二章6
雪沢電戯士事務所ビル――地下訓練場。
「勝ち抜き戦でいこうか。君ら二人対こちらは一人ずつで対人戦を行ってもらう――今年の実技試験では、対人戦闘がなかったようだからな。そちらの実力も見せてもらいたい」
雪沢所長が「準備はよいかな?」とこちらに問うと、一人の少年と青年の間、燐より上で僕とは同い年か少し上ぐらいの年齢の電戯士が挙手し、「ここは俺様の出番であろう。彼らの内、特に吉良旭人には、俺様自らが相見えなければならぬ気がする。それに彼ら二人の雰囲気は、生温過ぎるのは看過できぬ」と、大鎌を肩に担ぎ変な言葉遣いとギラギラした赤い目をこちらに向けてくる――すると、その隣の僕より二つ三つ年上だろうお姉さん電戯士が「自分に相手がいねーからって、僻むのはみっともねぇぞ」と、割と大きな声で言われていた。
すると、青年電戯士は「フッ」と自己陶酔しているような声を出して、顔に手をすっと当てて「俺様が僻む、だと――馬鹿を言うでない!」――その動作ひとつひとつが、勘違いから来るような中二病患者が患うザ・カッコツケテイルオレサマカッコウイーッというような感じがばんばんばん出ていて、正直――寒い。
燐も横で引いている。
「僻んでいるのではないぞ! 羨んでいるのだッ!」
評価訂正――結構、素直な人だと思いました。
『大鎌使いの遣り手の中二病患者』とは、本人は副業としての動画アップしない主義なのか、本人の視覚映像動画はなかったけれど、検索を掛ければ結構あちらこちらに登場していて、そんなタグが付くほどの有名人だ。この事務所でも実力はナンバー2だとか。
しかし、これが二年前の命の恩人かと思うと――変な汗が出てくるな。
もういっそ、知らなかったことにしておこうかな。
「おい、旭人少年。貴様は二年前のあの日、晄雫地区にいた少年だな?」
「あ、いえ。何のことだか分かりません。とりあえず、僕の命の恩人はちょー格好良かったんで、きっとおそらく絶対に希望的に別人だと思われます、はい」
そう言い切ると、お姉さん電戯士が声を上げて笑った。
「あんたが変人過ぎて過去をデリートしちゃったよ、この子。どうすんの?」
「ぬう。感動的なお礼を言われると思っていたのだが……。俺様は何を間違えたのだ?」
「そのキャラづけでしょ。他に何があるんだよ。びっくりな自己認識能力だな」
そうお姉さん電戯士に言われて、「フッ、俺様はやはり孤高な存在ゆえ、誰にも理解などされないのだ。されるとも思ってはおらぬがな」などと言っていた。
よし、理解できないから、過去はなかったことにしよう。
そうしよう。そうした。
「……え? あの人、旭人さんを過去に助けたんですか?」
「いや、そんなことはなかった。ないことにした」
「悲しいことを言ってくれるではないか、旭人少年。悲しいから頭を一発どつかせるのだ。そうすれば、何かを思い出せるかも知れぬからな――では、征くぞ」
そう言って、大鎌を構えた。
その大鎌を雪沢所長は手で制した。
「まあ、待て待て。まずは我が事務所で最弱の――恢斗君からだ」
「は、え? 俺ですか? 話の流れ的に全然関係なくないですか、俺って? てか、最弱ってなんですか、最弱って? 俺、この事務所で最弱だったんですか?」
「恢斗君は残念ながら、ウチの事務所で最弱なのよ」
自分の実力を分かっていない辺りがその証左ね――と、追い打ち。
優しく副所長の桜子さんにもそう言われ、物凄く悲しそうな顔で双剣を構える。
彼の体であるアバターをバリアーとして守っていた、正六角形のセキュリティパネルが圧縮され――電子防御鎧が構築される。そして双剣を構えて憂鬱そうな顔が引き締められ戦闘体勢へと移行――こちらは僕と燐、二対一だ。普通にしていたら負けることはない。
燐と目を合わせる。
