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【職業:勇者】の就職方法  作者: とりぷるみっくす
2/3

男の夢ではなく、本当のパイが詰まっているのです

「ありrrrrrがとooooooございiiiiiiiiiiまsssっしたあぁああああああ!!!!!!!!」


こんな見事な巻き舌と気合いの入った感謝の言葉、俺は18年間生きて来て初めて聞いた。


そして、この見事なまでのスライディングからの五体投地もだ。


どうしてこうなった。


「あなたの、お陰でッ!!!!!!我が村のoooooo平和はaaaaaa守rrrrられたのですうううううぅぅうううう!!!」


とりあえず、この暑苦しいオッサン……失礼、村長サンの頭が太陽の光を反射して、眩しい。ライトニングヘッドの眼くらまし攻撃が半端ない。


どうにかしてくれ、マジで。




要約するとこうだ。


突如として暴れ牛が現れたのは、遡ること二週間前。最初の被害者は、村の若者二名だった。山へしばかりに行っていたところ、突然背後から襲われて命からがら戻って来たらしい。


『でっかくて、狂暴な牛に襲われた!』


それから同じ様な被害が続いた。山を越えて来る商人も来れなくなる始末。……どうやら、暴れ牛が出没したのが村と町を繋ぐパイプラインを担う山だったらしくてな。生活そのものが危なくなってきたところ立ち上がったのが、ミシェルだったそうだ。


何て泣ける話なんだッ!困った村人達を見兼ねて立ち上がるとか、健気にも程があるッ!


―― とまあ、こんな話をかれこれ小一時間程掛けて語りつくしてくれた


「聞いておられますかぁあああああぁぁぁ!?」


……すまん、間違った。現在進行形で語られている。延々とだ。だから、どうしてこう一々暑苦しいんだよこのオッサン!


どうやら、ミシェルの親父さんらしいこのハg……ライトニングヘッドのオッサンが村長みたいだ。


「本ッッッッ当にッ!愚そぉoooooくが山へ向かったとぉooooooooo知ッッッッッッッッッた時はぁああぁああ!!心ッッッッッッッ配でぇえええeeeeee、髪がぁあぁぁああ、抜けrrrrrrrrrるかとおooooo、思いましたからぁあああぁぁあ!!!」


その前に、もう抜ける毛ねえじゃんとツッコミたかったが、我慢した。余計な事言って、更にこのオッサンの話聞く事になったら俺もう耐えられん。おもに聴力が。無駄にでっかいんだよ、声が。


何だかもう疲れて来た。このオッサン、エネルギー全部話す事に使ってるんじゃねえのか?頭に回るはずだったエネルギーが、口の方に回ったのは間違いないだろう。たぶん、もう少し黙ったら頭も生い茂ると思うんだ。


「はいはい、ちょいと黙んな」


―― それは、突然だった


「ぐをおおおッ」


―― ゴッ!!!


え?何これ怖い。通されていた応接室の扉が開いたかと思うと、オッサンが鈍い音を立てて床に沈んだ。

突然現れた恰幅の良いオクサマ(間違ってもオバサンとか言ってみろ。次は確実に俺がヤられる)の手に握られていた凶器は、フライパンでした。しかも、恐らくさっきまで何かを焼いていたらしい高温の。


「おい、オッサン……?」


返事はない、まるで屍の様だ……って、冗談きついだろッ!? うつ伏せの状態で倒れたオッサンの後頭部、何か赤いんですけど!?湯気が立ち昇ってるんですけどッ!? 確実にこれ、火傷ですよね!?

目の前のオクサマの方が暴れ牛より余程怖いんだが、どうしたらいい?そんな俺の胸中を知ってか知らずか、オクサマが俺を見て苦笑いを浮かべた。


「客人に、みっともないところを見せちまったねえ」


「イエイエ」


『みっともないどころか、殺人現場の目撃者になってしまいましたから』という言葉は咄嗟に呑み込んだ。俺、よくやった!


