記憶がない以外には特に問題はないかと〜。ただし、今後の経過観察は必要ですが。彼女が【魔剣使い】に操作されているという線も捨て切れませんので。そこはこの私に、お任せくださ〜いっ!」
「そうですか。それでしたら、良かったです」
ホッとしたのか、胸をなでおろす。シンシアはずっとカトリーナのことを心配していたので、彼女が倒れて入院していると知った時は動揺したのだが、今の話を聞いてとりあえずは安心するのだった。
「──妖刀。その可能性は?」
凛とした声が室内に響く。それは団長であるオレリアのものだった。すでに【魔剣使い】の存在はこの王国でも確認されているので、相手は魔剣を使用していると思い込んでいる。
しかし、彼女だけはその可能性を思い浮かべたのだ。
「ふ〜む。妖刀ですかぁ……あれは存在があまりにも異質ですねぇ。未だにこちらで回収できたものは一本もない。聖剣はすでに全てこちらにありますので、残りは魔剣を集めるだけですがぁ……そのあとに妖刀と考えていましたが、団長は妖刀使いがすでにこの王国にいるとお考えで?」
「可能性の話です。【原初の刀剣】は引かれ合うようにできている。そして今はおそらく、聖剣と魔剣はすでにこの王国に存在しているかもしれない。ならば、妖刀の可能性を考えても不思議ではないでしょう」
「ふ〜む。しかし、妖刀は他の【原初の刀剣】とは異なり世界に散り散りになっているという噂がありますねぇ……そこは要調査ですな」
「えぇ。任せるわ」
可能性を考慮した上で、最後にオレリアは話をまとめる。
「ともかく、私たちの目的に変化はありません。この世界の全ての【原初の刀剣】を集める。それこそが【聖薔薇騎士団】に課された使命なのですから。たとえ相手が魔剣であろうと妖刀であろうと、そのことに変わりはありません。この私たちが保有する聖剣こそが、この世界を統治するに相応しい【原初の刀剣】なのですから」
【原初の刀剣】を全て収集する。それこそが全ての目的。
そのために【聖薔薇騎士団】は設立され、こうして歴代の団員が引き継いでいるのだ。
そして最後に、締めくくりの言葉を告げる。
「──聖薔薇に栄光あれ」
『──聖薔薇に栄光あれ』
その言葉を口にすると、団員たちは改めてその目的のために動き始めるのだった。
【原初の刀剣使い】同士の戦いは、まだ始まったばかりである。