お互いに頷き、いけると踏む。
「では、戦闘開始!」
雪沢所長の言葉に、一斉に僕らは動き出す。
燐が前衛として前に出て、僕は後ろで魔爻術を紡ぎ始める――陰鬱そうな顔の恢斗電戯士が突っ込んできて、燐のハンマーと双剣がぶつかり合い――バチバチッと火花のようにスパークが起こり細かな電子塵が飛び散る。
燐のハンマーを受け止めた。
何が最弱電戯士だよ――あの試験会場にいたなら、余裕で合格できる水準じゃないか。と思ってそれはそうか。もう既に実戦も積んでいるのだから。勝てるという思い込みを捨てないと、と思い直し、電脳通信で『燐!』と言って一旦、後ろに下がらせる。
「おいおい、なんだよ。拍子抜けじゃないかよ」
一瞬にして燐に間合いを詰めて、燐を弾き――僕の方へと踏み込んでくる。
チッ――僕が魔卦刀を握り込み、それを振るった――ガチィ――と刃と刃が噛み合った瞬間、僕は先程投げた物――手榴弾が彼の目の前に飛来。「マジかッ」と彼が咄嗟に身を引いた瞬間、魔卦刀を捨て、低い姿勢で踏み込んで、その顎に至近距離から弾丸を撃ち込む。喩え、電子防御鎧で覆われていたとしても、その衝撃で軽い脳震盪を引き起こさせる。
「ぐァ!」
目の前がぐらついている恢斗電戯士の腹部に、もう一発撃ち込む。
だが、それは強固な電子防御鎧に阻まれた――恢斗電戯士が体勢を立て直し、手榴弾がただのフェイクだと気づいて、こちらに踏み込もうとした瞬間、後ろからのハンマーを避ける――その隙に僕は地面にある細工をする――一瞬の隙で相手は気づいてないが燐は気づいた。恢斗電戯士の一撃を最小限のダメージで喰らったように後方に退避。再び僕の方に向かって後衛から潰そうとする恢斗電戯士にこちらが一歩下がって構える。
恢斗電戯士が踏み込んだ瞬間。
地面から真上に向けて炎が噴き出した。
地雷式攻撃系火焔魔爻術〈火攻一式[メラルア]〉――それによる火焔の火柱に恢斗電戯士が包み込まれ、視界不良の中、咄嗟に紡いだと思われる防御系流水魔爻術により大量の水蒸気ノイズにより、辺りが真っ白になる。そんな中、無防備な恢斗電戯士が現れた。
瞬間――燐のハンマーが炸裂。
その重力魔爻術を載せた超重量のハンマーが、頭から叩き込まれ恢斗電戯士は地面にめり込んだ。地面にピシッと日々が無数に走り、周りでは「おおー」と声が上がった。
「勝負ありィ――最弱とは言え、我が事務所所属で三分持たないのは困るぞ、恢斗君」
アバターをぼろぼろにしながら、何とか地面から這い出てくる辺り、もう戦えないがあの一瞬に攻撃を予期して防御魔爻術を紡いでいたのだろうと思われる――何が最弱だ。この事務所の最低ラインが高すぎるぞ。僕は勝ち抜き戦なのに第一戦でかなり疲れていた。
「騙し手榴弾に、地雷魔爻術――所長、こいつの戦略、性根が腐ってるとしか思えませんよ」
「まあまあ、それが対人戦と言うものだろう? 相手を騙して倒すのも一つの技だ」
「よし、最弱よ。貴様は下がるがよい。今からは俺様――笹木忠太様が貴様らの相手だ!」
そう言って大鎌をブンッと振るいこちらに鎌を向けつつ、とりあえず、無駄に顔に手を当てながらニヤリ――そしてまた「フッ」と、はっきりと口に出していう。
なんだろう、うん。
寒い。
「待てん奴だな、お前は――まあ、よいだろう」
「有難う御座います所長。必ずや勝利をお届け致します」
「いや、お前が負けるようなら、彼らはそのまま事務所を立ち上げられるわい」
雪沢所長にそこまで言わしめるほどの実力者――忠太電戯士が、拡げていた左足を一歩前に踏み込み、「手加減はせぬ。相手が誰であろうとも、全力で戦う。手を抜くことは、相手に対して無礼に当たるからな――では、征くぞ」と、踏み込んだ瞬間、消えた。
クッ、どこへ――?
