腹が減ると碌な事しか考えられない
何故こんなことになった・・。
俺はこの世界に来てから既に何度目になるかすら分からない自問を繰り返す。
転移は完璧だった。ここは日本だ。日本で第3位の大都会『米沢』だ。
だが時代がずれた。俺のいた時代より60年前の過去なのだ。
この国はこれから30年後に経済が破綻し2流国に没落する。
そらそうだ。借金を借金で返済してんだもん。減るわけないじゃん。
それでもちまちま返していたらしいが、あの時戦争をしたのが決定打となった。
まぁ、売られた喧嘩だから買わない訳にはいかなかったんだろうけど高い買い物だったらしいね。
終戦時での総出費額が20兆円。破壊等の被害額が30兆円。核ミサイルによる放射性物質対策費が10兆円。戦後保証が年3兆円。これとは別に復旧・復興が完了するまでの経済活動の低下による生産ロスが年10兆円。
これが3日戦争の支出額だ。因みに収入は相手国が崩壊しちゃったのでゼロです。うん、あの国は終戦当時人っ子ひとりいなかったらしいよ。超大国に300発以上の核ミサイルを撃ち込まれたからね。放射線濃度が高すぎて調査チームが入ったのは3年後だったんじゃないかな。
そう考えると日本は安全・安心というお金に換算できない大切なものを手に入れたのか?
確かに日本はこの戦争での人的被害数は参戦国の中では一番少なかったらしい。超大国なんかは核弾頭の迎撃に100発も失敗し3千万人以上の被害を被っていた。それに比べれば日本はたった30万人で済んでいる。落ちてきた弾頭も3発だけだしね。いや、超大国と違って撃ち漏らしは無かったらしいの。こちらが発射した迎撃ミサイルによる防衛は全て成功したのよ。ただ相手のミサイルの数が多すぎた。日本が保有していた迎撃ミサイルの数より3発だけ相手の核ミサイルが多かったというオチです。
実際は、迎撃したミサイルの殆どはダミーだったと言われているけどそんなの解かるかっつうの。本当に何にもしないやつらは後からぐちぐちと言うよな。
こうして地球最後の独裁国家は消滅したが、超大国と経済大国の2国を道連れにしたんだから本望だったかもしれない。
まあ、昔話はもういい。どうせ俺が生まれる前に起きたことだ。
それが原因で、俺が異世界に飛ばされたのも納得済みだから構わない。
問題は、今だ。俺は、1年前、異世界に飛んだ日から1年後の日本にネルと一緒に飛ぶと思っていた。ネルだってそうしようとしていたという。
なのに結果は、過去への時間跳躍。過去に戻ってのやり直し物にしても戻りすぎだっつうの。
こちらと異世界では時間の速度が違うんだろうか?まったく世界神さまも詰めが甘いよ。俺だけならともかく、ネルまで巻き込んだのはいただけない。帰ったらお仕置きだべぇ~、だ。
くそっ、不安なのか考えがふざけたことしか浮かばない。
大丈夫だ。ネルは時間跳躍もできるんだ。だから今度は60年未来に飛べばいいだけだ。但し、魔力が貯まるまで半年掛かるんだよな。
腹が減った。もう丸一日食い物を口にしていない。幾ら俺がべらぼうな勇者特典を持っていても3週間食べなきゃ死んじまう。いや2週間で動けなくなるな。
くそっ、いっその事ここが人のいないジャングルだったら良かったのに。そしたら俺は幾らでもやり放題、食べ放題だったのに。ワニの丸焼きだって、ピラニアの日干しだって俺にかかれば簡単さ。
けど幾ら俺でも、ご先祖さま相手にそんなことはできんがな。
今の時代の公共機関に保護を求めるか?
いや、だめだ。この時代はまだ異世界のことを知らない。
下手なことをして未来が変わっちゃたりしたら大問題だ。母ちゃんに怒られるよ。特にネルはエルフ系だから外見がちと違うのよ。コートで隠しているが可愛らしい尻尾もあるしな。
俺は袋の中のネルフ金貨を握り締める。簡単な仕事で手に入れたあぶく銭ではあるが大金でもある。貴金属屋に持っていけば換金できるだろうが多分この時代の金額で10万にもならないだろう。価値が激減するのは悩み処ではあるがそれしか方法がないなら仕方がないか。
しかし、問題もある。俺もこの時代の基準からするとまだ義務教育年代だからな。保護者同伴でないと何もできないはずだ。
そんな俺が金貨を持ち込んでも換金してくれるだろうか?逆に換金してくれるような店は足元を見てくるんじゃないか?
