プロローグ3
僕の覚悟を燃やし尽くそうと、煉獄の炎が吐き出された。
実加子、ごめん。
迫り来る炎、それでも僕は奴から目を逸らさなかった――バチチチィーッ――すると、目の前の地面に大太刀と大鎌が突き刺さっており、そこから発生している僕が紡いだ何十倍の強度の電子防壁が、奴の煉獄の炎を防ぎきっていて、炎が電子塵へと総て還元されていく。
「その根性、かっこいーじゃねぇか。お兄ちゃんよぉ」
その声とともに現れたのは、二人組――それぞれが大太刀と大鎌の前に立ち、大太刀と大鎌を手に取り――「「圧縮ッ」」――と言うと、僕らを守った大太刀と大鎌が形成していた電子防壁のプログラムが橙色に淡く発光し変化、彼らの体を包み込むようにして圧縮される。
プログラムの燐光が消え、現れたのは鋼鉄の鎧を纏った彼らだった。
二人は大太刀と大鎌が受け止めた〈れんごくのいき〉からエネミーデータを収集、それにより、ブラックドラゴンの原典プログラムを解明――そしてその割り出したエネミーデータに向けて、マーカープログラムを走らせ逃亡を阻止すると同時に、自分たちが作り出した固有フィールド内にブラックドラゴンを閉じ込めた。
ブラックドラゴンの風貌が変化。
彼らが作り出した固有フィールドは、地面から半球状に作られており、その固有フィールド内は『ファイナルドラグーン』のフィールドデータをダウンロードされていた。
固有フィールド内は、ゲーム内の戦闘フィールドと化していた。
そこではブラックドラゴンの元来のエネミーデータの姿となり、戯魔へと変化を遂げた状態である拡張物質で構成された強化変質した一種のアバターではなく、往年の平面的なドット絵で描かれたブラックドラゴンだった――白色の丸い字体が、彼らの中空に表示される。
+
ブラックドラゴンが あらわれた!
+
そしてターン制RPG特有のコマンド入力画面が現れ、『たたかう』から『にげる』まで見たことがあるものが表示される――が、突然、ブラックドラゴンが小刻みに横揺れ、敵からの攻撃時に流れる効果音が、ピロロッと短く鳴り『ブラックドラゴンの こうげき!』と表示されると――咄嗟に避けた二人がいた場所が弾け散り、凍結処理されてアスファルトが固まる。
+
ブラックドラゴンの こうげき!
ブラックドラゴンの こうげき!
ブラックドラゴンの こうげき!
ブラックドラゴンの こうげき!
ブラックドラゴンの こうげき!
+
連続して放たれた攻撃により、地面には塵花が咲き乱れる。
「おいおい、ターン制という殊勝な心意気まで無くしちまったのかよ?」
そんなことを言いつつも、大太刀の鎧男がその場で大太刀を一振りする。
+
ユウマの こうげき!
ブラックドラゴンに 74ポイントの
ダメージを あたえた!
+
ブラックドラゴンの荒いドット絵がダメージモーションで点滅した。
だが、ブラックドラゴンはすぐさま復活し、小刻みに横揺れし攻撃モーション。
+
ブラックドラゴンは ぜんしんを ふるわせ
もえさかる れんごくのいきを はいた!
