第1話 幾星霜の時を超えて
⚠︎書籍版、コミカライズはWeb版のリメイク作品になっております(ストーリー展開、設定、登場キャラクターなど大幅に差異があります)。
コミカライズは書籍版準拠なので、このWeb版とは内容の大部分が異なります。ご理解していただければ、幸いです。
【原初の刀剣】
それは三種類の刀剣の総称であり、それぞれには特徴がある。
聖剣──聖なる力を秘めている剣。
魔剣──邪悪なる力を秘めている剣。
妖刀──尋常ならざる怨念を秘めている刀。
聖剣は七本、魔剣は七本、妖刀は五本──世界には合計十九本の【原初の刀剣】が存在していると言われている。
俺は若くして妖刀使いになった。あらゆる剣術を極めて妖刀すら支配し、世界最強の剣士と呼ばれるまでになった。刀剣の扱いで俺の右に出る者はもはや誰もいない。
血反吐を吐くような努力を続け俺はその地位にたどり着いたが、それは全て一族の悲願のためだった。
その悲願を果たすためにも、俺は遥か未来の世界へと向かうために儀式をすることになった。
「朔夜……元気でね」
「あなたならきっと、果たせるわ」
「元気でな。朔夜」
「お前ならきっとできる。俺たちはそう信じている」
妖刀が奉られている祠。その最深部で、俺は石畳の上に寝ていた。
一族の人間は俺に声をかけてくれている。それに対して自分の意志を伝える。
「みんな。俺がきっと悲願を果たすよ」
俺、時雨朔夜は一族の悲願を背負うことになんの憂いもなかった。これから千年の眠りにつくと分かっているからこそ、その言葉は自然に出てきた。
俺の存在には、一族の全てがかかっているのだから。
「兄さん」
「奏」
歩み寄ってくるのは俺の妹。名は、時雨奏。
艶やかな長い黒髪を靡かせながら、そっと頬に優しく手を添えてくれる。
「もう……会うことはないでしょう。さようなら、兄さん」
「奏、さよなら。今まで本当にありがとう」
「兄さんならきっと一族の悲願を果たしてくれる。私はそう信じています」
「俺が絶対に果たす。この先の未来で」
「はい。どうか、御武運を」
互いに涙は流さなかった。すでに別れは済ませている。涙など、とうに枯れ果ててしまっている。
それでもやはり、奏は最愛の人間である。こうして別れてしまうのは本当に心苦しいが……覚悟を決めた俺は毅然と振る舞う。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい。兄さん」
俺が最後に見たのは……いつものように微笑みを浮かべる、優しい妹の顔だった。
こうして一族の悲願を果たすために俺は一族の儀式を経て、千年後の未来へと旅立つのだった。
†
「そろそろか」
俺は馬車に揺られながら外の風景を見ていた。そこは俺たちの故郷にはない異国の風景。
また先ほどから少しだけ同じように乗車している人間から視線を感じる。
黒い瞳に同じく真っ黒な短髪。西の王国ではほとんど見られない東洋特有の容姿だからだろう。
身長はこの体では百七十センチ半ばくらいだ。現在の年齢は、一応定義としては十五歳である。
「やっと、ここまで来れた……」
しみじみと呟く。
転生した俺は、ある理由からたった一人で西の王国に向かっていた。
名はフレイディル王国。そこは魔法により世界で最も栄えている大国。
その王国を目指して、今は馬車に乗っている最中だった。故郷にはない異国の風景。それを楽しんではいるが、やはり感情としては思うところがある。
そして視界にあるものを捉える。
「お、見えて来たな」
視線の先に見えるのは、フレイディル王国の入り口。真っ白な外壁はかなり高い。
さらにその先にあるのは、巨大な建物の数々。
特に目立つのは中央にそびえ立つ鐘塔。しかしそれは、ただの鐘塔ではないのは有名な話だ。すでにこの王国の情報はある程度仕入れているからな。
通称──中央機関塔。
そこには数多くのギルドの本部が置かれている。ギルドとは主に魔物に対抗する組織の総称であり、世界でも有数のSランクやAランクギルドがこの王国には存在している。
「そろそろ目的地に着きます。下車の準備をお願いしますよ」
馬車を操っている男性がそのように口にする。
そして無事に馬車は王国に到着し、俺はついにフレイディル王国へと足を踏み入れた。
「そうか。ついにここまで来たのか」
入国審査を済ませて外へ出ていく。広がっている世界はまさに異界。建物もそうだが、歩いているのは人間だけではない。この西のフレイディル王国は俺にとって本当に異界とも言うべき場所だった。
人間ほど多くはないが、エルフ、ドワーフ、猫人族、犬人族などの亜人種もそこにはいる。知識としては知っているが、こうして目の前にすると壮観だ。
「よし……」
俺はボソリと呟くと、確かな使命を抱いて王国へと繰り出していくのだった──。
一ヶ月後。
「出て行け、このボケがッ!」
「うっ……ぐうっ……」
地面を転がっていく。綺麗に受け身を取って転がっていくが、俺の頬は真っ赤に腫れているに違いない。
殴った相手はこの店の店主だ。
「もう二度と来なくていいぞッ! お前は今日でクビだッ!!」
「……痛てて。これで何件目だ?」
口元から流れ出る血液を軽く拭うと、そう声を漏らす。
別に俺に問題はないはずだ。業務は真面目にこなしているし、失敗もない。ただ、この王国ではあまり見ない容姿ということで不当な扱いを受けていたのだ。それはここ一ヶ月でずっと感じていたことだ。
パンパンとズボンの埃を払って立ち上がると、近くに走ってきた猫が急に大きな声をあげる。
「にゃああああああっ!」
猫? それにしても尋常ではない様子だが……。
その猫は一目散に俺に迫ってくると、ぐいぐいとズボンを噛み付いて引っ張ってくる。明らかにその挙動は普通ではなかった。
「何だ? こっちに何かあるのか?」
その猫はまるでこっちに来い、と言わんばかりに引っ張ってくるので大人しくそれ先について行ってみることにした。
もうすでに日も暮れている時間帯。街灯は灯っているものの、この猫が導く先は薄暗い場所だった。
よく見ると路地裏に入り込んでいるようで流石に不審に思う。
そう考えたその瞬間。微かに人の声が奥の方から聞こえてきた。
「おらッ! 早く縛れッ!! さっさと行かねぇと足が付くぞッ!」
「は、はいッ」
そこにいたのは四人の男と、一人の少女。
少女の容姿はまるで作り物かのように左右対称で整っている。まるで、人形のように精巧。
サラサラと流れる絹のような金色の髪。スッと通る高い鼻に僅かに厚みのある唇。さらには、宝石でも嵌め込んでいるかのような青い瞳。俺はこの国でいろいろな人を見てきたが、その中でも随一の美貌だった。
そんな見目麗しい少女は、口に布を巻かれてその目にもまた布が巻かれようとしていた。
「────ッ!!」
彼女は悲鳴を上げることすらもう出来ない。
俺はその少女の視線が交わった時、その場からすぐに駆け出していた。
「──行こう」
ボソリとそう呟くと、俺は彼女を救うべく行動を起こすのだった。