プロローグ2
ブラックドラゴンが口腔から〈れんごくのいき〉を噴き出した。その煉獄の炎が再びアルティメットマンに襲い掛かろうとしているなか、アルティメットマンは足を大きく広げてアスファルトを割り砕き地面を踏み締め、拳を握り締めた両腕を素早くバツ印状に交差させ、両腕の装甲部分を連結し固定、両腕の装甲が開きそこから強烈な光線が放射される。
デバッグ光線。
それは発光する青白い光線で、両腕に並んだ光線口から直線上に放射される無数の光線弾、その光線弾一つ一つが違うパターンのデバッグプログラムであり、その一つでもデバッグが可能だと判明すると、光線は一瞬にして総てが相手の弱点となるプログラムを浴びせ掛ける。
アルティメットマンを前にして、総ての電子防壁はないも同然なのだ。
ブラックドラゴンの電子防壁は一秒も掛からずに貫かれ、その漆黒の巨体にデバッグ光線が着弾――バチィン――と、火花を散らして吹き飛んだ黒鱗が、淡い橙色の電子塵に還元する。
アルティメットマンが、デバッグ光線の構えを解く。
その腕の排熱機構からは、濛々と高温の水蒸気が揺らめいている――その巨体ゆえに、緩慢に見える動きで一歩前に踏み出される。連動して腕も大きく振り動かし、アルティメットマンはその巨大質量で構成された体で、超高層ビルが建ち並ぶ街を道路に沿って走り出す――ドォンッドォンッドォンッドォンッドォンッ――と、一〇〇メートルを超える巨体が駆けることによる地響きが、アスファルトを砕き高速道路を撓ませビルを揺らす――その衝撃はこちらには疾風となって、ビルの狭間に隠れている僕ら家族をも吹き荒ぶ。
アルティメットマンが、そのままの勢いで飛翔。
空中で半回転し総ての勢いを付加して、ブラックドラゴンの鱗が弾けた背に右足の重たい蹴りを叩き込む――ブラックドラゴンが血の代わりに、自身を構成しているプログラムを飛ばす。アルティメットマンが着地と同時に、ブラックドラゴンの頭を抱きかかえるように摑み、そのまま一本背負いをし、目の前にあったビルへと叩きつける。
ブラックドラゴンは、崩壊するビルに呑み込まれる。
凍結処理され中空に浮くビルの破片の下、腹を見せたまま蠢き抵抗を試みようとするブラックドラゴンに、アルティメットマンはその長い首を左足で踏みつけ、両腕を交差させ発光色の青白いデバッグ光線を畳み掛けるように撃ち込む。
ザザッガァーーーーッ!
ざらついたノイズのようなデバッグ光線の音がし、それをまともに受けたブラックドラゴンは内側から分解されるようにして、ブラックドラゴンを形成していたプログラム体が瓦解――その一瞬の崩壊現象により、溜まったエネルギーが内側から膨張。
爆発。
ブラックドラゴンの破片が、あちらこちらに吹き飛んだ。
圧倒的な強さでアルティメットマンが勝利した――全身の排熱機構から高温の水蒸気を噴き出しクールダウンさせると、アルティメットマンは即座にその超巨大なアバターである自身を分解しログアウトする魔卦陣を真上の上空に形成する。アルティメットマンはその巨大さゆえに市のサーバーが処理しきれなくなるため、長時間の活動は制限されている。よって、すぐさま飛び立ちログアウトしていく――魔卦陣に触れた手から、頭、胴、脚とアバターを分解。
アルティメットマンはそうして、完全にログアウトして行った。
戦いは終わった。
危機は去ったのだ。
僕ら家族は助かった喜びに、互いの無事を抱き締め合って確認した。
+
ザザッ――――
+
だが、危機はまだ去ってなどいなかった。
先程の戦いで弾け飛んできたブラックドラゴンの破片に変化が――アルティメットマンのデバッグ光線により、謎に包まれた巨大化プログラムコードが弾け散り、ブラックドラゴン元来の『ファイナルドラグーン』シリーズのエネミーデータサイズへと戻っていた。
それは竜形態に変化する前の人間形態をしていた。
長い杖をついた魔導士のような姿をし、こちらに向いて半月状の笑みを浮かべ「余と世界を半分に分けぬか」と聞いたことがあることを訊いてくる――が、父さんは「みんな下がるんだ!」と僕らを背に隠し、魔導士に向けて一歩踏み出した。
「家族には指一本触れさせはせんッ」
その父さんの言葉が、総てを決定してしまった。
魔導士が「ならば、致し方あるまい」と、先程のアルティメットマンが戦っていたのとは違い、全長五メートルぐらいのブラックドラゴンへと変化――家族を守らなければならないという強靱な意志のみを武器に、父さんはブラックドラゴンへ立ちはだかっていた。
しかし――、
ブラックドラゴンが父さんに向けて、〈れんごくのいき〉を吐き出した。
そこから先は、母さんが僕と妹を抱き締めて守ってくれたので、一瞬、何が起こったのか分からなかった――だけど一瞬だけ、母さんの後ろで僕ら家族を守るために、その煉獄の炎を両手を大きく広げて真正面から受け止める父さんの姿が見えた。
「にげ、なさ……い……」
僕らを抱き締めていた腕から力が抜けていき、母さんが地面に倒れ伏した。
背中半身を大きく焼かれた母さんが守ってくれたから、僕らは腕や脚を焼かれるだけで済んだ――正面では、全身を焼かれた父さんが、電子塵へと還元されて砕け散った。
僕の腕のなかの妹が、頭を左右に小さく振る。
声にならない拒絶が凍える白い吐息として吐かれ、体をがくがくと震わせて現実を拒否していた――ブラックドラゴンの瞳が、こちらを見て縦に収縮した。その口腔には、れんごくのいきを吐くための魔法陣が形成――次は僕らの番だった。
だが、妹だけは――守り切らねばならない!
僕は必死にセキュリティープログラムを組んでいき、それを何重にもして妹だけを徹底的に包み込む。幾重にも重ねられた電子防壁により、妹の体がぼやけて見えづらくなる。
幾重の電子防壁の向こうで、妹がこちらに向かって泣き叫ぶ。
だけど、その声は遮断されており聞こえない。
いいんだ。
これで、いいんだ。
僕は父さんがそうしたように、奴の方を向き真正面から見据える。
両手を広げてその凶悪な竜の瞳を、真正面から強く睨みつける――負けるものか。負けるものか。負けるものか――僕は妹を守るために、お前に立ち向かう。
+
「お前なんかに――僕は負けないッ!」