20.
「どうしたのー?こんなところに二人で」
霧山は椅子を出しながら二人に問う。この声色はとても優しくおっとりとした感じだった。
「色々ありまして……霧山さんはここの職員なんですか?」
「ふふふ、まあね、一応主任をやらせて頂いてるわ。さあ、座って?」
二人は霧山に言われるがままに座り、霧山もテーブルを挟んで目の前に座る。
「それで?どうしたの?」
「実は……大分込み入った話があって……」
「産ませちゃったとか?」
「違います!!」
「あらあら」
霧山はフフフと笑う。義道は羞恥で顔が赤くなるが、本人の紗名は下をじっと見て反応が無い。
「うーん、でも何となくだけど大変な状況だっていうのは把握出来るわねぇ……ここに両親では無く義道くんが連れてきて、この子はこの反応だからねぇ……只の予想だけど、酷い虐待でもあったのかな?」
「な、何でわかったんですか!?」
「この子、さっきもそうだったけどずっと下を向いて周りとのコミュニケーションをシャットダウンしてるもの。恐らく、自分の世界に入っているのね。普通ならもっと緊張して固まったり、さっきの会話も恥ずかしがったりするはずだわ?」
霧山の観察眼は鋭く、紗名の現状を当ててみせた。
「流石主任クラス……」
「あまり言わないでね?歳がバレちゃうわ」
「あ、申し訳ない」
「さて、」
ここでまた一息いれて手をパシッと合わせる。
「理由は分かったけど、どうして欲しいのかしら?」
「この子の父親を探してるんだ。出来れば内容全部含めた住民票が欲しい」
「身分証明書は?」
「……無い」
「じゃあ、何か名前を保証できるような、名前入りパスモとか、名前付きの何かとか」
「スマホが有る!スマホはどうですか?」
「誓約状況とか見られれば、本人って事にしてあげるわ」
「紗名、スマホで誓約状況を見れるか?」
紗名は呼ばれてハッと顔を上げて反応する。
「何、義道」
「あー、スマホ貸して欲しいんだが」
「うん。いいよ」
義道にもう古くて化石と化した機種のスマホを渡す。
「ちょっと借りていいかしら?」
霧山は紗名にアイコンタクトを送る。紗名は軽くコクンと頷くだけだった。
霧山はスマホを弄り、誓約状況を確認する。確認している最中、少し驚いた顔をする霧山。
「あら、名義はお父さんのようね」
この言葉にピクッと反応する紗名。
「え!紗名の父親が!?」
霧山は紗名にスマホを見せる。
「お父さんの名前これであってる?」
スマホの画面には現在の契約内容が書かれており、名義の欄には[ジュラヴリョフ・ラートカ]と書いてあった。
紗名はじっと見るだけで反応が無い。
「外国の人だったのか?」
「……」
「反応が無いわねぇ……」
「この人の居場所を教えてくれるのは可能ですか?」
「んー……まあ、本当は駄目だけど、夕日紗名ちゃんの名前が下に書いてあるからねぇ、特別に住民票は取ってあげるわ」
「ありがたい。恩に切ります」
「ちょっと待っててね。取ってくるわ」
霧山はその場を離れて住民票を取りに行く。
「お父さん、まさか本当に外国人だったんだな」
「……」
紗名はじっとスマホを見たまま動かない。
「この名前に覚えが無いのか?」
「……ラートカ…………ラトゥー……シュカ??」
「ん?ラトゥーシュカ??」
「ラトゥーシュカ……」
「……愛称か?誰かそう言ってたのか?」
「……言ってた気がする。忘れちゃったけど」
「そうか……まあ、でも恐らく父親だろうな。紗名は日本人離れした外見だからな」
「分かんない……お父さん……ラートカ……」
そうこうしていると、霧山は戻ってきた。
「……お待たせ。これが住民票よ」
霧山の顔は曇っていた。
「ありがとうございます」
義道はその住民票を確認する。本籍地には夕日理恵羅の文字、続柄は母と書いてあった。
「くっ、やはり筆頭者は母親か……」
「そうね、でもね、これも見て欲しいわ」
霧山が出したものは戸籍謄本だった。
「両親の名前を知りたいならこれが手っ取り早いから」
「なるほど、戸籍謄本の存在を忘れてましたよ」
義道は戸籍謄本を見る。しっかりと両親の名前が書いてあった。
そして……今の現状すらも事細かに─
「な……」
父、ジュラヴリョフ・ラートカ。○○年○月○日、親衆総合病院にて死亡。
(し、死んでるのか……)
しかも十三年前に亡くなっているという現実。
親衆総合病院とは離れた市内にある大型病院だ。重病患者や救急で行く用なイメージがある。義道自身も事故で肋を折った時に行ったものだ。
後ろの夕日がチラリと見ようとしたが、反射的に隠してすぐ返してしまった。
「良いの?」
「ああ、だが、どうしたら良いだろう」
「一応、提案なんだけど、この人のお母さん、紗名ちゃんのお婆ちゃんね。この人が実は親衆総合病院に入院してるわ」
「本当か!」
「話を聞いてみると良いかも」
「分かった。行ってみよう」
「あ、そうそう、」
霧山が一息入れて、ウィンクする。
「警察の捜索に対しては任せて頂戴?一日、二日くらいは抑えてみせるわ」
「流石は主任……心強い!」
「ふふふ、だ・か・ら、あまり言わないでね?」
義道と紗名はこれから病院に行くことになる。そして、そこに待っているのは、希望なのか、はたまた……




