可愛い子には旅をさせるな!
剣と魔法の世界へようこそ♪
大魔女ジルに育てられた一人の少年が、使い魔グラムと旅に出る!目標は打倒魔王……魔王退治といえば、勇者。
ん?勇者ってどうなるの!?一癖も二癖もある仲間達と繰り広げる珍道中。お楽しみください♪
地位だとか
名誉だとか……
そんなものに興味はない
俺は、ただ平穏無事な毎日が続く事だけが望みだったのにッ……
「どうしてこうなった!」
深緑の生い茂る不気味な森
響き渡る、俺の絶叫に呼応するかの様に、けたたましく飛んでいった鳥(らしき生物)
―― 絶賛迷子中な俺は、泣いてもいいと思うんだ……
※※※※※
「よし、お前……ちょっと魔王倒して来い」
「は?」
思わず聞き返した俺は、きっと悪くない。
―― ちょっとそこで木を切り倒してこい
……そんな軽いノリで無理難題を言って来たのは、捨て子だった俺を拾い育ててくれた養い親だ。
身内の贔屓目抜きにしても、一般的に言う“いい女”の部類に入ると思う。
象牙みたいに白い肌に、腰まで伸びたブロンドの髪は波打っていて陽の光に当たると煌めいて更に美しさを増す。大きな焦げ茶色の瞳に、スッと通った鼻筋……文句なしな美人だ。その上、巨乳と来たらッ……
だがしかし!
可愛い子には旅をさせろ……そんな格言誰が作ったふざけるなッ!
年齢不詳な養い親は、何を隠そうスパルタだったのだ。
サバイバルナイフを一本持たされて『ちょっとそこで狂大イノシシ捕まえて来い』とか言いながら、山に放り出された事があった。
狂大イノシシとは、体長5mはあるだろう、化けイノシシだ。しかもだ、小石投げ付けて挑発して、それでなくても凶暴なイノシシ様のお怒りを扇ぐというオプションも忘れない。
『ほら、お前がとっととしないから怒ったじゃないか』
なんて自分がした事を棚にあげた挙句。
『いいか?逃げるなよ?今夜のメインディッシュなんだからな、逃げず、逃がさず、仕留めろよ?』
この、言いよう!笑顔で消えやがった時には涙目だ。無理無茶無謀の三拍子だろう?死ななかった自分を褒めてやりたい、切実に。
その次は川に投げ込まれた。投げ込んだ後で『オロチに喰われるなよ~』なんて言いながら全力で走り去る後ろ姿に殺意が沸いた俺は悪くない。殺意なんて直ぐに消えたけどな。何か水を逆巻きながら現れた巨大な蛇に食われないようにするだけで精いっぱいだったんだよ!
とにかく、人生サバイバルだと骨身に染みて思い知らされた。
だがまあ、それにさえ慣れてしまえば、この生活も悪くない。
ジル ―― 養い親の名前だ ―― は、子供の目から見ても博識で、惜しげもなくその知識を分けてくれた。サバイバルだって、叩き込まれた知識を駆使すれば生きて帰る事が出来た訳だし。これからも平穏、時々サバイバルな日常が変わることなく過ぎて行くんだろうと思っていた。
―― そう思っていたのにッ!
「何でいきなり魔王退治!?嫌だからな絶対!」
今から千年くらい前に突如表れた“魔王” は、世界を恐怖のどん底に叩き落とした。
村が一つ、一夜で消された。
魔王に抉られたという伝承が残る山もある。(観光名所の一つだ)
人々の生活を脅かす“魔王”という存在に挑む者も出てき来た事もあった。所謂、“勇者”だ。
パーティーを組んで挑むも、誰一人として生きて帰った者はない。
今や、勇者すらいなくなった。(そりゃそうだろう、誰だって命は惜しい)
一時期、勇者ブームがあって十年に一度は魔王に辿り着いていたらしいが、誰だって命は惜しい。最後に魔王へ到達した勇者が現れて、かれこれ百年は経っている……らしい。
最近では魔王も大人しく、その存在すら忘れかけていた。俺なんて、ジルから聞かされた話でしか知らない。
「いいじゃねえか、なれよ勇者に。うわー、かっこいー」
「ならねえよ!」
すっごい適当に言って来るジルに、俺はそりゃもう必死に言い募る。何だよこの温度差、段々泣きたくなってきたけど、ここで負けてたまるかッ!
「あんた自分が何言ってるのか判ってるのか!?」
「言った事が判らなかったのか?」
真顔で返された。え?何だコレ。俺が間違ってるのかそうなのか!?伝説の魔王だぞ!!そこら辺の牛とか蛇とか、イノシシですらないんだぞ!?
