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3日戦争 エピソード 報復戦力「通常型戦略潜水艦」 終章

『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』は海流に乗り時速5ノットという低速で南下していた。昨日の戦闘以来、何度か探信は受けたが敵からの追跡はない。敵は2艦とも撃沈したものと思っているのだろう。


既に敵の大都市まで50キロを切っている。ここからでもミサイルは届くが敵も馬鹿ではない。沿岸部には強力なレーダー網と迎撃ミサイルを配備しているだろう。兵士が戦勝ムードで任務を怠るのは映画の中だけの戯言だ。故に艦長は完璧を期すことにする。

この国には内陸に大きな湖がある。そこから海までは潜水艦が潜航してゆけるほどの大河が繋がっているのだ。

その大河を遡上し内陸からミサイルを発射すれば敵の裏をかくことになり迎撃される確率は格段に減る。

しかもこれは報復である。敵国の領海ではなく領土に侵入し攻撃を敢行すれば敵に更なる精神的ダメージを与えられるだろう。

しかし、艦長はここで考えてしまった。


確認は出来ないが既に母国は消滅しているはずだ。両国の国力を考えれば母国がこの戦争に勝利できる可能性は無い。戦争には負けた。ではこれから我々が行おうとしていることは何だ?ただの大量虐殺ではないのか?戦争が続いておりこの攻撃が反撃の機会となるなら、終戦交渉時に母国に有利な材料となるならその汚名も受けよう。しかし、戦争はもう終わった。この報復に意味はあるのか。


その時、副長が一通の手紙を差し出した。

「擬装艦の副長より預かりました。艦長が悩んでいるようなら渡せとのことでした。」

「少佐から?」

実は艦長は『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』に乗り込む前に擬装艦で艦長の任に着いていた。よって副長とも面識がある。

艦長は訝りながらも手紙の封をあけ手紙を読む。そこには短いメッセージが書かれていた。


-お前たちは既に死んでいる。死人が悩むな。任務を遂行しろ。-


艦長は、その文面を見つめため息をついた。

「あの人は、軍人より教師になるべきだったんじゃないか?」

副長はなんと答えていいか分からず押し黙ったままだ。そして艦長は命令を下す。

「本艦はこのまま大河を遡上し、敵国内部より攻撃を行う。河を遡る大型船を探せ!」

「はっ!」


艦長の迷いは消えた。これは戦闘行為なのだ。つまりは殺し合いである。無抵抗の者を殺害するのは気が引けるが現代戦において一般市民も戦火を逃れることは出来ない。一般市民はその労働力をもって前線に物資を送り続ける。その意味では後方の補給部隊となんら変わりは無い。

つまりは国家全体の消滅戦なのだ。どちらかがこの地上から消えない限り遺恨は残る。今回消えたのは我々の方だが一人でも多くの敵を道ずれにすることが報復の意味であった。


『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』は大型船のスクリュー音に紛れ夜の大河を遡上する。

しかし、カモフラージュに使っていた大型船が途中で接岸してしまった。艦長は湖まで遡上することを諦めここからミサイルを発射することにした。

「ミサイルのロックを全て解除。攻撃対象を再度確認し最新の位置情報を入れろ!」

「はっ!」

「この水深では発射時の安定に水圧を利用できない。浮上して河の流れと速度で揺れを押さえるぞ!」

「はっ!」

「艦長、それですと発射の間隔が長くなってしまいます。」

あまりにもアクロバティックな方法に副長が意見する。

「どの道、発見されたら逃げ道は無い。1発目と2発目だけに集中しろ!残りは発射できたらもうけもの程度に思っておけ。」

「いやはや、財務担当が聞いたら卒倒してしまいますね。高いんですよ、このミサイル。」

「既に支払いは済んでいる。それにこのミサイルは精度がイマイチだからな。しかしこの距離で外したら恥ずかしいぞ!」

実はこのミサイルは連続発射の経験がなかった。故に発射時の潜水艦の挙動も不確かだ。発射母体である潜水艦がぐらついてはミサイルの慣性誘導にも影響する。副長はアクロバットと表現したがまさにその通りであった。


