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3日戦争 エピソード 報復戦力「通常型戦略潜水艦」 中章

「艦長、国籍不明の潜水艦が回頭してこちらに向かってきます。」

「さて、どうしたものかな。一応、各国に通達はしてあるから、こんなところで潜水している艦は撃沈してしまっていいんだが・・。」

超大国攻撃型潜水艦の艦長はソナー員の報告に独り言をいう。

「艦長、悩んでいる振りはやめて下さい。既にサイは投げられているんです。」

副長が叱責する。

「しかし、沿岸警備艦が北の大国の潜水艦を間違って撃沈しているからなぁ。」

「今は戦時です。警告もしたはずです。浮上しなかったやつらが馬鹿だったんです。」

「だが、ここは本国からは大分離れている。軍が指定した無警告戦闘海域にも少し足らんしな。」


某国との開戦により超大国は自国の沿岸より90キロメートルを戦闘海域に指定し各国に通達した。

議会は倍の距離を要望したが、如何な超大国の軍事力を持ってしても議会の要望した海域を常に監視することは無理がある。

所詮、議会は国民を安心させる為に大きな数字を欲したに過ぎない。

軍は折衷案として大都市部分近郊だけを120キロメートルとし残りは90キロメートルにする案を提出し了解を得た。

しかし、この戦闘海域指定はザルであった。実際には艦艇だけでは海岸から18キロメートル以内をパトロールするのがやっとで残りは航空機による目視監視に頼っている。これでは水上艦はともかく潜水艦は発見できない。沿岸に沿って巡らしたソナーシステムも設置から20数末年が経ち、機能不全を起こしているところも多々ある。華やかな水上打撃航空団と大陸間ミサイルの維持に軍事費の殆どをつぎ込んできたツケがいざ実戦となった今、回ってきたのだ。


故に超大国の潜水艦が某国の擬装艦を発見したのは偶然だった。核攻撃を受けた本国軍司令部が、この混乱に乗じて北の大国が挑発してこないように北の備えを強化するべく南方にいた艦を呼び寄せた。その途中で偽装艦の特徴的なスクリュー音を感知したのだった。

艦長は本国からの通達をキャンセルしこの国籍不明艦を追った。実際は音源データベースに記録があり某国初の戦略潜水艦ということは分かっている。しかし、建前としては国籍不明艦として扱わなくてはならなかった。

しかし、艦長は知る由もなかったが某国初の戦略潜水艦はその後密かに改修を受け戦術核ミサイルを降ろし音響欺瞞兵器を搭載し、最新型の戦略潜水艦の護衛任務に着いていたのだ。

この情報の不一致が艦長に攻撃優先順位を誤らせた。最新型の戦略潜水艦の方を護衛艦と思い込んだのだ。軍のデータベース上でも戦略潜水艦ではなく攻撃型潜水艦であるとの間違った記録が載っていたのも判断を間違わせた。


これは某国の情報操作の勝利である。某国はわざと大々的にこの潜水艦を宣伝し核ミサイルをサイロに収容している写真まで公表したのだ。ただその写真に写っているクレーンがどう見ても本物の核ミサイルを吊り上げられるサイズのものではなく世界の情報機関は「某国はこの程度のクレーンで吊り下げられる重量の核ミサイルの開発に成功したらしい。」と失笑交じりで報じた。某国は敵国の情報部員が見ていることを承知してベニア板で作った張りぼてのミサイルを操作ミスで破損させる演技まで演出した。

一部の情報分析官はこのことを見抜き警告したが、なら本物だという証拠を出せと言われ沈黙する。慢心があったと後で言うのは簡単であるが、当時は他にもやらねばならぬ事は山ほどあった。しかし、後世の歴史家たちはその事実を知る由はない。


