19.
義道は一人、外で電話をしていた。
「おはようございます。朝早くすいません」
「んん?おう、おはようおはよう。本当早いなぁどうした?」
電話の相手は仕事場の上司の日下部だ。
「あの……大変言いづらいのですが……その……」
「あーいいよいいよ!」
「え、まだ要件を言ってないですよ!?」
「構わん構わん。大体この時間に大変言いづらいから入る言葉の続きなんて休みてぇって事だろ?どれくらい長く勤めてると思ってんだ?」
「日下部さん……!でも、良いのでしょうか?まだ理由を」
「良いよ良いよ、よっちゃん。何かあったんだろう?取り敢えずは休んでいい。また夜にでも折り返し連絡くれな。明日とかの勤務の予定を教えてくれや」
「ありがとうございます。日下部さん。恩にきります」
「はいはい!じゃあな!」
そう言って電話は切れた。日下部の温情に触れた義道は心からほっとする気持ちでいた。
やらなければいけないことがあった。このまま紗名を家に置いておく訳にはいかない。だが、家に帰す訳にもいかない。それでいて今日動かなければ誘拐罪として義道は捕まるだろう。今、紗名はぐっすり寝ているが、義道は寝ずに考えていた。素人の自分から考えた方法は二つ。
一つは紗名の親戚に引き取ってもらう。
二つは児童相談所に相談して養護施設に預かってもらう。
この二つが素人の自分が考えられる方法だ。まずは紗名に親戚の有無を聞かなければならないだろう。そして、どちらの道に転がろうと児童相談所には連絡をしてみなければならない。やることが沢山だ。正直焦る義道が居た。
ふぅっと一息ついて家に部屋に戻る。
二枚間隔を空けて敷いた布団。片方には紗名がぐっすり寝ている。沢山動いて、泣いて疲れたのだろう。だが、非常に無垢な寝顔でまるでベタだが天使が寝ているように見えた。
(こんな子を見棄てる訳にもいかないよな)
そう思い、義道も三時間ほど寝ることにした。
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強い日差しが義道を襲う─
「んーー……眩しっ……」
(ん?雨戸は閉めていたはずだけどな……)
義道は日差しの方を向き、まだまだ重い瞼を開ける。
「ん、?」
義道は眼を疑った。何故ならそこに天使が舞い降りていたからだ。
っというのも幻覚である。
「紗名……?何してるんだ?」
寝起きでガラガラだが声を捻り出す。紗名は太陽に向けて外で目一杯腕を広げていたのだ。
「ん……光合成」
「はい?」
寝起きで空っぽの頭に急に聞き慣れない言葉を言われて別の言語に聞こえた。
「まさか、え?光合成と言ったか?」
「うん」
「そんな言葉聞いたの学生以来だ本当」
紗名は依然として気持ち良さそうに太陽の光を浴びる。
「……いつもと違って……何だか凄く気持ち良い」
「フッ、そうかそうか、それは良かった」
義道は本当に気持ち良さそうに日光浴をする紗名が可愛く見え、ついつい笑ってしまう。そして、ベランダを出て紗名の隣に並び、太陽を見る。
「義道もやると良い。きっと気持ち良い」
「俺もか?……まあ、じゃあやってみようか」
義道も一緒に腕を広げて日光浴もとい、光合成を行った。
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数十分程、光合成を行った後、義道は紗名の為に軽い朝食(目玉焼きとトースト)を作ってあげ、食べながら今後の予定についてと紗名の親戚について聞くことにした。
「なあ、紗名。親戚は居るのか?」
「義道。なんだこれは。とても美味しい」
人の話を一切聞かず、目玉焼きをトーストに乗せた物を器用に食べる紗名。
「あー、紗名?教えて欲しいんだが?」
「こんなに暖かいもの食べたのは久しぶり」
「……そうか。それくらいだったら何時でも作ってやる。そんなに喜んで貰えるなんて思ってもいなかったよ」
そこで一息いれて、また話をふる義道。
「さて、紗名。もう一度聞くが、親戚は居るのか?出来れば父方のが良いんだが」
「?」
頬に黄身をつけた紗名は眼をパチパチとして疑問を訴えてくる。
「なんだその眼は?何が疑問なんだ?」
「私の親戚は皆、World Lineの向こう側にいる」
「あーそうだ。そうだったな。でもな?もしかしたら会えるかもしれないんだ」