「本当に、ありがとうね、うちの子まで助けてくれて」


遺伝子の神秘ここに極まれりッ! どうやら、この逞しいオクサマがミシェルのお母様とか、解せぬ。オッサンもライトニングヘッドで身軽なチビデブだぞ?どうやったらミシェルが出来たんだ?似た要素が皆無だ。


「もう、止めて下さい。恥ずかしいですぅ~……それに、私一人でも、ちゃあんと退治出来ましたんですぅ」


ちょっと不貞腐れた美少女プライスレス! やっぱりミシェルは可愛い。可愛いは正義という図式を体現した様な少女だ。


「何、寝言言ってるんだい。そんなふざけた恰好して……倒せるわけがないだろう?」


オクサマがジト目で見るミシェルは、かぼちゃパンツが覗き見えるフリルスカートの下は、絶妙な絶対領域を誇示するロングブーツで、上もヒラヒラが無駄に多いブラウスだ。魔法使いのトレードマークである三角帽子にはふんだんにハートマークがあしらわれている。

可愛いし、確かに似合っているのだが、成程……確かに、この恰好で山登り……プラス暴れ牛の相手はキツイだろう。


「倒せましたです。私、強いですから」


不貞腐れた顔も可愛いです、ありがとうございます。だがしかし、何だこの不穏な空気は……オクサマとミシェルの間に、静電気か何かが迸って見えるの、俺だけか?


「馬鹿言ってんじゃないよ。世の中ねえ、そんな甘くないんだよ。全く、そんなチャランポランで魔王を倒すだ?馬鹿言うのは休み休みにしておくれ」


言いたい放題なオクサマにブチ切れたらしいミシェルが、勢いよく応接室から出て行った。


「ぐぇっ!!!」


その場に未だうつ伏せたままのオッサンを思いっきり踏み付けて行ったのは、見なかった事にした。とりあえず、最優先事項はミシェルだ。傷心な一人の女の子を、放っておけるか! とにかく俺は、ミシェルを追って部屋から出て、そのまま玄関をくぐり抜けて、小さな背中を全力で追いかける事に専念する事にした。もちろん、ライトニングヘッドを踏み付ける事は忘れない。


「ゴフッ」


何か、うめき声が聞こえた気がしたが、気にしたら負けだ。


「主、好感度あげたい。だから頑張るのだ」


相変わらず余計な一言をのたまいやがるグラムに鉄拳制裁を与えてやった。




果たして、ミシェルは村の外れの道沿いに置かれた、大きな丸太の上に座り込んでいた。


「おい……」


ああクソ! 追いかけて来たのはいいが、掛ける言葉が見付からない。見付かる当てのない言葉を探していると、ミシェルが先に口を開いた。


「あの、……やっぱり、アニキもこんな恰好……おかしいと思いますですか?」


「そんなことないッ!」


不安に揺れる声を聞いた途端、俺は咄嗟に声を上げていた。


「そりゃあ、確かに一般論としてはお前の恰好は間違ってる」


俺がそう応えると、ミシェルはすごく傷ついた様で潤む薄茶の瞳で見上げて来た。ああ、だから会話って苦手なんだ! 言いたい事が上手く言えない。


でも、これが俺の本音だ。どう考えたって、山へ暴れ牛退治に向かう為の衣服ではない事は確かだ。

判ってる。たぶんミシェルが聞きたいのはそんなことじゃない。それ以前の問題で、悩んでるんだってのは良く判ってる。だから、俺は伝わる様に、慎重に言葉を選びながら語り掛けた。


「でもさ、建前とか実用性とか無視したら、別にいいんじゃねえの?そりゃ、似合わない人種ってのがあって……そうだな、例えば俺がミッシェルと同じ衣服を着たとする。どうだ?」


どうだも何も……考えなくてもひたすら気持ち悪いだけだ。想像してみて欲しい。170cmを超す16歳が、フリルたっぷりなかぼちゃパンツとかッ!視界への暴力でしかない。絶対領域が、絶命領域に早変わりだ。