+
荒いノイズ混じりのドットで構成された煉獄の炎が彼らを襲う――昔のシステムゆえに、互いの攻撃に距離判定がないので、遠く離れていてもその煉獄の炎に襲われる。
そこからは白い文字が入り乱れる。
『ユウマの こうげき!』――『ブラックドラゴンの こうげき!』――『チュウタの こうげき!』――『ユウマの こうげき!』――『ブラックドラゴンの こうげき!』
+
『そこの君たち、大丈夫か!?』
+
拡声器により割れた声が、上から降ってきた。
激しい攻防を前に、妹を抱き締めて固まっていた僕が驚いて視線を上げると、上空には赤色警光灯が灯った白と黒の車体が降り立ってきていた。エアパトカーのタイヤの部分には、魔爻原動機による魔卦陣が展開しており、着陸のためにその発動している魔卦陣が可変し煌めく。
エアパトカーが静かに着陸。
僕らの真横に着陸したエアパトカーから、一人の電警の中年警察官が降りてきて、「君たち大丈夫かい? 立てるか? パトカーで脱出ポートまで連れていくから乗って」と、僕たちを支えるように警察官がいう――だが、消失した父さんのことを、どう説明したらいいか分からない。こう言うときは喋るよりも、視覚情報のデータを見てもらった方が早いと判断。僕はここ一時間ぐらいの自分の視覚情報データを警察官に提出――もう一人降りてきて母さんに声を掛けていた若い警察官へ目を配らせる。一瞬にして情報を共有したと思われる中年警察官が、パトカーの無線を手に取った――「晄雫39より茅渟本部」『茅渟本部です、どうぞ』「二一番ブロックにて、要救助者四名発見。一名は瀕死の重体、一名は行方不明。至急、救急を派遣されたし、どうぞ」『茅渟本部了解』――どうやら、父さんのことが伝わったようだ。
「さあ、乗って」
と、僕らを促す。
若い警察官が母さんに保護魔爻術を展開。彼はこの場に残るようで、中年警察官は僕らをパトカーに乗せて扉を閉じた――数メートル離れたところでは、未だブラックドラゴンとの攻防が続いていた。消えた父さんと重体の母さん、そして助けてくれた命の恩人たちを置き去りにして、僕らは危険な戦闘地域から離脱していく。
パトカーが飛び――走り出す。
パトカーが高度を上げていくと、ブラックドラゴンにより破壊された街並みがありありと眼前に広がっていた――アルティメットマンとブラックドラゴンによる戦い。それにより、崩壊したビルや道路は、凍結処理により砕けた瞬間のまま固まっていた――砕けたビル窓のガラス片が凍結処理により空中に無数に浮いており、パトカーはそれらを避けつつ飛空していく。
車内は無線から聞こえる情報のみで、みんな黙していた。
窓の外はこれ以上見る気にはなれなかった。妹を抱き締めている僕の腕、その腕の中で妹が必死に震える手で僕の服を摑んでいる――僕は掛ける言葉を探す。
大丈夫だ――どこが大丈夫なんだ?
助かったんだよ――父さんと母さんは?
だから、もう心配要らないよ――嘘を吐くな!
そう自分で否定する度に、抱き締める腕の力が強くなる。
「ごめんな……」
ようやく振り絞った言葉は、そんな謝罪だった――それは自分の力不足で父さんは焼かれ、母さんも重体になった。自分が力不足だったから、助けてもらうという偶然がなければ、お前も守れなかっただろう、と思う自分への不甲斐なさから。
そして、この先に待っているであろう妹が受ける痛みに対して――。
「ごめん……」
妹が服を摑んでいる手が、ぎゅっと力を込めていた。
泣き出しそうになる自分自身を頭の中で八つ裂きにし、叱咤し激高を飛ばす――お前が潰れては駄目だ。泣くな! 泣いている暇なんてないぞ!――頬を噛み締め過ぎて、奥歯が割れるぐらい軋ませる――そんな風に俯いていると、着陸態勢に入っていた。
パトカーが着地すると、中年警察官がこちらを向く。
「君は勇敢だ――それ以上、自分を責めるな。特に妹さんの前ではな」
その言葉にハッとして妹を見る。
妹は先程とは違い、静かに涙を零していた。
僕は妹を守りたかったのに――僕自身が妹を泣かしてしまった。
その事実に頭を抱え込みそうになったが、今はそんなことをしている場合ではないと自分に言い聞かせて前に向き直る――すると、中年警察官と目が合った。
「それから、自分の痛みに鈍感になるな」
その意味を計り損ねていると、中年警察官はパトカーを降りて違う女性警察官へと引き継ぎをしたようだ。その女性警察官が僕らを連れて緊急脱出ゲートに向かう。
すると、後ろから画像データが直接転送されてきた――「おれで良ければ、いつでも頼ってこい」と、それだけ言うと中年警察官は、パトカーに乗り込み現場へと再び向かっていった。
そんな去っていくパトカーを見ながら――僕は脱出ポートに入った。
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