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14.


 義道はその日、夜に帰宅しても、朝起きても紗名の事が心配で頭から離れなかった。SNSで連絡を取ろうにも自分からする勇気も無ければかけるボキャブラリーも無い。また連絡が来るだろうと思ってその日は仕事をしに行ったのだが、通知はならず。仕事に中々専念出来ない。



「おぉい!どうしたよっちゃん!今日は大分ぼーっとしてんなぁ!」


「あ、すいません!」



 ここの工場長の日下部則夫(クサカベノリオ)から少し叱咤を受ける程だ。日下部は腕時計をチラリと見て大声で周りに声をかける。


「よぉし!ちょっと一服しよう!!20分休憩だ!!」



 この日下部の指示でこの現場は回っている。日下部が休憩と言ったら休憩、やれと言ったらやる。しかし、無駄にやらせたり昼を過ぎて飯無しという状況に陥ったことは滅多に無い、齢52歳になるベテランだ。


 そのベテランは義道に心配した顔をして近付いてくる。


「なぁよっちゃんよぉ。どうした?いつもとなんか違うんじゃねぇか?体調でも悪いか?」


「すいません日下部さん、気を使わせてしまって」



 日下部はハッハッハと豪快に笑う。


「なぁに!お前がそんな面して仕事してんのが初めて見るもんでおちょくりたかっただけよ!!」


「はは、只の興味心からでしたか」



 義道も笑い、にこやかな雰囲気になる。


「はっはっは!それで、どうしたんだ、よっちゃん。体調悪いみたいじゃねぇって事は……さては……」


「さては?」


「お・ん・な。だな?」


「はは、」


「まぁよっちゃんは真面目で良いやつだから、変な女には捕まらねぇこった!」


「そうですね、気を付けます」


「それと、自分を見失わないことだぞ?女に溺れるとドンドン下火になる。自分らしさは大事だ」


「……自分らしさ……そう、ですね、忘れないように……」



 やはりその日は上手く仕事に手がつかなかった。



-----------------


 仕事が終わり、電車に乗って帰宅途中、やはり紗名の事が気掛かりでならなかった。


 こんなに頭と心から離れなかったのは初恋以来だった。こうやって自分で動くことも出来ないのも似ていた。


(こんなとき……俺はどうしてたんだろうか)



 自然とSNSを開き、あの人物に一声かける。



『これから飲みにいかないか?』



-----------------



 あるBARの二階、一階と比べて静かに飲めるカウンター。そこで生ビールを一口して深いため息を溢す不器用男。その男に飽きれてため息を返すのは、生きるのが器用な男。不器用男の友人、謙治だった。

 


「なあー、来て早々、そのため息はどうしたんだよー」


「まぁ、色々有ってな」


「色々ねぇ……ま、明日仕事なのに関わらず飲もうなんて相当な事が有ったんじゃねぇのかね?」


「謙治、俺はどうしたらいいだろう」


「なんだよ、言いたい事あるなら全部言っちまえ言っちまえ!」


「……ああ、実はな、」




 これまでの事を全て謙治に伝えた。紗名の事は勿論、周りの事情も、自分の気持ちも隠さず。



「なるほどなぁ、そんな事態が起こってるなんてなぁ」


「ああ、俺は心配で仕方ない。俺に出来ることは」

「無いなぁ」



「……無い、だろうか」


「ああ、無い。そんな家庭の子を助けるなんて生半可な事じゃない」


「あんなに震えていたんだ」


「そりゃあ、母ちゃんが怖いんだろうよ」


「助けを求めてそうなんだ」


「いや、それは気のせいと思っとけ」


「このままだと、彼女は危険かもしれないんだ」


「そうかもなぁ」


「俺に出来る事があるなら」


「無い無い。義道。お前に出来ることは絶対無い」



 頭から否定する謙治にイラつき始める義道。



「おい、謙治」


 そこで手を前に出し言葉を制止する謙治。



「お前は俺に何を相談したいんだ?俺に何の言葉をかけてほしいんだよ」


 義道はムッとするが、ビールを一口飲んで一息入れる。


「何とかしたいんだ。俺は彼女の助けになりたい」


 片手で頭を抱える謙治。


「止めとけよ義道。変に手を出すときっと厄介な事になるぞ、彼女を助けるっつったってよ、具体的にどうするってんだ?母親と引き離す訳にもいかねぇし未成年なんだから色々面倒なんだぞ?」


「……それでも俺は何とかしてあげたいんだ」


「あー知ってる。知ってるよお前の性格は。助けるのが無理って言われると何としてでも助けようとか思うその謎のでけぇ正義感。それは良い。良いけどな、少しは先を考えろよ。その子の人生も考えたらきっと酷だぞ?最低でも二十歳にならねぇとな」


「……」


 義道は黙った後グッと一気に生ビールを飲み干し、ガンッとジョッキをカウンターに置く。義道の眼は強く謙治を見据えた。


「それでもだ!!俺はあの子には幸せであってほしい!!俺はなんとしても助けるんだ!!」


「バカ野郎!!助けるっつったって!何をするっていうんだよ!!」


 義道は意を決してスマホを取り出し、SNSで紗名へ文章を打つ。


「おい、義道、」


「俺は、近くで支えてやるんだ。目の前で辛そうなあの顔を見せられたら、誰でも助けてやらなきゃと思う。俺なら……俺ならやれると思うんだ」


 そして、その文章を送った。



「はぁー……そうかい……ならもう言わねぇよ。義道、そう思うならな、絶対中途半端はやめろよな?」


「ああ、任せてほしい」


「本当、思ったら真っ直ぐなんだからなぁお前は……マスター、こいつに生一杯!」


 マスターは生ビールを義道に渡し、二人はまた軽く乾杯をしてその日の夜を楽しんだ。




 そして、義道の送った文章はこうだった。



『今どうしてるんだ?』




 きっと謙治が見たらガッカリするだろう。とても短く、不器用な言葉だった。


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