「さて、最新の攻撃型潜水艦と旧式の戦略潜水艦だが、2隻同時に攻撃して両方取り逃がす悪手だけは避けたい。」

艦長が火器管制官に意見を聞く。

「定石では戦略潜水艦を撃沈し、その後攻撃型潜水艦の順番ですが、あの戦略潜水艦は潜望鏡深度でなければミサイルの発射は行えないはずです。上空には攻撃機も展開済みですから、我々はまずじゃまな攻撃型潜水艦に集中すべきかと思います。」

「副長の意見は?」

「私も火器管制官の意見に同意します。」

「もしも、あの戦略潜水艦のミサイルがこの深度でも発射できたとしたら?」

「!!」

艦長は敵の既存の戦力データを鵜呑みにはしていなかった。

「両名の意見はもっともなものだが、これは実戦だ。キルスコアを競い合う演習ではない。第一目標は戦略潜水艦とする。」

「はっ!」

艦長は敢えて両名に意見を言わせその甘さを指摘し、襟を正させた。言われてみれば最もな正論だったが両者は冷や水を浴びせられたような気がした。自分たちは甘かった。乗っている艦の性能に溺れ敵を侮っていた。

だが同時に艦長への信頼は増した。自分たちの任務は防衛だ。例えその遂行のために逆襲を受け自分たちが沈もうとも戦略潜水艦さえ撃沈してしまえば我々の勝利である。副長と火器管制官は気持ちを引き締め各々の部署に戻った。

「攻撃目標にタグを指定。戦略潜水艦をアルファ。攻撃型潜水艦をベータに設定。種別は通常魚雷、有線誘導を選択。6門全てに装てんしろ。」

火器管制官が部下に指示を出す。


「状況は?」

艦長がソナー員に確認する。

「進路、深度そのまま。途中、全周警戒のターンをされましたがこちらには気付いていないはずです。ただフォーメーションを変えています。目標ベータが下がりアルファの斜め後方につけました。」

「なんだ?なんのメリットがあるんだ?」

艦長は思わず聞いてしまう。ソナー員は答えられない。

「副長はどう思う?」

「全周警戒時に後ろに何か見つけたか、実は我々が攻撃型潜水艦と思っている方が戦略潜水艦だったとか・・ですか?」

「参ったな。確かにこの配置なら後ろが戦略潜水艦となる。まったく思うようにはいかんな。」

艦長は一人愚痴る。そして決断した。

「よし、攻撃目標を変更する。第一目標はベータ。一旦やり過ごさせて後ろから攻撃する。微速前進。」

よく言えば臨機応変、悪く言えば優柔不断。この決断の変更が吉と出るかどうかはこの艦に乗っている誰にも分からなかった。



その頃、擬装艦の中は乗組員たちが慌しく動き回っていた。

『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』が全周警戒の後、自艦の後方へ下がったからだ。これは敵を発見したという合図である。

「音響欺瞞装置稼動準備を急げ!」

「バラスト注入準備よし!」

「同調コード入力完了。こちらはいつでも出せます!」

各部署から艦長の所に報告があがってくる。

5分後、最後まで報告のなかった音響欺瞞装置の切り離し部署から準備完了の報告が届く。通常の訓練では3分を切るのを目標にしているが今回は実戦である。間違いは許されない。艦長は切り離し部署の確実な確認作業に満足していた。

「よし、音響欺瞞装置を切り離せ!」

艦長の命令により元は核ミサイルを収納していたサイロから超大型の魚雷らしきものが滑り出した。その際の音はやたらとうるさい自艦のスクリュー音に紛れかき消される。敵の音響解析装置はそのわずかな音すら捉えて記録しているだろうが擬装艦は事前にスピーカーから同様の音を不定期に流していた。これを見破れるのは神だけだろう。


やがて音響欺瞞装置が所定の位置に付き、『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』のスクリュー音をスピーカーから流し始める。初めは微かに、そして少しずつボリュームをあげていく。それに合わせ『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』は出力を絞り離れていった。