「嫌だからな!絶対に嫌だからな!勇者とかになるより、マンドラコラ引っこ抜きに行く方がマシだ!」
マンドラコラは家の裏の畑で栽培している薬草の一種で、これの収穫が俺は大の苦手だ。植物の癖に暴れるし、何より耳栓しててもガンガン響く絶叫が最悪だ。ジルも、俺がどれだけマンドラコラが苦手か判ってる筈だ。
伝われ!!俺の気持ちッ……目線を逸らしてなるものかと、静寂に負けない様にしっかりと見返す。すると、ジルがひとつ溜息を吐き出した。
「判った」
珍しく判ってくれたのか?ここぞとばかりに、俺は身を乗り出して訴える。
「しかも、魔王がいるのってここと正反対の山だろ?遠過ぎる!」
少しでも安心した俺が馬鹿だった。そう……息子の主張なんざ、全く聞いてくれてなかったのだ。
「行って来い」
ニッコリと、そりゃもう語尾にハートが付いてるんじゃないかってくらい綺麗な笑みを浮かべると、手にした杖をクルリと回す。
俺は、何もなかった空間に現れた魔方陣を見て慌てた。
ジルは凄腕の魔術師……所謂、魔女だ。
しかもただの魔女じゃない。強い魔力と叡智を兼ね備えている最高位の大魔女と呼ばれるに相応しい魔女だ。
俺だって魔女の養い子だ。簡単な魔術なら使えるが、ジルには勝てる気がしない。
判っちゃいても、抵抗してしまうのが人の性ってヤツだ。逃げ出そうと足掻いた俺の必死の抵抗も虚しく、ジルの描いた魔方陣に吸い込まれた。
吸い込まれる直前、ジルが囁く様に、歌う様に甘く囁く。
「……生きて帰って来い……可愛い、愛しい、我が息子よ」
それが最後の言葉だった。
遠退く意識の中、
―― そんなに言うなら、魔王退治とか行かせるな!
そんな文句を力の限り叫んだ俺は、悪くない筈だ。
そして、話は冒頭に戻る。
※※※※※
「迷子なのだ。グラム、迷子なのだ」
ひょっこり俺の肩に現れたのは使い魔のグラムだ。
翼の生えた黒猫……と説明すれば、判ってもらえるだろうか。性別はいまいち判らない。
金目がキョロキョロと辺りを見回している。
「グラム、とりあえず山を降りるぞ。近くに川、あるか?」
「ある。あっちにあるのだ」
グラムの示す方向へと歩き出す。
「でも、魔術使えば簡単なのだ。一瞬で村なのだ。主、魔術、使うのだ」
お説ごもっともに聞こえるが、ここで頷いてはいけない。
「馬鹿野郎。使えるもんなら使ってらあ」
魔術ってのは、ある程度条件が揃わないと使えない。特に、転移関係については。
ここが何処かなんて判る訳がない。だから、近くにある村の名前とか知らない。むしろ、あるのか?村。
ってなわけで、とにかく自力で降りるしかない。まあ、川があるなら何とかなるだろ、うん。
グラムに従って歩いて行けば、成る程確かに川がある。川の近くってのは、人の集落が出来やすい……ということは、この川を下って行けば多分ある筈だ。グラムの示す方向にずんずん進んで行く。程なくして川を発見……と、同時にグラムが喉を鳴らす。
何かに威嚇する時の鳴らし方だ。
「グラム?」
伺うように名を呼んでも返事はない。むしろ無視ッ!
前方を威嚇しながら睨み付けている。
「え?……一体……」
地響きが、段々近付いて来る。
「来る。あっちから、来るのだ」
だから何が!?
でも、その正体はすぐに判った。この時、俺は思わず「おお神よ!」と叫んでしまった。別に神サマがいるとか1ミリも思っちゃいないんだけどな。
体長3mはあるだろう、暴れ牛だ。川とか無視する勢いで土煙をゴウゴウと巻き上げながら突撃して来るのが、やっと目に入った。
凄まじい勢いで、こっちに向かって突撃して来る。
思わず声もなく立ち竦んでしまった。だってさぁ……
「あれって、捕まえたらステーキ何日分になるかな」
―― グウゥゥ……
思わぬご馳走を前にすれば、腹の虫も大合唱だ。本当に神サマありがとう!もうこの出会いには運命を感じずにはいられないッ!
「グラムもあれ食べるのだ」
肩に乗ったままだったグラムが、ストンと地面に着地した。上機嫌みたいだ。2つに分かれたしっぽがユラユラ揺れている。
「頼んだぜ?相棒……」
昔、相手にした馬鹿でかいイノシシに比べたら、可愛いもんだ。
「グラム、ヴィルサガ(封解)」
俺の言葉に反応して、相棒 ―― もちろん、グラムの事だ ―― が、一瞬目を覆いたくなる様な強い光に包まれる。
その光が収束した後には、一振りの大剣が地面に突き刺さっていた。
“魔剣 グラム”……まごうことなき、俺の相棒だ。それをひょいっと持ち上げて構える。心は既に決まっている。誰が、肉を目の前にして逃亡するか(いや、しない)
「助けて下さいぃ~」
しかもだ、余りの御馳走を前にして気付かなかったんだが、誰か暴れ牛に追われてるみたいだ。あっちも俺に気付いたらしく、手を振りながら助けを求めてくる。いや、手を振るとか余裕だなオイ。
なんとなく、そう……なんとなく面倒臭い事になりそうな予感したんだ。命からがら逃げてるにしては、必死さが足りないというか。
だがしかし、俺の中の不信感は一瞬で消え去ってしまった。
―― 何て立派なッ……
おっと危ない。鼻から滴る良い男になるところだった。こっちに逃げてくる……たぶん、少女だ。その胸の立派だことッ!