くそっ、何で日本でネルフ金貨が使えないんだよ。ネルフ金貨だぞ!異世界では一番信用のある金貨なのに。
異世界なら店を一軒貸し切って3日間ドンちゃん騒ぎしても3枚で足りるのに。
帝国新券だってそうだ。後40年後にはこれしか使えなくなるんだぞ!なのになんで今、使えないんだ!
俺の頭は空腹で栄養が回らないのか八つ当たり的な考えしか浮かばない。
そうだ、今はこの空腹をなんとかしなけりゃならない。この時代の日本なら金さえあれば飯を食うのに困ることはない。
飲食店に入って注文すればいいだけだ。もしくは弁当屋でもいい。でも一番ポヒュラーなのはコンビニだな。
コンビニを襲うか?店員に向けてちょいとソニック系の術を放てば済む話だ。しかし・・。だめだ!全うな商売をしている人たちから金を奪うなんて人間やめますか以上の外道だ。
この時代、働くってのは大変らしいんだよ。ばあちゃんから嫌って程聞かされていたからな。
なら、振り込め詐欺グループならいいか?うん、いいな、別に心は痛まないや。でも居場所がわかんねぇんだよな。場所さえ分かれば1分かからないのに。
くそぉ~っ、秘密機関め。こんなことくらい想定して競馬の過去成績表くらい渡しておけよ。
竹やぶに捨てられた1億円の記事の切り抜きを持たせるくらいの配慮をすべきだろ。そうだ!全ては秘密機関が悪い!想定外との言い訳は70年前の事件以来この国では使えないぜ!
俺は取り合えず秘密機関に文句を言ったことで気が晴れた。まぁ、聞いていたやつはいないが。
そして、俺は狩りの準備を始める。俺は腹を括った。未来への影響はこの際目を瞑ろう。どうせ俺たちがここに居ること自体が歴史にとっては想定外なんだから。
その時、女性の悲鳴が聞こえた。声のした方を見ると道路に倒れこむ女性と走り去るスクーターが見える。
何たる天恵!これぞ神の思し召しか!神は俺に狩りの獲物をお与えくださった。
俺はネルに動くなと言うと走り去るスクーターを追った。
この時代でもスクーターの法定最高速度は30kmのはずだけどやつはリミッター限界の60kmで疾走する。あぶねぇやつだなぁ。交差点では一時停止しろよ。
俺は3回跳躍してやつの前に出る。
すまんね。ちょっと本気を出しちまったよ。でもお前は機械の力を借りているんだから文句はいえんだろう?
だが突然目の前に現れた俺を目にしてもやつはスピードを緩めない。
わーお、そうでなくちゃな。クズを叩きのめすのに躊躇はいらない。俺はスクーターごとやつをぺちゃんこにした。でも警察の事故処理係りの人の為に電柱に激突したようにカモフラージュしたよ。スリップ跡も完璧さ。
俺は瀕死の引ったくり犯からやつのサイフを抜き取り中身を確認する。さすがは引ったくりをするようなやつのサイフだ。大して入っていない。それでも弁当を買えるくらいはあった。
俺はネルの所に戻る。ネルは倒れたばあちゃんの側にいて腰を摩っている。
あっぶねぇ~。ネルが回復術とか使えていたらひと騒動あったよ。ネルはやさしいからなぁ。
「大丈夫ですか?」
俺はばあちゃんに声をかける。
「ええ、かすり傷とちょっと腰を打っただけだから。ありがとうね、暫くすれば痛みもなくなるわ。」
ばあちゃんはそういうが骨にヒビが入っているのは確実だ。暫くすると吐き気も催すだろう。
「金治・・。」
ネルが無言で俺に頼み込む。
「しょうがねぇなぁ。」
俺は、最大出力で治癒魔術を施した。うん、俺、勇者属性なんで治癒魔術は大したことないのよ。これが精一杯。
ばあちゃんは痛みが引いたことで気が緩んだのかネルの腕の中で気を失った。
暫くすると救急車が到着し、ばあちゃんを病院に搬送した。
ついでに交通課の警官も事情を聞きにくる。
「君たちはあのおばあちゃんと知り合い?」
「いえ、ただの通りすがりです。」
「そうか、事故の瞬間は見たかい?」
「いえ、あの人の悲鳴は聞きましたが見てはいません。」
「あっちの事故も?」
「ええ、なんかすごい音がしたんで見たら電柱にぶつかっていました。ひき逃げですか?」
「んーっ、多分ね。よし、おばあちゃんの件はありがとうな。気をつけて帰れよ。」
「はい。どうも。」
俺はネルを連れてその場を離れた。
あっぶねぇ、住所とか聞かれたらアウトだったよ。
触らぬ神に祟りなし。今度からは獲物は選ばなきゃだめだな。
私、ネット環境を自前で持ってないので月1回のネカフェでの予約投稿になります。
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本作品は全28話+登場人物紹介となります。