「こちらのソナーにはなんの音沙汰もないのが面白くないですな。」

年配の副長が艦長に話しかける。

「まぁ、いつものことです。その内派手なのが来ますよ。」

艦長が副長の問いかけに丁寧語で答える。階級に厳しい軍においてそれは好ましくないことであったが、常に寝食を共にする潜水艦内では軍の規律より円滑なコミュニケーションの方が大事であった。副長はこの艦の最古参である。本来なら彼が艦長に納まってもおかしくなかった。ただし、出目と勤務評定が若干悪かったため艦隊司令部は若手のホープを艦長に起用したのだ。擬装艦は云わば戦略潜水艦の盾である。その身をもって切り札を守る。故に艦隊司令部は党に忠実な、国に命を捧げることに疑問をもたない若者に艦長を任せたのだ。

そのようなこともあり、着任当初は少なからぬ軋轢が生じたが、やがて艦長は自分の至らなさに気付く。

私のやり方では任務を完遂できない。

艦の乗組員は副長に全幅の信頼を寄せている。これは時間を掛けて培ってきたものだ。いきなり乗り込んできた自分がその位置に立つには時間が掛かり過ぎる。ならば乗組員のことは副長に任せ、自分は副長からの信頼を勝ち取ればよいのだと結論した。艦長は馬鹿ではない。確かに出目の良さが昇進スピードを後押ししてはいたが、実力が伴わねば軍の切り札である戦略潜水艦護衛の任にはつけないのだ。艦長は自分の至らなさを副長に詫び、助言を求めた。

「参りましたな。最近の士官学校では古参の懐柔方法も教えるんですか?」

皮肉の混じった言葉ではあったが副長は新任の艦長を認めた。この時より、擬装艦は任務遂行に向けて一つにまとまったのだ。



きっかけは些細なものだった。『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』がルーチンの全周警戒を行っていた時、ソナー員が僅かな違和感を覚えたのだ。ソナー員は記録しているデータを確認する。しかし数値的には何の変化も現れていなかった。だが、確認したにも関わらず違和感は去らない。

その様子を見た先任仕官が問いただす。

「どうした?」

「何か、いつもと違う違和感を感じたんですが・・、データ上では変化がありませんでした。ただ・・。」

それは第六感とでもいうものだろうか。実戦という緊張を強いられる状態が生み出した迷い、或いは本能か。

先任仕官はソナー員の目を見る。緊張はしているが混乱はしていない。信じるか?しかし、証拠はない。

先任仕官は決断した。そして艦長に報告する。艦長は数秒考え込んだ。

「まぁ、敵も馬鹿ではないからな。逆にデータが揃い過ぎていたらそっちの方が怪しいか。」

そう言って副長に命令を下す。

「敵に発見されたものとして行動する。全周警戒終了後、欺瞞位置に艦を着けろ。」

「はっ!」

副長はあんな報告を根拠に動くのかと一瞬考えたが、艦では艦長の命令は絶対である。

副長の指示の元、艦内の動きが慌しくなる。そんな光景を見ながら艦長は一人考える。


敵は既に我々の存在を把握し擬装艦の後を追尾していたのだ。但しその驚異的な索敵能力を駆使し、我々の耳が届かない距離から静かに機会を伺っていたのだろう。

しかし全周警戒によりソナー員は敵の気配を感じ取った。これは天啓だ。この問いかけにどう対処するかで今後が決まる。


全周警戒が終了したのち、一拍をおいて、『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』は偽装艦の斜め後方に下がっていった。

暫くすると偽装艦から何か巨大なものが分離した気配が伝わる。それは音もなく艦の前方へやって来て艦と速度を同調させた。

そして『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』と同じスクリュー音を奏で始める。

機関長はソナー員の指示に合わせ徐々にモーターの出力を絞ってゆく。そしてとうとう完全に止めてしまった。

これで敵潜水艦のソナーに感知できるような音源はこの艦からはなくなった。音源となる出力機関を完全に止められぬ原潜には出来ない芸当だ。

出力を止めた『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』は徐々に擬装艦から離れていく。


そして戦闘が始まった。

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