18.
『いつ頃来れそうなんだ?』
紗名を下手したら数時間も待たせる訳にも行かないと思い催促する言葉を送った。
『まあ、15分くらいかな?車で行くし近いから大丈夫でしょ!その子を待たせる訳にも行かないしね!』
元カノの才津咲との家の距離は二つ離れた駅くらいだ。大体車だと飛ばして10分くらいだろう。この時間車も通らないだろうし。
それと、義道の胸に暖かい感情が芽生えていた。
(変わらないな、咲の優しさは……)
嬉しさ、感動、安堵。どれとも取れる思いだった。
『ああ、待ってる。頼んだよ』
そしてすぐに返信が来る。
『任せて!困った時はお互い様。でしょ!』
そう。この言葉だ。この言葉はよくお互いに使っていたものだ。懐かしくもあり……悲しくも……
「ああ、そうだったな……」
心からそう呟く─
そうこう待っている間に紗名が出てきてはまずい。一言声をかけておかなければ。風呂場前に来て一言かけた。
「紗名、着替えを知り合いに頼んだ。すぐ来ると思うから少しそれまで待っててくれ」
少し間が空いて返ってくる。
「……分かった」
それから十分弱程経った時だった。玄関のチャイムが響き、義道は慌てて玄関を空ける─
「よっ、元気だったかなぁー?義道君!」
そこにはあの大好きだったニカニカとする笑顔の才津咲が居た。
「髪……切ったんだな」
色々な感情がごちゃまぜになり見たままの感想しか言えなかった。昔は肩甲骨まであった髪を色んな髪型にしていた。ポニーテールにしたり、三つ編みにしたり、ツインテールにしたり色んな彼女が見れた。その髪が今はバッサリとうなじまでのショートカットになっていた。その姿が悲しくもあり、愛しくもあった。
「お?せやろせやろー?良いところに目をつけますねぇ義道くん!」
片方だけスルリと伸び、編み込んだ横髪をいじり満足気に言う。
明朗快活、温柔敦厚、自由闊達。この三つで誰が思い当たるか周りの人に聞くと咲を知っていたら全員が咲の名前を出すだろう。ようは元気で人当たりがよく、よく笑い、器がでかく、何ものにもとらわれない。って所だ。
その何ものにもとらわれない咲でも付き合っている時は唯一髪だけは切らなかった。義道自身が咲の長い髪が好きだったからだ。咲はそれを知っていて義道の為に伸ばしていたのだ。
その髪が短くなりもうあの時の咲が居ないのだと思うと、悲しみに浸りそうになる。義道は無理矢理に口角を上げる。
「よく来てくれたな。助かったよ」
「まあー良いって良いって!それよりその子が可哀想だよ!早く渡してあげよう?」
「あ、ああ。そうだな」
急にガチャリと後ろの洗面所の扉が開く。
「っ!?!?」
「?」
「……まだ入ってればいいの?」
「待て待て待て待て待て早く扉を閉めなさい今着替えを届けてくれたから!もう少しだけ待ってなさい!!」
「ん、」
義道は紗名を一切見ないように手振り身ぶりで必死に出ないよう制止する。紗名はすんなり戻っていった。
「あっはっは!ちょっ、その焦りよう!仮にも親戚でしょ?」
咲はお腹を抱えて爆笑する。義道は変な汗をかき、内心心臓がバクバクしているが冷静を装う。
「そ、それでも女性だ。裸を見るわけにはいかない」
「ふぅー変わらないなぁ義道くんは!」
涙を拭いながら咲はそう言った。
「下着を洗面所に置いて、奥に入ってくれ何かお茶でも用意しよう」
「んー……うん!分かった!そうする!」
真夜中、いや、もう早朝だと言うのに義道は色々な動揺によって正常な判断が出来なかった。普通はこの場面、朝早いのにお茶なんか飲んではいられない。咲は内心、えっ、と思っただろう。しかし、咲は場の流れで奥に上がることにした。少し興味深いことが有ったからでもある。
「ちょっとぉ!!親戚ちゃん可愛くない!?」
ダボダボな義道のYシャツとダボダボな短パンを着た紗名の肩を押しながら入ってくる咲。若干その言葉が恥ずかしいのか顔を少し赤らめる紗名は中々レアなのかもしれない。
「ま、まぁ、自慢の親戚だ」
「え、え、義道くんの親戚に外人って居たっけ?」
「ん?ん、うん、居た、居たな。母方の弟の奥さんが、ロシア人だ」
嘘だ。
「へぇー!そうなんだ!ロシアの血が入ってるんだね!」
咲は紗名に問い掛ける。
「……?ロシア?私はこの世界の」
「あー!紗名!この人を紹介しよう!この人は俺の、俺の友達の才津咲だ!」
「どうしたのよ急に義道くん……?」
「あ、いや、自己紹介しといた方が良いだろ?」
「んー、まぁ、そうーかな?咲です!よろしくね!」
「咲……よろしく」
「うんうん♪親戚ちゃんは?」
「ん?親戚?」
紗名は混乱していた。
「あー、名前は夕日紗名だ!夕日紗名!いい名前だろう?」
「ちょっとー?今この子に聞いてるんだけどー?」
「ま、まだ日本語が不馴れだからな!」
「へぇー!日本に来てどれくらい経つの?」
「ん……分からない。ずっとずっと昔かもしれない」
「んー!十年前かな!!」
「いや、だから何で義道くんが答えるのさ」
「いやぁ、ついつい助け船を出したくなってしまうんだよなぁ!日本語勉強中だからな!紗名は!」
「……むぅ」
紗名の顔はいつにも増して不機嫌だ。このままではこの後の展開が危うい!
「はぁ……紗名の感性は少し独特なんだ。驚くかもしれんが、あまり馬鹿にしないでやってくれ」
咲はむーっと口を閉じて不服を申し立てる。
「私がいつ人を馬鹿にしたってのよ、義道くん紗名ちゃんを過保護にし過ぎじゃないー?」
「か、過保護だなんてそんな事は、」
「ま、そうしちゃう理由は色々と分かるけどねぇ」
「う、ううむ……」
咲はジトリと義道を見る。義道はその目線に弱り自然と左こめかみを掻く。
「そ・れ・と!」
人差し指を立て強調する咲。その後冷静な声色に変えて義道に心配の眼差しを送る。
「私が色々勘づいてないと思う?紗名ちゃんの事は深く知らないけど、何か有ったんだなってのは分かるよ。この時間帯に私を呼び出すのと、」
紗名の腕付近を見る。
「この子の肌を見ればね。バカでも察するかな。私達、色々有ったけど何かあったら手助けするし相談乗るから」
「……咲」
「ま、そう言うことだから!また何かあったら連絡して?私この後仕事だからゆっくりしてられないんだ!」
咲はニッと笑顔を紗名に送り軽く敬礼のポーズをとる。
「それではまたね!紗名ちゃん!義道くん!」
咲は肩に掛けた小さなショルダーポーチを掛け直し義道の部屋を後にする。
義道は何かしらの一言を掛けるべきだったが、口をパクパクするだけで言葉が出ない。
紗名はそのたじろぐ義道の事をじっと見ていたのだった─




