みんな大好き
朝にケリーはジェイコブから話しかけられた。
「リンジーがゴブリンに似ていないお前を連れてきた時は驚いた。」
どうしてかとケリーは聞き返した。長くなるぞとジェイコブは答える。
「長くてもいいから是非話してよ。訳を聞きたいんだ。」
それじゃあなと彼は話しだした。
「要塞の住人が多かれ少なかれゴブリンの血を引く者ばかりなのは、偶然じゃない。
彼女とその家族がその中でも貧しい者を、この要塞に住まわせる。
いわば保護活動みたいなことをしてる。現に俺も彼女の母親に連れてこられた。」
「まぁ、魔王軍からの転職希望者や、ギルモアみたいに
自分から志願して入ってくるのもいるけど。」
「どうしてギルモアはここへ来たの?」
「帰還兵なんだ。彼は語りたがらないのでよく知らないけど、
むごい経験をして、全てが嫌になったとだけ言われた。」
「ねぇジェイコブは、銃士になる気はないの?」
「ないよ。俺は銃で事故起こすのが恐いんだ。
俺の理解を超えた武器だから、触れようと思ったこともない。」
そうなんだと一言だけ言うと、ケリーは彼に話題を戻させた。
ジェイコブは再びケリーと出会ったときの話の続きを始めた。
「だから、人間を連れてくるなんて普通じゃあり得ない。
なんか凄い力があるのかと思ったらそうでもない。
まぁ、今のケリーは凄いけど、最初会ったときはそうじゃなかった。」
「本当、魔法にでもかかったみたいにお前を連れてきた。」
その言葉に反応したケリーが興奮した様子で口を挟む。
「俺きっと魔法を使ったんだ!彼女に会いたいって強く思っただけだけど。
その時は失敗だと思ったけど、今思えば成功してたんだ!」
「君のおかげて気づけた!素晴らしいよ!ハグさせて!ジェイコブ!」
「やめろケリー……。」
ギルモアがレーンと窓ガラスを張り替えていると、ふと呟いた。
「魔道士たちはこれまで幾度もストライキを繰り返したから、
彼ら全員が、昨日の戦闘で得た報酬の総額は中々の額らしいな。」
地獄耳の魔道士がそれを聞きつけて語りかける。
「柱を交換なんてなったら、今よりずっと面倒ですよ。
それに、要塞が崩れたら僕らみんな終わりです。」
「もう何度となく聞いた。」
「僕らだってケリーが羨ましいですよ。彼はリンジーのお気に入り。
しかも魔道士としての才能がある。」
「あいつに才能があるのか?!」
「彼が纏っているオーラは、溢れるほどの魔力を持っている証拠です。」
「今はまだ技術が追いついていないかもしれませんが、
近いうちに要塞一の魔道士になるでしょう。」
同じ頃稽古場で、ケリーはリンジーとマジックアサシンになるための特訓をしていた。
「ケリー!いい感じよ!でもここで休憩にしましょう。」
二人がベンチに座ると、ケリーの方からジェイコブから聞いた話を切り出した。
ケリーと出会った時のことを思い出し照れたリンジーだったが、嬉しくなり語り始めた。
「剣士じゃないって知ったときは驚いたけど、雑用係のあなたも素敵だった。」
「だけどやっぱり、強いあなたもかっこいいなー。
魔剣士ケリー、魔銃士ケリー、マジックアサシンケリー。」
「うん!みんないい響きね。」
「魔道士は?」
「ストライキと柱守ってる印象しかないからなー……あなたは別よ!ケリー!」
その日の夜、ギルモアから魔銃士の稽古を持ちかけてきた。
次の日の朝、ギルモアと稽古をするケリーは銃士としての成長を感じていた。
ギルモアが的を撃つと、その放たれた弾の全てが的に収まる。
しかも、的の中心近くに着弾したものが7割を超えた。
彼に指導される内に、ケリーの銃士としての技術は大幅に向上した。
「この飲み込みの速さ……。お前はやはりとんでとない才能を持っている。」
「あなたの指導が良いんですよ。」
「いや、私と出会った頃のお前と今のお前で、あまりに差が開き過ぎている。」
「銃士としてだけじゃない。魔道士としても成長があまりに早い。
なぁ……悪魔に魂を売るようなことはしてないよな?」
「悪魔に会ったことはありません。」
「そうか……それなら良いが。」
その日の昼、エミの家に招待された。
そこにはマイティベイビーズのリンダを少し幼くしたような悪魔の女の子がいた。
ケリーは彼女を見て嬉しくなった。
「ケリー、この子はマリー。」
「はじめまして、ケリー。」
「はじめまして、俺は一流の魔道士であり魔剣士、さらに魔銃士
その上マジックアサシンであり元雑用係のケリー。よろしく。」
「あとマイティベイビーズ大好きなケリー。よろしく。」
ケリーの自己紹介に若干困惑したマリーだったが、
彼への感謝を口にして気持ちを切り替えた。
「アタシが試験でここに来れない間、みんなを守ってくれたのね!