「会えるのか!?」
紗名は少し身を乗り出して食いぎみになる。義道はまぁまぁと手で制止し、言葉を加える。
「そうだ。会えるかもしれない。だから市役所に行って話を聞こうと思うんだ」
「ん。分かった。World Lineに関わることなら市役所という所に行こう」
「よしよし。じゃあ皿を洗ったら行くとしよう」
二人は市役所に向かうことになる。しかし、すぐに訪れる危機に頭を抱えることになるとは、この時の義道は全く知らなかった。
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「何!?身分証明書を一つも持っていないのか!!」
「???身分証明書って何だ??」
市役所の入り口にて驚きの声をあげる義道。義道は紗名の住民票を取り、前住んでいた住所や、本籍や両親の居所などを探す予定であった。
「財布に持ち歩いてないのか?保険証とか免許証は無くても学生証とか」
「???財布は持ち歩いてない」
「あー……そうだ。お前はそうだったな……はぁ……」
紗名を少しでも普通の子だと思った義道は面を喰らった。
「まあ、いい。どうせここまで来たんだ。児童相談所に行ってみるか……」
この市役所の三階にチャイルド支援センターなるものがある。そこは、文字通り、子育てに悩んでいる人の相談を聞いて支援してくれる場所である。
二人は三階に上がり、待合室にて座る。やはり、周りを見ると、子育てに苦しんでいるような人が多くいた。空気は重く、すすり泣きがどこかの部屋から聞こえるたりもする。そんな所で待つ紗名はというと、ただ下を見てぼうっとしているだけであった。
すると、すぐに係りの者が二人に向かって話しかけた。
「チャイルド支援センターの岸田です。今日はどうなさいましたか?」
深い赤茶のメガネをかけた中年女性。声はハキハキしていて少しプライドが高そうな感じだ。
「あ、どうも。ちょっと虐待されてる子がいまして……」
そう言うと、虐待というワードにピクリとし、岸田は眼の色を変える。
「虐待ですか。ちょっとお聞きしたいのですが、虐待されているのはどういったご関係のお子さんでしょうか?」
「一応、隣に居る子なのですが、」
隣に座る紗名を見る岸田。少し疑惑の眼を義道に向ける。
「こちらの方は未成年……ですよね?」
「まあ、はい。十八歳ですね」
義道のこの言葉が墓穴を掘る事になる。
「差し支えなければですが、どういったご関係で?」
「どういったご関係……まあ、お友達ですかね?」
「そうですか、この子に少し話を聞いても?」
「はい、どうぞ」
岸田は紗名に優しい口調で声をかける。
「どうも、お聞きしたいのだけど、この男性とはどういったご関係ですか?」
すると、紗名はいつも通りの無表情で大変な言葉を口に出す。
「義道は私のパートナーだ。いつも助けてくれるし。今日の朝は一緒に」
「とても気持ち良い光合成をした」
「ふぁ!?」
「紗名さん!?!?」
非常に誤解を生む言葉だった。っというより非常にヤバイ発言だ。
「これは……」
「あ、いやいやいや!!別にそんな変な事をした訳では!!」
「一度、警察に話を通したほうが早いかもしれませんね」
「け、警察にって、俺が不純な事をした言い方じゃ、」
岸田は冷たい視線を義道に向ける。
「ちょっとここでお待ち下さい」
「お、おい!ちょっと待ってくれ!」
すると、その騒ぎにある女性が声をかけてきた。
「あら、遅かったですね?相談の時間から三十分遅れてますが、何かあったのですか?」
「え?」
黒髪ロングで泣きほくろ。首にかけた名札には見知った名前が書いてあった。
「どうもこんにちは、今日担当します、霧山です。三番の御部屋にて御待ちしてますよ?お客様が後ろにて御待ちしてますので御早めにお願いします」
あの時。謙治のBARで謙治の隣で飲んでいた落ち着いた女性だった。
「き、霧山さん!?この方から御予約があったんですか!?」
岸田は霧山に驚きの声をあげる。霧山は落ち着いた感じで義道に問い掛ける。
「今日、正午に御予約しました、義道さまで間違いありませんよね?」
「え、あ、はい。義道です……」
義道は戸惑いを隠しきれないが、今はこの霧山に乗った方が良さそうだと思った。
「ではこちらへどうぞ」
義道と紗名は小部屋に案内されたのだった。




