一章6
そのあと――僕は何回も何回も掛け直した。
しかし、着信拒否をされていて掛からない――どうやって自宅まで辿り着いたのか定かではない。事情を知った健一が、自身の事と言いながら残念会を開催して夕飯は奢りで焼き肉屋で食べたことは辛うじて覚えている。そして、ふらふらとした足取りで電車に乗り、無意識のうちに家にまで辿り着いていた――門扉が異様に重く感じる。
億劫だ。
だが、帰るしかない。
「ただいま……」
玄関戸を開けると、妹が飛んできた。
そして、「あ、その顔はダメだったかぁー」と、何やら勘違いしクラッカーらしき物を背中に隠した。遅れてやってきたのは、病院からのホログラム体で帰ってきていた母さんが、「――で、どうだったの?」と優しい口調で訊いてきた。
へ、何が?
そう思ったけど、試験のことだろう。
「あ、ああ……、試験は合格したよ。ほら――」
電戯士徽章を掌の上に煌めかせ見せる。
すると、二人とも「おおーっ」と言うものの訝しむ。
「なんで浮かない顔してるんさ?」と妹が訊いてくるので、簡潔に「合格したら彼女にフラれた。疲れたから寝る」と言うと、「はい? え、なんで?」と訊いてきた。が、そんな事は僕が知りたいよ――どう思いつつも、それ以上は言葉に出さずに二階の自室に戻る。
自分の部屋に入る。
拡張空間上の壁一面には、無数に並んだ本やゲームや映画のソフトが鎮座している。
それらに囲まれていると、少しは落ち着きを取り戻してくる――環境音を完全にシャットアウトして、携帯端末からテキトーな音楽を電脳に直接流し、ベッドに倒れ込む。
今日は――もう疲れた。
最後に彼女から着信が来ていないかと携帯端末を開く。立体的なホログラムが電脳を通じて認識され、そこには一通のメッセージが――急いで開封すると、『富澤燐』からだった。
+
こんばんは!〔(^_^)v〕
今日はとても楽しかったです、ありがとうございました。
わたしはいつも誰とも息が合わなかったから、今日はびっくりの連続でした。〔(^o^)〕
なので、できたら同じ事務所に入って、また組みたいなー。
なーんて、思っていたりします。
だから、どこの事務所を受けるのか、教えてくれませんか?
わたしは茅渟市にある三大電戯士事務所は、軒並み受けてみるつもりでいます。
ではでは、返信をお待ちしております。〔m(_ _)m〕
おやすみなさい。〔(^^)/〕
+
「富澤燐、か……」
読み終えてから、僕は脱力する。
確かに僕も楽しかったのだ。学校の訓練では誰と組んでもあそこまでのコンビネーションは発揮できなかった。大体は足を引っ張られることが多かった――僕は後衛だから相手に合わせることはできる。けど、前衛はやり易くとも、僕はその動きのとろさに苛立つことも多々あった――だけど、彼女にはそうした苛立ちはまったくなかったのだ。
だから、今日は最高の日になるはず――だったのに、な。
メッセージの返信をどうしようかと、考えているうちに強い眠気に襲われた。瞼が重くなっていき、視界が徐々にぼやけてくる――ダメだ、ねむ……い……。
携帯端末を閉じる。
寝る前にもう一度、右掌を翳す。
そこには正六角形の中に竜の影、そして剣と刀の電戯士徽章が煌めいていた。
[一章・了]