四章1
明日は初出勤だと思うと、ドキドキして眠れない――なんて思っていたけど、案外、早くから熟睡して午前七時半頃に目が覚めた。寝ぼけ眼のまま、携帯端末を開きアプリゲームをいくつか開き、ログインボーナスや寝る前にセットして置いた時間の掛かるダンジョン探索や作物の収穫、建物の建造具合などをチェックしつつ、それぞれに再び、新たなダンジョン探索や作物の種植え、建物の着工などを指示してアプリゲームをそれぞれ閉じる。
欠伸を一つ。
ようやく、布団から抜け出てトイレへと向かう。
用を足して尿の状態をチェックする――と、濁った墨色をした尿が白い便器に溜まっていた。血中にあるヘモグロビンは約一二〇日で代謝され、脾臓や肝臓で分解されビリルビンとなり、その一部が腎臓にてウロクロームとなり尿が黄色い原因を作る。そこに電脳化している者は、人工シナプスが人体に無害な腎臓で処理できるタナカ銅で構築されている(通常の銅の場合は、肝臓から胆汁中や腸管中に排出される)ので、脳内で約五〇日サイクルで古くなったタナカ銅が分解され血中に出て、そこから腎臓に運ばれ濾過、ウロクロームとともに酸化第二銅となり黄色と黒色が混ざってこのような尿色となる。
両方とも濃いのは、不健康な証だ。
洋式便器から離れると、自動的に水が墨色の尿を流す。
手を洗ってトイレから出て、リビングへと向かい冷蔵庫の中を確認――すぐに食べれそうなものがなかったので、冷蔵庫に落胆しているとバスケットの中にバナナが一本だけ置いてあった。ミキサーを取り出し蓋を開け、バナナをちぎって一本投入。プラス砂糖とココアパウダー、牛乳を投入し、蓋をして蓋を押さえつつミキサーのスイッチをオン。ぎゅいぃぃぃぃぃん――と、しばらくミキサーを回して、中身を攪拌――ココアバナナジュースの出来上がり。
大きめのグラスに入れ、一口飲む。
うむ、いける。
ミキサーをさっと水で流してから、洗剤をつけたスポンジでささっと洗って流し台へ。
ココアバナナジュースの入ったグラスを持って、二階の自室へと上がっていく。
「あ、兄ちゃん」
「おう、おはよ」
「はよー。お! 一口おくれっ」そう言ってココアバナナジュースが取り上げられ、グラスが返ってくる頃には中身が一口分しかなかった――。「ふぅ、ごち」
「お前な……」
「ふふふ、可愛い妹との間接キスを許す」
「要らね。それより、バナナジュース返せ」
「え? いや~、いくら兄ちゃんがゲロ専でも、妹のを狙うとは――」
「なんだ、その専門は? 変態を通り越してホラーの域だぞ。ちげーよ、バナナジュースを作った手間を返せってんだよ。ほれ、作って持ってきてくれや」
「えーっ! 鬼畜!」
「何でだよ? 僕はこれから初出勤でガクブルなんだから察してくれよ」
「あー、それで失禁したんだ」
「トイレでな。もう、ダダ漏れ」
「あー、はいはい。作ってきてやっから、さっさと残りを飲め」
「どーしても間接キスをしてほしいそうな。よろしい――」
「だーッ! やっぱり、さっさと貸せ!」
グラスを取り上げられてしまった。残念。
そのまま、ダンッダンッダンッダンッと怒っているとしか思えないような足音を立てつつ、一階のリビングへと向かっていった――バナナはもうない。果たして――と思って部屋で待っていたら、ココアバナナジュースがカフェオレになって返ってきた。
一口飲む。
うむ、いつもながらに甘め。
ごくごくごくっと飲んで妹に礼を言ってから、ログインするためのヘッドセットを被りふんわり柔らかな椅子に座る。妹が「いってらー」という声に「おー」とだけ応えて――ログイン</login>――通信料が自動的にピッと加算され、目を開くと中央茅渟駅のターミナル。
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「さぁて、頑張りますか」
ターミナルから出ると、その南口にあるドラゴン像のところに燐がいた。
俯いて携帯端末で何かをしていた白銀の髪が上げられると、パァと明るい笑みが浮かべられる――その黄金の双眸に瞶められると、思わずドキッとしたのは内緒にしておこう。