巨乳は正義だ。守るのにそれ以外の理由は必要か?否、必要ないッ!断じてないッ!
考えるよりも先に身体が動いていた。
地を思いっきり蹴って走り出す。そして、暴れ牛が少女を捕えるか捕えないかの間際まで迫った瞬間。
「お嬢さん、ちょいと肩を借りるぜ?」
右手に剣を握り締めて、お嬢さんの肩に手を一瞬だけ置かせてもらう。そのままお嬢さんを背後に押しやる様にして、思いっきり跳躍する。
「肉、ゲットだぜぇ!!」
そして、勢いよく暴れ牛めがけて刃を振り降ろした。
「すごい……すごいですぅッ」
背後から、賞賛の眼差しを感じる。俺って罪な男だな、いたいけな少女のハートも、ゲットだぜ。
思わず高笑いしてしまったが許してほしい。
「いやいや、礼には及ばんよ」
「誰も、礼なんて言ってねえですよ」
ん?あれ?今なんか幻聴が……思わず視線を少女に向けるが、やはりニコニコと愛らしい笑顔のままだ。
うん、きっと聞き間違いだ。空耳だったんだ。
淡い桃色のフワフワの髪が、また一層可愛いさを引き立たせている。落っこちてしまうんじゃないかと思うくらい大きな琥珀色の瞳に、自分が写っているのを意識してしまうと、知らず体温が急上昇だ。
「ミシェルと言いますですぅ。アニキはなんで、こんな森の中にいるのです?」
ミシェル!名は体を表すとは、良く言ったもんだ。名前まで可愛いなんてッ!だがしかしなぜ“アニキ”?
出来ればそこは、“お兄様”と、是非とも呼んで頂きたいのだが……しかし、俺はそれどころではなかった。だって、まさか『迷子になったんです~』とか言えないッ!迷子とか言えないッ!恥ずかし過ぎるだろッ!男の沽券に関わる問題だ。
どう答えたものか、頭を悩ませていたら、剣から猫の姿に戻ったグラムが口を開いた。
「森で迷子なのだ。主とグラム、迷子なのだ。川を探して、村に行くのだ。肉が手に入ったから、今夜はステーキなのだ」
「こ・ん・の・バ・カ・ネ・コ・がああぁ~ッ!!!」
「ぐぇッ」
余計な事を暴露してくれやがったグラムを、腹いせと照れ隠しに容赦なく踏み付ける。何か蛙がひしゃげた様な呻き声が聞こえたが、無視だ無視。人がせっかく隠そうと画策していた事を、サラッとカミングアウトしてくれやがったのだ。これくらい、当然の報いだろ?
そんな俺達を見て、ミシェルがクスクスと可笑しそうに笑う。鈴が鳴ってるみたいに軽やかだ。
「アニキ、迷子さんですか。ダサダサです」
うん?何だろう……こう、さっきから心をグッサリ抉られてる様な、このダメージは。だが、考える間もなくミシェルが続ける。
「恩返しに、道案内をするのです。牛さんも、圧縮魔法で運んであげるです~」
言うなり、魅惑の谷間から杖を取り出すと、俺の返事を待たずに呪文を唱えだした。
「コンプリーメ!」
ミシェルが唱え終わると、暴れ牛を囲う様に魔方陣が浮き出て来る。次の瞬間には、暴れ牛は手のひらサイズのミニチュアと化していた。
そんな暴れ牛をひょいと掴むと、俺に差し出して来た。
「どうぞなのです」
「どうも、なのです……」
反射で受け取ってしまった。急展開に付いていけず動揺のあまり、口調がうつってしまったのは許してほしい。
だって、まさかミッシェルが魔女だったなんて、思いもしなかったのだ。そして、俺はこれだけは確認しておかなければならない。その、最終事項を問い質す為に口を開いた。
「一つだけ、聞かせて欲しい」
「何です?」
ふっと、緊張が走る。グラムも、静かに事が運ぶ様子を見守っている。
「お前のそれは、本物のパイか?」
「もちろん、何なら確かめてみますです?」
ニッコリ笑って即答だった。しかも、何て大胆なッ!触らせようとしてくるではないかッ!!俺は、慌てまくって首を横に振る。
「いやいや!そこまでしなくていい!すまん、変な事を聞いてしまってッ!改めて、道案内をよろしく頼むな?」
「はいなのです」
こうして、俺とミシェルは出会ったのだった。
この時、俺は知らなかったんだ。
いや、それすら言い訳でしかないのだろう。
可愛いは正義じゃない。可愛いは強かなんだと……
【つづく】