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短編集

魔王の娘が聖女候補に選ばれました

作者: 緋色の雨

 その日は朝から土砂降りだった。

 次期魔王候補筆頭にして、ルビアの憧れの姉。カーミラの死を悼んでいるかのように、薄暗い空からずっと雨が降り注いでいる。


 ――カーミラの訃報が届いたのは先日のことだ。

 魔の森の調査におもむいたカーミラ率いる一団が人間の部隊と遭遇して戦闘になった。そこに魔の森に生息する魔物が介入して部隊は混乱に陥る。


 その際、部隊を助けるために囮となったカーミラが行方不明となった。

 至急捜索隊が編制され、必死の捜索が続けられたがカーミラは見つからず、おびただしい血痕と、カーミラの遺品だけが見つかった。


 結局、カーミラは死亡と断定され、昨日のうちに民達にカーミラの死が伝えられ、今日は王城の中庭で告別式がおこなわれている。


 参列しているのは魔王軍の幹部達と、訃報を聞いて駆けつけた城下町で暮らす民達。

 そして、喪主を務めるのはカーミラの妹であるルビア。

 魔王である父は存命だが、病の身であることと、カーミラが亡くなり次期魔王候補筆頭がルビアになったことを理由に、喪主の座をルビアへと譲ったのだ。


 そんなわけで、成人前の幼さの残る少女でありながら、ルビアは喪主として遺体なき棺桶の前に立ち、雨に打たれて泣いていた。


「……お姉様。どうして民を……私を残して逝ってしまったの」


 三百年前、当時の魔王と勇者が相打ってからずっと、魔族と人間は戦争状態にある。

 両国のあいだに緩衝地帯となる魔の森が存在するので大規模な戦いが発生することはないが、小競り合いは毎年のように発生している。


 日常的に誰かが死に、次は自分か、その近しい人かもしれないと怯えて暮らす。日に日に過酷になる環境に耐えてこられたのは、カーミラが現状を変えてくれると信じていたからだ。