「艦長、この先はかなりの直線になります。ミサイルを発射するならここしかないと思われます。」

副長が、航海士からの報告を受け艦長に進言する。

「準備は?」

「全て完了。いつでも行けます。」

「よし、浮上だ!」


艦長の命により『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』が超大国の河川にその巨体を露にした。

川岸で夜釣りをしていた人がその光景を見て驚くが、まさかこんな内陸の河川で遭遇した潜水艦が敵国のものとは思いもしないのだろう。突然のサプライズに興奮して無邪気に手を振っている。

そして、核ミサイルの格納ハッチが次々と開きだす。

「ハッチ開放確認!発射可能ですっ!」

「1番発射!」

艦長の命令でミサイル担当官が発射スイッチを押すと、圧縮空気に押し出されたミサイルが宙に飛び出した。次の瞬間、メインロケットが点火し轟音と噴煙を撒き散らしながらミサイルは上昇して行く。

その衝撃で戦略潜水艦は喫水近くまで艦体を沈めたが程なく回復する。そして3分後、副長が艦の安定を艦長に報告する。

「バラスト注入完了。安定しました。」

「2番発射!」

2番目に発射されたミサイルは1番目とは別の方角目指して飛んでいく。続いて3番、4番と順調にミサイルは発射された。

だがその時、レーダー員が敵機の襲来を報告する。

「レーダーに感あり。2機が接近してきます。」

「早いな。近くを飛んでいたのか?」

「だとしたら対空装備のはずです。艦艇への攻撃は出来ないのでは?」

「まぁ、機関砲でも当たるのはまずいからな。上昇中のミサイルは標的にされるかもしれん。」

「しかし、我々には応戦する兵器がありません。」

「そんなことはないさ。神にでも祈れ!5番発射!」

上昇する核ミサイルに向けて接近する航空機からミサイルらしきものが発射される。その数、実に6発。

しかし、すんでのところで核ミサイルは逃げ切った。意図した訳ではないだろうが、航空機が放ったミサイルは全て噴射を終え切り離されたブースターロケットに向かい爆発したのだ。これは偶然ではあるが副長はそこに神の意思を見たような気がした。

「敵機接近します!」

敵機はすでにその排気炎を目視できる距離にまで近付いている。そして河と軸線を合わせる様に旋回する。

「やつらが通過したら6番を発射するぞ!」

「まさか特攻はしてきませんよね?」

「やつらに聞け!来るぞ!」

敵機から光の矢が伸び川面を叩く。その射点が『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』の艦体を通過した。無数の20ミリ機関砲弾が艦体を穴だらけにしていく。

「ミサイルは無事か?」

艦長の問い掛けに一人の兵士がライトを片手に艦外に飛び出した。

「見た目では6番発射管に穴は開いていません!」

「よし!すぐに戻れ!担当官!」

「艦内も異常ありません。システムはオールグリーン。行けます!」

「副長、揺れは?」

「ヨーイングがまだ収まりません!」

「構わん!どうせ最後の目標はは近場だ!6番発射!」

艦長の命令で最後の核ミサイルが発射された。そして6度目の発射の振動に艦が揺れる。


やがて対艦攻撃装備の航空機が飛んでくるだろう。だがその前に最後に放った地獄の矢の明かりを見れるかもしれない。

艦長は艦内放送で乗組員に伝える。

「袋叩きにされるだろうからあまり薦めないが艦を降りたいものは泳いで河を渡れ。蜂の巣になるが最後に外の空気を吸いたい者は甲板にでろ。運がよければ地獄の釜を見られるかも知れん。方角は艦の左側だ。最後に諸君の奮闘に感謝する。以上だ。」

艦長は放送後、率先して外に出た。

核ミサイルを発射した戦略潜水艦に対して降伏勧告はありえない。どのような死に様になるかは分からないが、ここにいる全員が後10数分で死ぬだろう。


艦長は外に出てきた兵士たちと左の空を見上げる。戦略潜水艦乗りにとって艦上で夜空を見上げることなどほとんど無い。

-ここから見る星も故郷で見た星も変わらないのにな。-

艦長は故郷の夜空を思い起こす。電気の供給が少ない農村で育った艦長にとって夜空は満天に輝く光の花畑だった。

しかし、ここの空に光る星の数は少ない。だがもう少しでその儚い星の光を凌駕するものが現れる。

地上に咲く太陽だ。星の光は何も語らないが、この光は全てを焼き尽くす。


その時、東の空が真っ白に輝いた。


-完-

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