3日戦争 エピソード 報復戦力「通常型戦略潜水艦」 戦闘章
「後方より高速スクリュー音探知!数2。向かってきます!」
「音響欺瞞装置に自由軌道信号を送れ!機関最大!深度50へ!ダミーを放出しろ!」
艦長はソナー室からの報告にすぐさま反応し命令を発する。
擬装艦と音響欺瞞装置は後方からの魚雷を避けるべくそれぞれの方向へ増速回頭した。
しかし、強力な探知能力を持つ超大国の原潜から有線誘導を受けている魚雷は迷わず音響欺瞞装置へ向かった。
しかし、魚雷が追いつく瞬間、音響欺瞞装置の後方、向かってくる魚雷の鼻先で爆発が起こる。
音響欺瞞装置に唯一装備されていた爆雷が爆発したのだ。
そのタイミングは絶妙であった。追ってきた魚雷はその衝撃に耐えられず誤爆してしまった。
しかし、音響欺瞞装置も無傷ではいられない。スクリューを損傷し、速度ががくんと落ちた。スピーカーも剥ぎ取られ最早『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』の囮にはなれなくなっている。それでも音響欺瞞装置は当初組み込まれたプログラムにしたがい海面を目指す。敵が音響欺瞞装置を戦略潜水艦と認識していればこの行為はミサイルの発射を意図するものと考えるはずだ。
超大国の潜水艦はこれに引っかかった。すぐさま4発の魚雷が発射され擬装艦と音響欺瞞装置にそれぞれ2発づつ迫る。但し擬装艦側の魚雷はけん制である。敵に対魚雷用魚雷が装備されている場合の保険であった。
最大速度で突進する魚雷は音響欺瞞装置が潜望鏡深度に達する前に追いつき爆発した。だが音響欺瞞装置は爆発と同時にある音響装置を放出する。それは大型の潜水艦が浸水、圧壊する音をスピーカーで周囲に撒き散らした。
この欺瞞により超大国の艦長は戦略潜水艦の撃沈を宣言、攻撃目標を擬装艦へと切り替えさせる。
しかしダミーを再度放出し魚雷を交わした擬装艦はすでに回頭を終え超大国の潜水艦に相対している。
「目標アルファより魚雷が発射されました。数は2本。到達まで2分!」
「ダミー放出!魚雷の再装てんはまだか!」
「1番は終了。2番は後1分はかかります!」
「よし!装てん終了後、急速潜行して交わすぞ!」
超大国の原潜は急角度で潜行していく。擬装艦が放った魚雷はそれを追いきれない。原潜の遥か上を通過していった。
そして原潜と擬装艦が交錯する。擬装艦が上で原潜が下だ。その距離100メートル。水上艦ならホクシングのヘビー級のような撃ち合いが始まる所だが生憎潜水艦には近距離への攻撃兵器がない。誘導魚雷はあるがこの距離では自艦も爆発の影響を受ける。そもそもこんな状況で相手に当たるようには作られていないのだ。双方相手のスクリュー音を聞きながら攻撃可能な距離まで離れる。そして回頭。双方、ほぼ同時に測定用の探信を放った。
「敵潜水艦、距離2000。深度100!」
「敵艦、距離2000。深度200!」
双方のソナー員が叫ぶ。
「データ入力完了!」
「撃て!」
ほぼ同時に2隻の潜水艦から相手に向けて魚雷が発射される。
超大国側の魚雷の方が上昇しながらの分、若干速度が遅い。いや、擬装艦から放たれた魚雷がその位置エネルギーを加速に付加することになり速度が増したと捕らえるべきか。
擬装艦の艦長は最後の切り札を切った。予備の音響欺瞞装置を放出したのだ。これには擬装艦の音源も入力されている。擬装艦は出力機関を停止し静かにその時を待った。
程なく原潜の放った全ての魚雷が音響欺瞞装置に向かい爆発した。
その頃、原潜は魚雷の有効潜行限界深度の外に逃げるべく更なる深みに潜行していく。しかし、その動きは擬装艦の艦長に読まれていた。4発の魚雷の内、2発が先を見越して急角度でダイブする。
放出されたダミーもこの深度では欺瞞用の泡沫が広がらない。
擬装艦から放たれた魚雷は原潜の後部に2発とも命中した。
「敵潜水艦、浸水音増大!急速浮上します。」
「うおおおおっー!」
ソナー員の報告に司令室が沸く。
「よし、本艦はこのまま進路を北に取り敵の目を引き付けましょう。副長、全員に甘味を配ってください。」
「敵を1隻撃沈したのに褒美が甘味とは潜水艦乗りとは因果な商売ですなぁ。」
副長も緊張を解いたのか少しおどけた口調になる。
「生きて帰れたら一杯奢りますよ。いや全員に1樽づつだ!」
艦長は気を抜いていないが興奮は隠せない。
そんな戦勝ムードの中、ソナー員だけが無口だった。彼のヘッドホンには海上に浮上した敵潜水艦が波に揉まれる音や船体が軋む音がまざまざと聞こえている。しかし、彼はそんな音を無視し別のある音がしないか耳をそば立てている。
ここは敵国の沿岸である。潜水艦が1隻だけとは考えられない。しかし、それ以上に厄介なものが頭上にいるはずだった。
そしてソナー員はその音を耳にする。
「海面に着水音多数!ソナーです!」
ソナー員の報告のすぐ後に潜水艦乗りが恐れる悪魔の囁きが擬装艦を包み込んだ。航空機から投下された潜水艦探査用の探信音である。
「急速潜行!出力最大!前部のパラストへも注水しろ!」
艦長が間髪要れずに命令する。
操舵員が操舵を押し込むが旧式の艦は中々沈もうとしない。
「海面より着水音多数!魚雷です!数は6以上!」
やっと頭を下に向け潜行を開始した擬装艦を追い8発の航空魚雷が後を追う。
擬装艦内はすでに先ほどの歓声はない。今は戦闘中なのだ。一時に勝利した者が次の瞬間には追われる立場になる。
艦長たちは己の運命を神に委ねた。
上空を飛行していた哨戒機のソナーマンが機長に報告する。
「敵潜水艦の圧壊音を確認。沈降していきます。」
「了解。引き続き捜索を続ける。」
眼下にはその船体のほとんどを海中に没している味方の潜水艦と幾つものゴムボートが散らばり、遠くから味方の艦が近づいてくる。空には10機を越える哨戒機が飛び回り、それに倍する戦闘機が上空を乱舞していた。
救命ボートで波に揺られながら超大国の潜水艦艦長は物思いに耽る。
我々は勝利した。私自身は負けたが組織としては敵のミサイル攻撃を未然に防いだ我々の勝ちだ。原潜一隻は冥土の土産にくれてやろう。精々地獄で自慢するがいい。
だが艦長は知らなかった。この戦いの本当の獲物を取り逃がしていたことを。




