16.
「はぁ……はぁ……はぁ……どうする、これから」
デパートの前まで来た義道。だか、やはりこの時間はどこも開いてなどいなかった。
SNSで紗名に送る。
「どうやって入ったんだ?どこも開いてないぞ」
『通信中だったから』
っと理解出来ない言葉が返ってくる。なんの通信中だったのだろうか。そこもツッコめないくらい義道は必死だった。
(どうする、どうしたら屋上に入れる!?入口も開いてない、電気すらも付いてない、裏口、裏口はどうだ!?)
裏口の扉に手を掛けてみた。だが、やはり開くことは無い。
(じゃあ、ここはどうだ!?)
次に見たのは非常階段。屋上へ真っ直ぐ行ける階段だ。すぐに向かうがやはり開かない。
(やるしかない!!)
義道は非常階段のドアノブを叩き壊した─
------------
真夏の真夜中、静かな夜に鈴虫がよく鳴く。その中カンカンカンと非常階段を登る足音。はぁはぁと必死に切らす息。
やっと義道は屋上へ着いた─
紗名の姿は─
見当たらない……
(嘘だろ……!?)
そう思った時だった。
~♪~♪~♪~
穏やかな鼻歌が聞こえた。ふと義道は上を向き、その方向を見ると屋上の更に少し上に取り付けてある貯水タンクの方にその歌姫は居た。
大声で呼びたかったが、この真夜中にそうする訳にはいかない。また走ってその貯水タンクに向かい、梯子を登っていく─
「紗名、」
呼び掛けたが、義道は言葉を見失ってしまった─
満月を見上げる紗名の後ろ姿─月光は紗名を照らし、歌は儚げで……孤独で悲しくもあり、ミステリアスで神秘的でもあり、義道は心が締め付けられた。
何とか振り絞って出た言葉、
「い、いい天気だな」
本人も何故こんな事を言ったのか意味が分からなかった。自分のボキャブラリーの無さに恨んだ。
「ん……うん」
紗名は振り向かず答えた。
「月が、好きなのか?」
「……うん、好きか嫌いかだったら好き」
「そうか……」
義道は紗名の後ろに座る。
「色々と聞きたいんだが……話してくれるか?」
「……嫌、なのも……ある」
「そうか……だったら嫌なのは構わない」
ちらりと紗名を見るが、まだ満月を見上げていた。
「……ここへはどうやって入ったんだ?」
「……通信中だったから」
「それは具体的にはどうなんだ?入ってからずっと屋上に?」
「うん」
「よくバレなかったな……もしかしてだが……ここに登ってずっと寝ていたのか?」
「……通信中だったの」
「そうか、寝てしまっていたんだな、通信中に」
「うん」
「通信は上手くいったのか?」
「……うん」
「そうか、良かったな」
義道は自分のスマホの画面を見る。
「夕日夕日……変えないのか?この、コードネームは」
「何で?」
「名字と名字はおかしいだろう?何故名前が夕日と嘘を?」
「嘘?」
「ああ、名前は紗名だろう?」
「……下の名前は聞かれなかった。世界に溶け込む様に作られた表面上の呼名は夕日紗名」
「え、あー、ん?下の名前は聞かなかったっけ?」
「……うん」
「そうか、すまなかったね」
そしてまた間が空く。紗名は変わらず月を見る。我慢出来ずにまた質問をする義道。
「なあ、World Lineは見つかったか?」
「……有った」
「お、有ったのか。……じゃあ、どうしたんだい?」
「入れなかった」
「なるほどな、World Lineは入る為に探しているんだね?」
「そう」
「入ったらどうなるんだい?」
「……お父さんに会える」
「お父さん?……お父さんはその裂目に?」
「……うん。きっとその裂目の向こうは私の本当の両親が居る」
「……」
義道は察した。若干涙目になりそうになる。
「紗名のお父さんは……良い人だったのかい?」
「……記憶にあまりない。異世界の思い出だからWorld Lineに触れないと分からない。でも……凄く暖かかった」
「……なるほどな……」
この紗名の言うWorld Lineとは、記憶の断片だったのだ。思い出のある場所を幼い紗名は片隅にだが記憶していた。更に紗名はその曖昧な暖かい記憶にすがり、その記憶自体を「異世界に居た記憶」と暗示した。今の現実から紗名は逃避したのだ。そう義道は考察した。
(俺は、どうしてあげるべきなのか……)
義道も満月を見上げる。かける言葉すら見当たらない。なんとか考えて出た言葉はこうだった。
「取り敢えず、ここから離れよう。開店準備に見つかったら怒られてしまうよ」
「……まだ離れたくない」
「じゃあせめてここから降りるだけでいい。危険だ、貯水槽から落ちたら怪我をする」
「……ん」
紗名も了承し、義道から先に梯子を降りる。その時、紗名の悲痛な小さな叫びが聞こえた。
「いやっ!!」
「どうした!?」
見ると、紗名のダッフルコートの袖のボタンがボルトに食い込んで引っ掛かり取れなくなっていたのだ。
「やだ……やだやだやだ!!!」
「待て、落ち着け紗名!」
何とか取ろうとしているが、紗名はパニックになっていて上手く取れない様子だった。
「引っ掛かってるのか?大丈夫だ落ち着け!」
「ううっ!!あ、!」
プツンと小さな音を経てて丸いボタンは落ちていく。そのボタンは屋上の広いところに落ちたようだ。
「危なかったな、広場の方に落ちたみたいだ。取りに……」
その時、紗名の顔をしっかり見た義道の心臓はドキリと締め付けた。
「…………」
紗名は下唇を強く噛み、目は潤み大粒の涙を目元に溜めて今にもこぼしそうだった。その今にも壊れそうな紗名の顔は、義道の中の先にここから離れるという選択肢を無くした。
梯子を滑るように降り直ぐに義道はボタンを探す。
(どこだ、どこに落ちた!!)
紗名は悲しみに震える身体をゆっくり動かしゆっくり梯子を降りていく。下を向き表情が見えない紗名はぎゅっと拳を握り小刻みに震えている。
「あった!!あったぞ!!」
義道は丸い大きなボタンを見付けた。ボタンの捜索は十分程だった。駆けて紗名に見せる義道。目の前に立つが、紗名は一向にこちらを向いてくれない。
「紗名?」
顔を覗き込む義道。
紗名は顔を赤くして涙を流していた。
「さ、紗名、見つかったぞ?ボタンは見つかったんだぞー?」
「う、うー、……」
「大丈夫だからなー?失くしてなくて良かったなーあはははー?」
「……ぐすっ、ううう、」
「……困ったな……どうしたものか、」
ボタンが取れた袖を見る。自分でも何とか直せそうではあるが……
「紗名、大丈夫だ。ボタンなんてすぐに付けられるぞ?」
「……本当?」
「ああ、本当、本当だとも!一度帰らないといけないが、それでも大丈夫か?」
「……」コクッ
紗名は黙って頷く。
「よし、じゃあここに居てはまずい。早く出よう」
夜風が涼しい真夜中、二人はいそいそとその場から離れたのだった。




