第22話 カトリーナの葛藤
今回は三人称視点になります。
カトリーナ=フォンテーヌ。
この王国の魔法師でその名前を知らない者はいない。彼女の家系は、代々聖剣を引き継いでいることで有名である。
その銘は、【聖剣──不滅の炎剣】。
フォンテーヌ家は聖剣使いの家系ということもあり、王国内では有力な家柄として認識されている。もちろん、カトリーナもその将来を渇望されている。
しかし、彼女はその聖剣を引き継ぐのがあまりにも早過ぎた。
【聖薔薇騎士団】の団長は、歴代最年少での【原初の刀剣使い】となった存在だ。
カトリーナもまた十代にして【原初の刀剣使い】となった英才。その才能は、団長にも匹敵し得るのではないかとも言われている。
年齢は才能の指標だ。現在の【聖薔薇騎士団】の中で最年少の彼女は、その輝かしい将来を期待されている。
きっと、次の団長になるのは彼女であると──。
「はぁ……」
カトリーナは自宅に戻ると、ため息をつく。乱暴にカバンを置くと、天蓋付きのベッドにその身を投げる。
彼女の実家は、代々【原初の刀剣使い】ということでかなり裕福である。すでに貴族制は廃止されているが、元貴族。さらには【聖剣使い】ということもあり、この王国ではかなり有名な家系。
彼女の自室もまた、一人部屋にしては大き過ぎるほどである。
「一体、彼はなんなのでしょう……」
元々、サクヤのことを特別気に入らないというわけでもなかった。それに、他者を見下すことに悦を覚えるタイプでもなかった。
カトリーナがそうなってしまったのは、その【聖剣】の能力をまだ完全に引き出せていないことへの焦りだった。
【聖剣──不滅の炎剣】への適性は確かにある。だが彼女はまだ、その能力を完全に引き出せていない。【聖薔薇騎士団】であるにもかかわらず。
「サクヤ=シグレ……」
ボソリとその名前を告げる。
入学前からその存在は噂で聞いて、気になっていた。
あの呪われた聖王女の護衛となった、東洋出身の少年。
初めは、不遜にも実力を勘違いした愚か者だと思っていた。それに加えて自分が満足に【聖剣】の能力を引き出せない苛立ちが重なり、サクヤに対して強く当たっていた。
しかし、今はその印象は大きく変わっている。
──あの時の決闘。剣技だけなら、わたくしは完全に彼に負けていましたわ……。
彼女もまた、伊達に【原初の刀剣使い】ではない。
彼の剣技が上回っていたことは、分かっているのだ。勝つことができたのは【聖剣】を持っていたから。
それに、あれはサクヤの自爆。勝つことができた、ということも烏滸がましいのは痛感していた。
「カトリーナ様。シンシア様がいらっしゃいました」
「シンシアさんが?」
ノックが鳴ったと同時に、メイドからそのように声をかけられた。
【聖薔薇騎士団──序列第三位】である、シンシア=クレイン。彼女がこうして家に訪れることは今までなかったので、少しだけ驚いてしまう。
「カトリーナさん。昨日の夜以来ですね」
「えっと……はい。でも、どうしてシンシアさんが?」
服装をすぐに整えると、自室にシンシアを招く。互いにテーブルで向き合うようにして座る。目の前にはメイドが持ってきたティーセットが置かれていた。
「これは差し出がましいのかもしれませんが、最近はどうにも悩んでいるようでしたので」
「それは……」
【聖薔薇騎士団】は最近は彷徨亡霊との戦いで、共に戦うことが多い。
その中で、シンシアとカトリーナはペアを組んで戦うことが多かった。そして、カトリーナが何か悩んでいると感じ取った彼女はこうしてわざわざやってきたのだ。
「その。わたくしは、ちゃんとやれているのでしょうか……」
今まで自分で抱えていた悩みを吐露する。
シンシアはシスターをしているということもあって、懺悔を聞くことが多い。それに彼女の生来の性質なのか、全てを包み込むようなその性格もあってカトリーナは素直に話すことにした。
「【聖薔薇騎士団】に所属していますのに、まだ【聖剣】の能力を完全に引き出せていない……彷徨亡霊との戦いでも、シンシアさんに助けてもらってばかりで……」
それはずっと思っていたことだった。
主に彷徨亡霊との戦いでは、シンシアが前線。カトリーナがカバーをするという形。そして、前線で圧倒的な戦い方を見せる彼女を見て自分の不甲斐なさを痛感していた。
「カトリーナさん。まだ、焦らなくてもいいんですよ?」
それはとても優しい声音だった。
彼女は立ち上がると、そっとカトリーナを抱きしめる。
「カトリーナさんはまだまだお若いです。【聖薔薇騎士団】に所属して、緊張やプレッシャーもあると思います。それでも私は、あなたはしっかりとやっていると思います」
「それは……でも、わたくしはっ!」
「焦りがあるのは分かっています。でもきっと、【聖剣】の能力をいつか全て引き出せるようになります。私だって、すぐに扱えるようになったわけではないですから」
「そうなのですか……?」
尋ねる。
それは、初めて聞く話だった。【聖薔薇騎士団】の中でも上位に位置している彼女も、同じような時期があるとはカトリーナはあまり信じられなかった。
「はい。【原初の刀剣】の扱いは、それだけ厳しいものなのです。それを十代から所有しているだけで、カトリーナさんはすごいと思いますよ?」
ニコリと優しく微笑みかける。
それはお世辞などではなかった。歴代の【原初の刀剣使い】はほぼ全員が、【原初の刀剣】の扱いに苦しんでいる。
例外といえば、現団長くらいだろうか。
「……その、ありがとうございます。慰めてもらって」
少しだけ元気が出たようで、その声は先ほどよりは暗いものではなかった。
「いえいえ。私にとって、カトリーナさんは妹のようなものなので」
「妹、ですの?」
「はい。とっても可愛い妹ちゃんです。きっと神が、この出会いを与えてくれたのですね」
シンシアはさらにギュッと抱きしめる。その豊満な胸が触れ、暖かさを感じる。それは安心するには十分なほどのものだった。
「わたくしも、シンシアさんと出会えてよかったですわ。これからも頑張ってみようと思いますの」
「はい。カトリーナさんならきっとできますよ」
そうしてシンシアは彼女の家を後にした。
その姿が最後まで見えなくなるまでカトリーナは、見つめていた。
──本当に、わたくしはお世話になりっぱなしですわね。
シンシアには全てがお見通しだった。だからこそ、素直に話すことができた。まだ完全に悩みが解消されたわけではないが、胸のつかえが取れたような気がしていた。
そして、自室へと戻る。
そこで見つめるのは、【聖剣──不滅の炎剣】。鞘からそれを抜き出すと、輝かしく光る紅蓮の剣を凝視する。
フォンテーヌ家が代々引き継いできた【聖剣】。これを完全に扱うことがでくるようになるとは、まだ彼女は思えない。しかし、いつかその日が来ると信じて努力を重ねると誓う。
「それに、彼にも……」
謝りたい。その気持ちが、彼女にはあった。今までの接し方は、ただの八つ当たりだった。一番苛立っているところに、やって来たからこそ無礼な扱いをしてしまった。
しかし今ならば、素直に謝ることができるような……そう考えている。
──思えば、彼はずっと辛い思いをしてきたはずなのに……気丈に振る舞っています。それに戦う姿も存外悪くはない、というかカッコ良かったような……。
「って、わたくしは何を考えていますのっ!!?」
自分が抱いた感情をすぐに収めると、彼女はすぐに【聖剣】のトレーニングをいつものように始めるのだった。