「キモイです」


ミシェルから見事なカウンター攻撃を食らった俺は、言い知れないダメージを受けてしまった。いや、まあ正論なんだ、そういう答えが欲しくて投げかけた筈なんだけど……何ていうか、視線が痛い。「え?何言っちゃってんのこの人」的な、まるでゴミでも見る様な視線がとっても痛い。


そんなブロークンハートを隠しながら、俺は至って普通に応える。


「だろう?だったら、それでいいんだよ。ミシェルはミシェルのしたい様にすりゃあいいさ。似合う、似合わないで言ったら、ファッション的には十分アリだと、俺は思うし」


視界の暴力的な何かなら、全力で止めるが、別にそんなことないしな。むしろ、似合う、似合わないで判断するなら、本当によく似合ってると俺は思う。


「ま、そういう事だからさ」


ぽかんとした表情のまま固まったミシェルを前にすると、どうにも気まずくなってしまう。そそくさとその場から退散しようと回れ右をしたところで、背後からトンと軽い衝撃が走った。次の瞬間、細い腕が俺の腰回りに抱き着く様に絡みついていた。


この時点で、俺の心臓爆発寸前である。女の子にこんな事をされた事がかつてあっただろうか、いやないッ!


我が人生に一片の悔いなし!


感激の涙を堪えながら、至って平静を装い軽く振り返る。


「どうした?」


声、震えてなかったよな?不自然じゃなかったよな? そんな事を気にする余裕すら、次の瞬間ぶっ飛ばされてしまった。


「アニキ、やっぱり見込んだ通りの方ですぅ。ミシェルは、アニキに付いて行きますです」


「…………へっ!?」




―― 拝啓 ジル。魔王を倒す前に、嫁が出来ました。




何この突然の嫁宣言。ミシェルの予想外な大胆な行動に、とうとう俺の思考回路はショートしてしまい、そのまま視界は反転してしまったのだった。




※※※※※




「アニキ、お勤め御苦労さまなのですぅ。ご飯も出来てるですよ。どうしますかぁ? ご飯? お風呂? それとも、ア・タ・シ?」


「HAHAHA、気が早いなミシェル。まだ日も高いってのに……それに、子供の眼の前で恥ずかしいだろ?」


―― そうそう、イチャコラタイムは子供が寝てから……って?子供?


「主、グラムお腹すいたのだ」


って、人間の子供に猫とかあり得るかああぁぁあああぁ!!!!!


「ふざけるなあ!!!!!」


がばりと勢いよく起き上がる。


「うっ……」


何だか、体中の節々が痛い様な気がする。あたりを見回すと、どうやら木陰らしい。


「アニキ、目が覚めたですか?突然倒れるので心配したのですよぉ」


「あ、ただいま」


「はい?」


怪訝そうな顔をするミシェルを見て、ようやく先ほどまでのやり取りが夢の中の出来事だったのだと悟った俺は、慌てて何でもないと首を横に振った。


ミシェルは隣に座っていた。その膝にはグラムがいる。おいちょっとコラ。そこ代われよ羨ましいッ!

さっきまで居た通りが少し遠くに確認出来る。距離的には余り移動してないようだ。


それよりも……何だ、そうか、夢か。だがしかしッ!正夢になる希望は十分あるわけでッ!

そこまで考えて、ふと気になった事を聞いてみた。


「もしかして、あそこから移動させてくれたのって、ミシェル?」


そんな問いに、ミシェルは可愛い笑みを浮かべて頷いた。


「はいですぅ。あんなところに寝転んでいたら、通行の邪魔じゃないですか。アニキ、無駄に大きいのですよ」


あれ?だから、こうなんで一々胸にグサッと来るんだろう。っていうか、向こうに見える道から、ここまで移動して来た手段って、まさかッ……しかも、道からここまで点々と血の跡がここまで続いてるんですが!?

否、深くは考えまい。だって全身打撲みたいな鈍痛が走ってるって、もう嫌な予感しかしない。


「主、ミシェルが足持って引きずってここまで運んだのだ」


「だああぁあぁああ!バカ猫!せっかく考えない様にしてたのに、言うんじゃねえよッ!この駄猫があッ!」


あらん限りの力で、グラムの頭を殴り飛ばした俺は、悪くない。


「痛いのだ」


涙目なグラムを、ミシェルが優しく抱き締めて撫でてる。だから、羨ましいんだよ、コンチクショー!