振り返ると、そこには大鎌――「随分とゆっくりだな、寝ていたのか?」と、その鎌が振るわれた瞬間、僕のアバター(偽)が体内に溜め込んでいた炎を噴き出し、爆発。
よし!
先程の水蒸気の白煙が立ち上っている内に、フェイクのホログラムとトラップの魔爻術を仕掛けて置いたのだ。勝ち抜き戦なのだから、これぐらいはしないとな――大爆発に巻き込まれた忠太電戯士に、燐の重力付加した一撃が叩き込まれる。
瞬殺する。
が――ガギィン――と、濛々と上がる黒煙の中から、球体状に包まれた忠太電戯士が姿を現した。トラップに引っ掛かっても、その第一防御としての電子防壁すら貫けていなかった。
なんという頑丈さだ。
燐のハンマーが食い込むが、バリアーに一つ罅をいかせるのがやっとだった。
「俺様のバリアーに罅をつけたか――褒めてつかわす」
「う、そっ?」
燐が驚いている隙に、バリアーを弾いて燐を吹き飛ばす。
燐が宙返りして地面に着地――僕たちではまったく歯が立たない相手だ。
「どうした? あれが切り札だったとか言うでないぞ――もっと、俺様を滾らせろ」
フードを被っていて見えてなかった短い銀髪に赤く光る瞳、右腕に撒かれた包帯、漆黒と言うべき真っ黒な服装に、巨大な鎌を使い熟す――どこの中二病患者だとと思われる様相なのに、どこまでも無敵。ザ・俺TUEEE系を地で行っている。
え、こんな格好の奴に負けるの?
ちょー、やだ。
「ふん、所詮は真祖の呪いを受けた俺様に敵う者などおりはせぬということか」
一瞬にして背後を取られた。
残念そうな声だが、まったく何を言っているのか不明すぎる。
あー、これが命の恩人とか。ちょーやだアアァァァ――と思っている刹那の隙に、忠太電戯士により一瞬にして武器を吹き飛ばされ、僕の頭に巨大な鎌の峰が強烈な衝撃とともに激突、壁に叩きつけられ――意識が……めいめ、つ……し、た…………。
気がつくと――僕は燐に膝枕されていた。
「あ、大丈夫ですかっ!?」
「燐こそ――あれから、どうなった?」
彼女は首を横に振るい、「わたしも次の瞬間には一撃を喰らって倒れてしまったんですよ」と溜息――実力試験の結果を知って、僕も溜息をついた。実力が一段も二段も違いすぎる――燐の膝から頭を上げて、頭を抑えると――「おお、気がついたか」と、雪沢所長がこちらに向かってきた。時間を見ると、どうやら僕は五分三四秒も気を失っていたようだ。
情けない。
「旭人君が目を覚ましたので、結果を伝えよう」僕らの緊張とは関係なく、結果はあっさりと伝えられた。「合格だ。今の実力はまあまあじゃが、これから伸びしろがある原石が二人も来てくれたことは嬉しく思うぞ。明日から来られるかな?」
その言葉に、僕らは目を合わせて頷く。
「はい!」
「頑張りますっ」
「元気な返事でよろしいッ!」
豪快な雪沢所長の笑い声が訓練所に響き渡り、所員みんなが表情を緩めていた。
僕らは顔を見合わせると、自然と笑みが零れた――負けて悔しいが、それはこれから徐々に実力をつけて埋めていくしかないのだろう。頑張る他はない。
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さあ、ここから始まるのだ。
今日、僕らは未来に向けて一歩を確実に踏み出した。
[二章・了]