リンジーから聞いたよ。ありがとケリー。」
「マリーは魔王軍とあたしたち要塞の住人のパイプ役
そしてなにより、あたしの大事なお友だちの一人。」
「……私達が強制退去されないで要塞で暮らせるのも、この子のおかげ。」
「私の他にも魔王軍と要塞のパイプ役は何人もいるんだけど
リンジーは私にべったりで。」
「リンジーたちはどうして強制退去させられちゃうの」
ケリーの問いかけにリンジーは答える。
「まぁ……法を破っているからね。
ここの住民で勝手に軍事施設にしちゃってる訳だし、
正規じゃないやり方やルートもいっぱい使った。」
「でも、裁かれない憎悪犯罪を相手に私達の安全を守るにはこれしか……。」
「今まで黙っててごめん、ケリー。」
リンジーは全てを言い終わると、諦めた様に俯いた。
「リンジーは悪い人なの?」
ケリーがひどく不安そうな表情で尋ねた。
「清廉に生きていたら搾取されて財産を奪われて、路頭に迷って
最後はリンチされて死んじゃう世界もあるって知れたらいいね。」
マリーは吐き捨てるように言った。
「マリー!彼はそんなつもりで言ったんじゃない!」
リンジーがマリーを咎める。ケリーは泣いていた。
「ごめん!カッとなってひどい事言っちゃった……。」
リンジーとマリーが泣き出しそうな表情に変わる。
「違うんだ……俺も悪いことして、ここでみんなと暮らしていれば
きっと今よりずっと幸せに過ごせていたことに気づいたんだ。」
「俺も悪い人になればよかった。だけどもう……。」
マリーは彼をそっと抱きしめた。
「ごめんね……あなたも辛かったよね。」
「リンジーにもごめん……。」
しおらしくなったマリーをリンジーは優しく撫でる。
「いや……私もカッとなってあなたにひどい事言ったりするし。」
リンジーの言葉の真偽について、ケリーがマリーに聞いた。
「リンジーがひどい事言うの?」
「いや、たいした事じゃないけど、ここで言われるとまずい事。」
マリーが恥ずかしそうに答えた。
そしてこの間の事についてお礼を言った。
「ねぇ、あなたたちが魔王軍の使者達の土地をハマナスから守ってくれたおかげで、
私のライプナッツ畑が無事だった。感謝してもしきれない。」
「いや……私はカッとなって交渉放棄しちゃっただけ、要塞のみんな巻き添えにする所だった……。
無事なのは、ケリーとジェイコブ、要塞のみんな、そしてカボスさんのおかげ。」
「リンジーは俺とジェイコブを止めてくれた。
それがなかったらきっと要塞は崩れていたよ。」
リンジーは照れた。そして照れ隠しにケリーへ話を切り出した。
「そういえば、マリーがライプナッツを食べると、お尻からチューバみたいな音がして
彼女の顔が真っ赤になると、発酵食品みたいなにおいがするの。」
「ゴブリンにはそういう事起こらないからわからないけど、人間のケリーなら何かわかる?」
「それはきっとオナラだ。」
マリーは顔を真っ赤にしてうろたえた。
そして涙目になりながら呟いた。
「リンジー……あんたが言うひどい事ってこれの事よ……。
それに、マイティベイビーズだってオナラするでしょ……。」
ケリーはアンナのオナラする姿を想像した。アンナの後姿。
リンジーの後姿によく似ている。いや、最初に探していた後姿。
それはリンジーの後姿によく似たエミの後姿。
ケリーはとっさに魔法を使ってエミの無事を確かめた。
今の所彼女には特に変わりない事がわかった。
しかし、そこからいくつか先の未来が不安な予感で満ちていた。
「ごめんリンジー。君の依頼は達成出来なくなった。
知り合いのエミを助けに行かないといけない。」
「彼女はみんなのように強くない。」
「準備をして明日、ここを出るよ。」
「気にしないでケリー。もし、戦車とか必要になったら力になるからね。」
ケリーはお礼の言葉を大声で叫ぶと、彼女の部屋を出て皆へ挨拶に行った。
マリーも彼の後を追った。
リンジーは心の中で考える。
あの日、あなたを見つけた私は慌ててチェックアウトを済ませた。
本当はね、剣士が欲しかったんじゃないの。本当は……。
「ほんとに言いたいのはそういうことじゃないんだけどな……。」
部屋で一人になったリンジーは俯いて泣いた。
翌朝、ケリーと会話を交わした皆が集まって見送りに来た。
リンジーの泣きはらした目をみてケリーは心配した。
「大丈夫リンジー?なにかあったの?」
「アサシンの稽古してたら、煙幕が目に染みちゃって……。」
彼女の涙が頬を伝う。
「リンジー、離れていても俺たちずっと一緒さ、思い出が繋いでくれる。
寂しくなんてないさ。俺はこれからもずっとここのみんなと一緒にいられる。」
その言葉を聞いてジェイコブとギルモアは俯いた。
ケリーが要塞を出て行くと、その姿は遠ざかっていった。
リンジーがハンカチーフを探して視線を下に向けると、
彼が剣士の手引書を忘れていった事に気づいた。
床からそれを拾い上げると、彼を追いかけた。
「ケリー!忘れもの!」
彼女はケリーに剣士の手引書を手渡した。
リンジーの笑顔を伝う涙を見たケリーは、その両手を彼女の方へかざす。
「リンジー、君がこれからずっと幸せで暮らせる魔法をかけたよ。」
リンジーはそっと彼を抱きしめる。ケリーも彼女をやさしく抱きしめた。
「私もあなたがずっと幸せでいられる魔法をかけたよ。ケリー……。」
ケリーは要塞を後にした。
次話は月曜日に投稿します。