「よう、何してんの?」
「旭人さんを待っていたんですよ」
そう言って「さあ、行きましょう。ごーごー」と手を繋いで、そのまま雪沢電戯士事務所に向かった――その受付には、昨日とは違い新山さんという受付嬢が受付を任されていた。そこで社員証コードなどを配布され、それをアバターに書き込む。
これで正式な所属電戯士となったようだ。
「一五階に所長がお待ちしております」と言われたので、エレベーターで一五階の事務所へと向かう――エレベーターが開くと、マジで強い中二病患者こと忠太電戯士が立っていた。
「む、貴様らも精霊の導きにあったのか」
マジで何を言っているのか不明だった。
だが、「はい。精霊に導かれ、将軍閣下からの命を受けに」と言うと、「そうか。閣下は今、機嫌がよいそうだ。よかったな。では、英霊たちの加護を」と、なぜか話が通じて、入れ替わりにエレベーターに忠太電戯士は乗って、そう言って去って行った。
「なんとなく意味が分かったけれど、あれでいいんですね?」
「いい、みたいだな。まあ、とにかく行こう」
そう言って奥の所長室にノックすると、「入りなさい」と声が掛かったので「失礼します」とドアを開けると、所長がにやりとした顔をして言ってきた。
「よかったな、旭人君。忠太に気に入られたようだぞ」と言われたので「へ?」と間の抜けた声を上げると、「メッセージが飛んできてな。『あいつは自覚はないが前世で共に戦った戦友の魂を感じた』とさ。あれはウチの斬り込み隊長だからな、学ぶことは多かろう」と言われた。
変な人に気に入られてしまった。
てか、『自覚はないが』って――どんな気に入り方だよ。
「さて、揃ったな」
僕らの他にもう二人座って待っていた。
一人は黒髪のショートヘアーをきっちりとヘアピンで留めて、スクエア型の赤縁眼鏡の漫画に出てきそうなクラスの委員長みたいな雰囲気の女性。もう一人は、短い短髪を先だけ金髪に染めた黒と金の髪をツンツン立てており、さらにごってりしたリングピアスが多数とごてごての指輪、ストリートDQN系ファッションの男だった。
人生で避けてきた二種類の人種に会おうとは。
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「よし、では新人研修を始めよう!」
「まずは自己紹介から始めましょう。私は鈴見蓮歌、後衛を務めおります。こちらは前衛を務める見るからに愚弟の慶児です。どうか、蔑まない程度に仲良くしてやってください」
所長室から出てエレベーターにて、委員長風の女性がそう切り出した。
早速、仕切り始めた。さすが、委員長!
「姉貴さ、仲良くする基準が低くね?」
「挨拶は?」
「よっろー」
あ、うん。なんだろう?
相手が見た目通りではなく、変な人だと急に親しみが出るよね――エレベーターが降下していく独特の浮遊感を感じながら、僕たちは自己紹介をしていく。
「僕は吉良旭人、後衛を務めています。よろしく」
「わたしは富澤燐、前衛を務めています。よろしくお願い致します」
僕たちはそれぞれにメッセージアドレスと電脳通信番号を交換した。
そして、雪沢電戯士事務所から出ると、慶児と言われたDQN系男がいう。
「はいはい、お堅い挨拶はここまでにしよーぜ。オレら同期なんだから、もっとラフにいこーや。とりあえず、ゲーマーが集まってんだから、ゲーセンでも行こうや。作戦会議はそこでとゆーことで。つか、気になってたこと訊ーてい? 二人は付き合ってんの?」
突然の質問に、燐が慌てる。
「慶児、もう少しあとで訊きなさい」
「って、結局、訊く気なのな」
僕がそう言うと、燐が顔を赤くしながらいう。
「ゆくゆくは……」
「え? なにそれ、片想い? 旭人って彼女居んの?」
いきなり呼び捨てかよ。
まあ、いいや。
「えっと、まあ、その……」
「先日失恋したばかりなので、わたしは待っている段階です」
「言っちゃうのな、言っちゃうんですね、燐さん?」
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そんなことを言いつつ、僕らは近くのゲーセンに向かった。