 美しき容姿と高い知性。そして、その穏やかな物腰からは想像できないほどに高い戦闘力とカリスマを兼ね備える才女で、誰よりも平和を愛していた。

 カーミラがいれば、魔族領は安泰だと言われていた。


 なのに、その彼女が人間達との争いであっさりと殺されてしまった。その事実が、ルビアの心に取り返しのつかない傷と、人間に対する憎悪を刻み込んだ。


「お姉様を殺した人間を、私は決して許さない。平和を愛するお姉様を殺した愚かな人間達を根絶やしにして、魔族が安心して暮らせる平和な世界を作ってみせるわ」


 土砂降りの雨に打たれながら、収まらぬ感情にその瞳を紅く輝かせる。次期魔王候補筆頭となったルビアは、いまは亡き尊敬する姉に向かって誓いを立てた。



「ルビアお嬢様……よく頑張りましたね」


 告別式を終えて城へ戻ると、フィオナを始めとしたメイド達が駆け寄ってきた。フィオナはルビアがまだ幼い頃から仕えてくれた、もう一人の姉のような存在。

 そんなフィオナが、雨の水気を魔術で吹き飛ばす。


「……フィオナ。私はちゃんとお姉様を見送れたかしら?」

「ええ。大勢の参列者を前に胸を張るルビア様はとても立派でした」

「……そう。なら良かった。お姉様がいなくなったいま、私が次期魔王候補筆頭。カーミラお姉様の代わりを務めなきゃいけないものね」


 ルビアが覚悟を言葉にすると、フィオナは少し困ったような顔をした。


「……なによ? 私が無理をしているとでも思ってる?」

「思ってます。ですが……いますぐカーミラ様の仇をとると、人間の領土へ一人で乗り込まないか心配していたので、その点では少し安心しています」

「ちょっと、いくら私でも、そこまで無謀じゃないわよ」

「……なら良いですけど。ルビア様になにかあれば、私は泣きますからね?」


 疑いの眼差しを向けられて、ルビアはそっと視線を逸らした。実はカーミラが殺されたと聞いた直後、一人で復讐しに飛び出そうとしていたからだ。


 ただ、父親である魔王やその部下達に、カーミラ亡きいま、次期魔王候補筆頭はルビアで、そのルビアにまでなにかあれば、この国は立ち直れなくなると止められたのだ。

 この上、フィオナにまで脅されたら、無茶なマネは出来ない。


 だが、もう誰も失いたくない。人間がいる限り平和が訪れないのなら、平和のために血を流すことも厭わない。ルビアは冷静に、そして冷酷に人間を滅ぼそうと考える。


 直後、ルビアの足下に魔法陣が現れた。


「――これは、人間の魔術!?」


 一般的に、人間が扱う魔法陣は白い光で描かれていて、魔族が扱う魔法陣は光を飲み込む黒で描かれる。ルビアの足下に浮かんだのは前者だった。


 魔王の娘として普段から厳しい戦闘訓練を受けているルビアは即座にその場を飛び退くが、足下の魔法陣はルビアを追従する。


 回避は不可能。

 それを察すると同時に、攻撃魔術に対する抵抗値を上げる魔術を行使して、未知の魔法陣による攻撃に耐えようと身構えた。


「ルビアお嬢様!」

「馬鹿、離れなさいっ。あなたまで巻き込まれるわよ!」


 抱きついてきたフィオナを引き剥がそうとするが、「少しでも威力を緩和できるかもしれませんから」とフィオナは離れない。

 他のメイド達が騒然となる中、ルビアとフィオナは魔法陣が放つ光に飲み込まれた。



     ◆◆◆



 ルミナスガルド大陸の北部には魔族が支配するスノーヘイム魔族領、南部には人間が支配するブレイズヘイム聖王国がある。


 闇と光、冬と夏。

 対照的な両国は、数百年前に魔王と勇者が激戦の末に相打ちで果てて以来、相容れぬ宿敵として戦争を続けている。

 だが、人間達も魔族と同じように疲弊していた。


 大陸の中央に広がる魔の森には、魔族の尖兵(・・・・・)たる魔物達が闊歩している。

 その魔物達が、時折人里に降りてくる。

 その被害はそれほど大きなものではないが、毎年のように誰かが被害にあう。そんな状況に何百年も晒され、人間達の疲弊は限界を超えていた。


 そんな状況を覆そうと、現在の王がある儀式魔術の使用を決断した。


 それは、闇を払う希望の光、聖女の候補を召喚するという伝説の儀式魔術。

 数百年前に勇者が魔王を討ち滅ぼしたのも、儀式魔術で召喚された聖女候補が聖女として成長して、勇者を支えていたからだと伝えられている。


 莫大な魔力と、湯水のごとくに高価な触媒を消費する儀式魔術。

 決して軽々しく使えるものではないが、平和を勝ち取るためには必要なことだと王が判断し、王位継承権一位の息子に聖女候補召喚の儀を執り行うように命じた。


 王子が準備を進めること数ヶ月、城の大広間に召喚の魔法陣が描かれた。

 宮廷魔術師を始めとした魔力持ちが集められ、高価な触媒が揃えられた。皆の期待を一心に集めて執り行われた一度目の儀式では、とある村娘が召喚された。


 治癒魔術を最初から使うことが可能で、村では聖女の生まれ変わりだと呼ばれていた娘。人々はこの聖女候補こそが、いつか聖女となって自分達を救ってくれるのだと歓喜した。


 だが、それから数ヶ月。

 聖女候補として国からのお墨付きを得た娘は増長し、贅沢の限りを尽くし、お付きの者達にわがままを言うようになった。

