剣士ケリーの栄光と没落
エミによく似た後姿に手をひかれて、彼は浮かれていた。
頭の中では心地よい重低音と軽やかな旋律の織りなす音楽が聴こえ続ける。
気づくとそれは、要塞のような古びた高層建築物の中から
ロビーの一角にあるテーブルの上に鎮座する音響装置という実体を伴って現れた。
「あなたにここで剣士として、私達を迫害から守って欲しいのです。」
「わかったよ!ところでこの音楽なに?これ聴いてると勝手に体が跳ねるんだ。」
「まぁ、あなたもティッシュマンズが好きなの? Dub Rock というジャンル……いや、彼らのような音楽をやる人達は
彼らの他に私は知らない……。私の部屋に来れば彼らの作品が全部あるから……。」
言葉の続きを言いかけて頬を染めた。そしてすぐに俯いて黙ってしまった。
「いいね!案内して!」
ケリーは興奮して跳ねながら答えた。
「ほんと?!じゃ……じゃあ私の部屋までついてきて……。」
彼女は照れながらはにかみ、明るい声で返事をした。
二人で一緒にロビーのエレベーターに乗り込む。
加速度を感じる中で、彼女の横顔を眺めるとそれは
ケリーは自分が過ごせなかった青春を希釈して、少しだけ残った甘さを感じることが出来た。
彼女が扉を開けると、その家族に出迎えられた。
最初に声をかけてくれたのは父親、次に母親、最後に弟。
「ティッシュだ!」
ダイニングのテーブルに置かれたティッシュ入れを見たケリーが叫んだ。
「彼ティッシュマンズがすごく好きなの!……さぁ行くよ。」
彼女がケリーを隠すように自室の前へ連れて行き扉を開けた。
「ここが私の部屋……って……いや!これ見ちゃだめ!」
彼女は慌てて机に置かれていた紙切れを隠そうとしたが、その手からこぼれ落ちた。
ケリーはそれを拾うと、読み上げた。
「君は悲しい魚。嘆きの海の中でただ焼かれることを待っている。
ぼくが君を釣り上げてしまえば、君は救われるのか。
ぼくはきっと、その針の痛みで君を苦しめてしまうだろう。」
「わ……わたしのポエム……。」
彼女は顔を真っ赤に染め、今にも泣きだしそうな目で彼を見つめた。
ケリーは声を上げて泣き出した。
「俺は悲しい魚だ。そして俺を釣り上げるのは……誰も思いつかない。」
彼は作品としてこの詩を発表することを強く勧めた。
ペンネームは彼女の名前"リンジー"とケリーの名前を繋げた"ケリンジー"に決まった。
「あなたのおかげだよ。ありがと……ケリー。」
体が触れ合いそうな距離でベッドに座る二人。
リンジーは彼にそっと顔を近づけて、微笑んだ。
「そうだ。ティッシュマンズの音楽聴くために私の部屋に来たんだったよね。」
彼女が選んだティッシュマンズのアルバム1枚が終わるまで、ケリーとリンジーは
二人だけの時を過ごした。
「いっぱい跳ねたよ。」
「ケリーが跳ねるから、ベッドぼよんぼよん揺れたね。」
ケリーは剣士としての責務を思い出した。
「俺はこれから稽古に行くよ。どこか剣の練習が出来る場所はないかい?」
「近くに稽古場があるから、そこへ行きましょう。連れてってあげる。」
稽古場では少しゴブリンに似た男の子が稽古をしていた。
「ケリー、あなたの剣を出して。」
ケリーは魔法で剣を出そうとした。
「なんかヤバいぜ。リンジー、こいつ本当に剣士なのか?」
「ジェイコブはだまってて。」
稽古を止めて訝しげに訊ねるジェイコブをリンジーが制止した。
ケリーは堂々と剣士の手引書を見せた。
「練習用の剣があるから貸すよ。」
訝しさがより増した様子のジェイコブは、諦めたように話を変えた。
ケリーは自分で魔法を使う時の様に剣を振った。ようするにでたらめ。
「リンジーは少し席を外してくれ。俺はコイツと話がある。」
彼の顔つきは緊張したものに変わった。
「ジェイコブは妬いてるの?何かひどいことされたら言うのよケリー。」
リンジーは怪訝な様子でその場を離れた。
「なぁ、彼女はかわいいし、いい所見せたいのはわかるけど、諦めろ。
俺達がお前のせいで死んだりしたら……考えるだけでも身の毛がよだつ。」
ケリーは高笑いで返した。
「俺は剣士だ。手引書を見ただろう。既に修行は済ませた。」
「今ならまだ引き返せる。雑用として彼女の気を引けば良い。」
ジェイコブは剣を抜いた。
ケリーはそれを見てのそのそと剣を鞘から引っ張り出した。
ジェイコブは剣を構えて突進するケリーを見切った。
彼の突きを軽くいなすと、軽く体重をかけて膕へ回し蹴りを加えた。
ジェイコブは激しく地面に叩きつけられた。
そこへ心配で様子を見に来たリンジーが帰ってきた。
「ジェイコブ!あんたなにしてんの!ケリーいじめないでよ。」
ジェイコブに掴みかかろうとする彼女をケリーは止めに入った。
「いや、ジェイコブは俺に教えてくれた。君を守るには力が足りない。」
「そんな……。あなたは手練の剣士でしょ?だから一人でも平気なんでしょ?」
ジェイコブが止めに入ったケリーを引きはがした。
リンジーはジェイコブに掴みかかった。
その状態のまま、彼はケリーに心配した様子で尋ねた。
「なぁケリー。お前……今まで依頼いくつ受けた?」
「これが初めてだよ。」
「そんな……。」
予想外の返事に困惑したリンジーがジェイコブを掴んだ手を離してケリーに歩み寄る。
彼女が傷の手当をしようとすると、ジェイコブが制止した。
「俺がやるよ。これじゃあんまりだ。」
リンジーは驚いた様子で、治療を彼に任せて家に戻った。
治療が済むまで、ジェイコブはケリーに彼自身のことを様々に尋ねた。
治療が終わり、彼はケリーの回復を確かめる。
「どうだ、痛みはないか?」
「えぇ、そりゃもう何も感じません!」
「お前……回復早いな。」
彼の回復力に驚いたジェイコブは言葉を続けた。
「リンジーはお前のことを気に入ってるみたいだけど、妬んだりしないさ。」
「わかってる。」
「遅くても一週間で彼女はお前に対して、俺がいつもされてるみたいに
素っ気ない態度に変わるだろうから、覚悟しておけよ。」
「わかったよ。」
ケリーは雑用係として働くことになった。