二章4
「おい、おっさん! なに、ぶつかってくれちゃってんだよッ」
「あ、いや――す、すみません……」
声の方向に振り返ると、そこにはいかにも今時の不良という感じの男二人組に――粋がっちゃってモブターではなく、容量の掛かるカネターだ。それに対して絡まれているのは、いかにも気弱そうなサラリーマンモブターだった。他の人たちは知らぬ顔で避けて通っている。
僕はげんなりしつつ、一歩踏み出す。
すると、燐も一緒になって一歩、彼らに踏み出していた。
「おい、どつき回すぞ。それぐらいにしておけ、穏便に話し合おう」
「旭人さん旭人さん。最終手段がすんごく前のめりに言葉に出てますよ」
「おっと、失礼」彼らは僕らの前を通り抜けたようだから、視覚情報のバックログを検索し、ぶつかったという情報を引き出す。確かにぶつかっていた。だがそれは、一方的に不良の彼らから故意にぶつかっているのが、ありありと分かる映像だった。「よし、これをネットに流してみんなの反応をみようか。話はそれからだ」と、映像を彼らにも見せた。
すると、どうしたことか――後退りしていく。
「お、おい。行こうぜ」
「そうだな。胸くそ悪い」
そうやって立ち去ろうとしていたところに、燐が「待ちなさいよ!」と激高した。
「まずはこの人に謝るのが筋でしょう! そんなこともできないのッ」
「そうだそうだ。謝らないとネットに流しちゃうぞー」
そうして渋々に彼らはサラリーマンモブターに謝った。
「ダメです。ちゃんと頭を下げなさい。九〇度!」
「ぬるいぬるい。地面にこすりつけておでこがずり剥けるまで――」
「ややこしくなるので旭人さんはお口チャックでお願いします」
「え、なんで?」
未だに映像をネットに上げようとしている僕の手元を見てか、二人の不良は慌てて頭を九〇度に下げて謝っていた。謝って済むなら警察は要らないんだぞー、誠意を示せー、主にカネで――と言いかけたけれど、お口チャックなので黙っていることにした。
そこまで謝ると、サラリーマンもいいだろうと思った。
が――そんなことはなかったようで。
「君たちみたいなクズが、いくら頭を下げても何も感じないね」
そう言い放ってサラリーマンモブターは、「取引先に遅れる。まったく、下らないことで時間を潰された」とぶつぶつ言いながら足早に去って行った。
不良の二人は舌打ちをして、こちらを睨んでくる。
「これで満足? 正義の味方さんよォ」
「行こうぜ。気分わっるッ」
そう言って二人は去って行った。
残されたのは、どうしようもないやるせなさだった。
「ま、こんなもんだろうよ。正しいことなんて、押しつけでお節介なのさ」
僕がそう言ってさっさと雪沢電戯士事務所に向かおうとすると――燐は拳を振るわせていた。そんなに悔しがる必要はないと言おうとしたが、先に燐が言い放った。
「こんなの間違っている! こんなの……気分が悪いです!」
「そうだな。みんなが気分悪くなった。だったら、放っておいてサラリーマンが一方的に絡まれておいたならば、気分が悪くなるのは彼だけだったろうな」
「それも間違っています!」
「そうだ。でも、こんなもんだよ? 正しいことをしようとした結果なんて、さ」
僕が諦念を含んだ溜息をついて、「さあ、遅刻する。急ごう」と彼女の手を取る。
「ひとつ言っておこう。君の怒りは、正義から来るものではない」
「え、どう言うことですか?」
「君が怒っているのは、自分が行動した結果に対して、相手がそれ相応の礼儀を尽くすというリターンがなかったということに対して怒っているに過ぎない」
「そんな、わたしは――」
「否定できるなら、どうそ?」そう言うと、燐は考え込んで黙した。多分、自分の発言などのバックログを参照して考え込んだのだろう。「正しい行いとは、そうした見返りを求めない無償の行為だ。言ってしまえば、気分が悪くなることもあるのを承知でする行いで、一種のびょーきとも言える。『正義』と言うのは最大の危険思想なのだ。だから、それを自覚して行わなければ、さっきの君みたいに怒らなければならなくなる」
歩きながらそう言うと、燐が首を傾げた。
「途中までは確かに納得でした。でも、正義が危険思想とは?」
「ん? 歴史を振り返ってご覧。この世で一番悲惨と言われている戦争は、すべてそれぞれの正義のぶつかり合いによって起こったものだ。ほら、テロリストだって自分が正義だと思っているだろう? 正義ってのは人を盲目にさせる危険思想以外の何者でもないんだよ」
そう言って歩いていくと、目の前には雪沢電戯士事務所があった。
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「さて――行こうか」
燐はまだ考えていたけれど、しっかりと頷いて前を見据えた。