「アニキ、動物虐待は駄目ですよぉ」


理不尽だッ!なんで俺ばっかりッ……逃避行に走る少年少女の気持が、1ミリほど理解出来た気がする。


ギュッと抱き締められたグラムは、幸せそうに眼を細めている。だから羨ましいなそのポジションッ!!


「ミシェル、良い匂いなのだ。おいしそうな、良い匂いがするのだ」


しかも、何サラッと言っちゃてるんだこのバカ猫!


「あ、もしかしてお腹すいてますですかぁ?」


「グラム、腹ペコなのだ」


ミシェルの言葉にグラムが頷いた瞬間。徐に自分の胸元に手を突っ込むミシェル。何て大胆なんだ!まさか母乳か!?

知らず、顔が赤くなってしまうのは仕方ない。健全な青少年にはちょっと刺激が強すぎるッ!


「ミシェル!ちょっと待て!!こんな、野外でなんて……」


慌てて俺は顔を背けてあられもない姿になろうとするミシェルを止める。いや、止めた筈だった。


―― サクッ


「甘くて、美味しいのだ」


……はい? 予想の斜め上を行く言葉が聞こえて来た。え? 幻聴か? そっと、恐る恐る視線をミシェルへと戻して、そして俺は絶句してしまった。その巨乳には、男の夢ではなく、本当のパイが詰まっていたのだ。


え?何これどういう事?


「今日のおやつは、リンゴパイなのですよ~……あ、アニキも一つ如何ですかぁ?」


走馬灯の様に流れるのは、山で交わした会話だ。


『お前のそれは、本物の(オッ)パイか?』


『もちろん(本物のリンゴパイなのですよ)、何なら(食べて)確かめてみますです?』


カッコの中を補足すれば、まあこんなもんだろう……って、今頃判ってももう遅いわッ!! なんという貧乳……あれじゃ、ないに等しいじゃないかッ!!


「あ~! マイケルがまた女装してる! 変な奴~!!」


追い打ちを掛ける様に、どうやら近辺で遊んでいたらしい子供がミッシェルを指さして大声で言う。その言葉に反応する様にミシェルがユラリと立ち上がった。

……いやちょっと待て。マイケルって誰だ?


「てめえ、余計な事をアニキの前で暴露すんじゃねえよ、このチビ助が!雷にでも撃たれてろ! サンダ―!!」


言うなり、走り出した男の子を稲妻が追撃する。悲鳴と落雷の音が、段々と遠ざかっていくのを、俺はただ茫然と見送る事しか出来なかった。


だから、誰だよお前。っていうか、さっきの野太い声は何なんだよ。急展開に付いていけないのは、俺だけか? 俺だけなのか!? グラムの尻尾はユラユラと楽しそうに揺れている。動揺してない。


「ミッシェル、流石なのだ。強いのだ」


「アハッ、私ったらついつい素が出ちゃいました~」


ん? あれが……素、だとッ……?


ちょっと待て、ッて言う事はだ……さっきの会話も……


『あの、……やっぱり、アニキも(男なのに)こんな恰好……おかしいと思いますですか?』


もしかしなくても、こうだったのかあぁぁぁぁああ!!!


「……ミシェル、ひとつ聞きたいんだが……お前の性別って……」


「あん!?」


野太い声リターンズ。しかもだ、大変鋭く睨まれました。


「スミマセン。ナンデモナイデス」


言うと、さっきまでの暗殺者なみの恐ろしい空気が嘘の様に、ぱっと花の様に微笑んだ。もう毒花にしか見えない。


「流石アニキ、判ってもらえて嬉しいのですぅ」


ウフフと笑うミシェルに、俺は人生を学んだ気がした。




人は、見た目で判断しちゃいけないんだと……




【つづく】


【補足説明】


ミシェルは仏名→Michel(男)/Michelle(女)


Michelを英読みすると、マイケル


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