13.
その後は夕日に合わせるように横に歩き、そこら辺を歩いていった。特に何も変化は無く、二人無言のままであった。きっと最初から見ていた人が居るならばきっとおかしな二人だろう。
そうこうしてるともう17時半ばになった。日は若干赤みがかり、義道は声をかける。
「なあ、夕日。もう帰ろう。晩飯の時間だろうし、両親が心配するぞ?」
「……」
「おい、夕日」
「……」
夕日は足を止めて前を向き、義道を見ずにこう言った。
「私に帰るところはここにはない」
「……あるだろうがーい」ペシ
「あう、」
義道は夕日の前に行き、夕日の額をベシンっと凄く軽くチョップする。
「あのな、夕日。君をそこまで育ててくれた両親が家に居るだろうが。こうして見てくれる両親が居るなら、家族は大事にするもんだ。まだ子供だからまだ分からないんだと思うけどな?きっと歳を取っていって大事さが分かってくるはずだ。」
「……」スリスリ
夕日は当てられた額を擦り、義道の言葉を聞いている。
「それと、女の子が夜遅くまで出歩いてはいけません。俺もついてるけど、変なところばっか行ってしまえば俺が何人居ても足りなくなる。さあさあ、帰るぞ帰るぞー温かい飯が待ってるはずだからね!」
そこで、義道は夕日の肩を回し、後ろ向きにしてから背中を押して歩く。っというのは不器用だから出来ず、イメージではできていた。義道は無言の時間帯を作り出した。
「……」
「……」
額に汗が浮かび内心焦り出す。
(まずい、色々とタイミングを逃したぞ……何て言えば良いんだ!?)
「……私に両親はいない。この世界には居ないの」
この空気を打破したのは夕日のこの言葉だった。義道はまたこんな事を言っているのか……っと一瞬思ったが、すぐに、はっと思考が働く。
(まさか……夕日の両親はもう亡くなってるのか……?)
それなら、中々帰らない夕日の行動に合点がいった。一気に自分の中でこれまでの行動が納得する見解に至り、夕日を心配する気持ちが強くなっていった。
「分かった……分かったぞ。夕日」
「……?」
夕日は義道の言葉を理解していない顔をする。
「俺が、俺が今日旨い飯を作ってやるからな」
「……なんで?」
義道は心に思う。
(この子はこれまで大変な人生を歩んで来たんだろう。少しでも力になってやりたい……俺に出来ることがあるならなんでもしてやろう!)
「……??」
義道は胸に手をやり、ぎゅっと目を瞑り決心した。夕日はこの謎な行動にジトーッと理解出来ないような目で義道を見る。
「さあ、帰ろう!大丈夫!俺が助ける!」
義道は涙目で夕日に告げる。
「???」
更に夕日は困惑した目をして義道を見た。そのあと、夕日は下に視線を反らし、嫌そうに目を細める。
「……まだ、探さないと」
「いや、ダメだ。今度にしよう。大丈夫、きっとまたWorld Lineっていうのは見つかるさ」
「……」
それでも夕日は不機嫌な顔で義道を見ていた。しかし、義道の決意は固く、この男は人を助けたいと思ったら絶対曲げないのだ。
「ほらほら!旨いぞー?俺の飯は!」
「……」
近くに有った時計台の時間帯を見る夕日。
「……今宵は……大丈夫……かな」
「ん?今宵?」
夕日は義道が聞き返しても反応せず踵を返した。
「お、帰るのか?」
「……」
義道は夕日の後を追うようにしていった。
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電車に乗り、夕日の自宅の最寄り駅に降りる。そして、一度通った事がある道を通り、夕日の自宅の前まで来た。夕日の自宅はいつも通り、外から見ても暗かった。夕日は黙って家の鍵を開け、静かに開く。
「」
「ん?」
入ろうとした夕日が止まる。
「どうした?」
「……今日は、」
「大丈夫大丈夫!何か材料とかは有り合わせで作るから!無かったら買ってくるしな!」
「あ、」
夕日を押すような形で中に入る。そこには赤いハイヒールが乱雑に脱ぎ捨ててあった。
「ん?あれ?親戚の方がいるのかな?」
(やっぱ流石に、この子一人生きるには厳しいよな、一応挨拶をしたほうが良いか)
「お、」
「紗名!!煩いんだけど!!」
義道がお邪魔しますと声を出す前に、荒々しい女の声が響く。ドンドンとわざとらしく怒りの足音を出してバンっと目の前のドアが開く。
「え?」
「あ、どうも、」
やさぐれたキャバ嬢のようなけばけばしい女性が出てきた。驚いたその女は義道の顔と夕日の顔を何度も目で見る。そのあと、意地の悪そうな目をして、夕日に言う。
「へぇー、あんたが男をねぇ」
「……」
「え、あ、彼氏とかそういうのでは、」
義道は夕日の様子を伺った。
「……」ビクビク
夕日は小さく震えていた。その様子を見て義道は謎の強い疑心感が芽生える。
「まあまあ、そんな手が速い女だとは思わなかった。部屋に連れ込んで何をするつもりなの?」
「ち……違……う、」
「へぇー、何が違うんでしょうね。いつも夜出歩いては帰ってこない癖に。どっか変な所に行っては盛ってんでしょ?」
「違……う」
「いや、夕日はちっとも盛ってなんか居ませんよ。むしろ寄せ付けない感じが有りました。夕日の事をあまりいじめてあげないでください」
あまりにも夕日が怖がっていたので義道は助け船を出した。しかし、女は助けたことにイラつき、義道を睨む。
「は?何、私に言ってるの?夕日、夕日って。私も夕日なんですけど?あんたこいつの名前も知らないわけ?」
「え、あれ、夕日は名前じゃなかったのか?」
義道は夕日の事を見るが、うつむいたままだった。
「こいつの名前は、紗名だよ。紗名。夕日紗名。んで私がこの出来損ないの親な訳。だからあんたにどうのこうの口出される筋合いは無いってこと。分かる?」
「親……?あなたが?」
「何?なんか文句あります?」
やっと義道は理解できた。親が居なかった訳では無かったのだ。家に帰りたくなかった理由はこの母親だということを。
「申し訳無いけど今日は帰ってくれます?紗名とゆっくり話したいので」
「」ビクッ
夕日、もとい、紗名は母親に言葉をかけられて恐怖でビクついてしまう。流石にこの光景を見せられた義道は引くことが出来なかった。
「いや、しかし、このまま帰る訳には」
「はあ?名前も分からなかったのにそんな仲はないでしょ?それとも何ですか?色々やって帰るつもりだったんですか?」
「そんなやましいことをするつもりはない!」
「あーあー声を荒げないでくれる?今大きな声で助けを呼んでも良いのよ?きっと近所の人が警察でも呼ぶんじゃないかしら?」
「だが、」
「ねえ、だが。とか、しかし。じゃないんだけど。帰れって言ってるの分からない?警察今呼ぼうか?未成年の娘を連れまわして卑猥な事をしてますって、誘拐だよ?これもう」
「誘拐って……」
義道は紗名を見て、これ以上の会話は紗名の負担になると思い言葉を止めた。
「夕日……」
「……ごめんね」
この日初めて義道は人を助けることが出来なかった。夕日の最後の謝罪の言葉は義道の脳裏に一生刻まれることになる。
黙ってそのまま出ていった義道を鼻で笑う紗名の母親。玄関が閉まると同時に聞こえる怒号。
義道は歯が砕けそうになるほど歯を食い縛り夕日家を後にしたのだ。