 しかも、いまでは召喚の儀式を取り仕切る責任者である王子を振り向かせることに夢中。もはや、彼女が真の聖女に至ると信じることは不可能だった。


 とはいえ、真の聖女に至る可能性は零ではない。

 その娘には引き続き、聖女を育成するために造られた神殿で暮らしてもらうことになり、二度目の聖女候補召喚の儀が執り行われた。


 二度目に召喚されたのは、学者の卵を名乗る娘だった。

 お付きの者達が接し方に気を配ったおかげもあってか、一人目の少女のように増長することはなく、数ヶ月で聖女としての片鱗を見せるようになった。


 だが、彼女は自分を犠牲にしても人々を救いたいと願うような崇高な娘ではなかった。

 彼女の目的は、聖女としての力を解明すること。ただひたすらに、己の中に眠る力を解明するために日々を過ごしている。

 二人目の少女も、真の聖女に至るとは思えなかった。



 二度に亘る聖女候補召喚の儀は国に無視できないダメージを与えていたが、成果を得ずに諦めることは出来ない。

 王子は三度目の正直とばかりに、聖女候補召喚の儀を執り行った。


 三度目に召喚されたのはなんと、王族の末席に名を連ねるお姫様だった。

 ごく身近な人物を召喚するのに膨大なコストを消費したという徒労感もさることながら、召喚されたお姫様は、召喚される前から無能と見限られていた。

 他の二人と同様に神殿に入れられたが、彼女に期待する者は最初から誰もいなかった。


 無理をして執り行った三度目の召喚の儀でも、まるで成果は上げられなかった。召喚の儀式魔術の効果を疑う声も大きくなり、ここで手を引くべきだという意見が上がり始める。


 三度の儀式で消費したコストを別のことに使っていれば、多くの人々を救うことが出来た。いまからでも召喚から手を引き、苦しむ人々のために使うべきだ――と。


 だが、王子を始めとした一部の人間が継続を訴え、それを王が承認したことで四度目の召喚が執り行われることになる。


 多くの者は愚かだと思った。

 だがそれは、自分達がどれほど追い詰められているか知らないが故の誤解だ。


 儀式に必要な魔力や触媒を別のことに使えば、たしかに多くの人々を救うことが出来る。だが、それは一時的なことでしかない。


 ブレイズヘイム聖王国は長きにわたる戦争で疲弊しきっている。このままでは滅びの道をたどることになると、王子を始めとした者達は気付いていたのだ。


 だからこそ、王子を始めとした者達は聖女候補召喚の儀に懸けた。

 そうして執り行われた四度目。

 最後の召喚の儀は、人々の希望を一身に背負うものとなった。


 王侯貴族や騎士団を始めとした多くの者達が見守る中、宮廷魔術師を筆頭に、魔術師達が魔力を注ぎ、魔法陣がゆっくりと魔力の光で満たされていく。

 その速度がいつもより遅いことに、周囲の者達からざわめきが上がる。だが、魔術師達は取り乱すことなく、魔法陣に魔力を注ぎ続けた。


 魔法陣が魔力に満たされると、カッと光り輝く。

 召喚の儀が成功したのだ。

 皆が期待を胸に光の収まった魔法陣に目を向ける。そこには、二人の少女が立っていた。


 片方はメイドの姿をしている。

 青みを帯びた髪に、金色の瞳。美しい女性ではあるが、メイドとしての奥ゆかしさを感じる以外にとりとめとしたものはない。


 だが、もう一人の少女は違った。

 艶やかな黒髪に、深紅の瞳の少女。清楚さと凜々しさを兼ね揃えた容姿の持ち主で、一緒に召喚されたメイドをかばうようにたたずみ、周囲の様子をうかがっている。


 なお、警戒心剥き出しのルビアと、しがみついて同行してきたフィオナである。

 ルビアは魔族と人間の姿が変わらぬことを知らなかったのだが、状況から周囲の者達が人間だと判断。カーミラの仇を討とうと考えた。


 しかし、周囲の人間はあまりに多い。

 ここで暴れても、たいした被害は与えられないし、フィオナを巻き込んでしまう。そんな判断から、人間達の出方をうかがっていた。


 だが、実情を知らぬ者達は、その姿勢に感銘を覚える。

 召喚された直後は怯えていた他の聖女候補達とは明らかに一線を画している。フィオナをかばう姿勢は、自分よりも他者を護ろうとする慈愛の心を持つように見える。


 誰かが、彼女なら……と呟いた。

 その呟きを聞いた者達は等しく同じ結論に至る。


 すなわち、彼女こそが真の聖女候補。

 彼女ならば、人々の希望の光となって、魔を打ち払ってくれるだろう――と。


 宮廷魔術師が皆を代表するように彼女の前に跪く。


「ようこそおいでくださいました。あなたこそが真の聖女候補。あなたが我ら人間を救う希望の光となることを望みます」


 ルビアが驚きに目を見開いた。

 だが、それはほんのわずかな時間だった。彼女はこのような異常事態においてもすぐに冷静さを取り戻し、悠然と微笑みを浮かべる。

 それは、自分達が魔族だとバレていないことへの安堵。フィオナを助けられるかもしれないという安心から生まれた微笑みだったのだが――


 見守っていた者達は誰一人として、彼女が人々を救う光となることを信じて疑わなかった。

 

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