借金三千兆円。魔法で帳消し
金がほしい。
うわっ、嫌なフレーズだ。なんか自分がすごく惨めになった気がする。言い直そう。
金が必要だ。
うん、さっきよりはマシだ。自分の欲望ではなく、別の目的の為に金を手に入れなければならないと錯覚させられる。
金がほしい。
あららっ、だから素直になるなってんだよ。くそっ、欲望は理性を凌駕するのか?
まあ、実際、俺が置かれている現状を打破するには金の力を借りるのが一番なことは分かる。というか、この国では金がないと何もできないんだよね。全うに生きることすら否定しやがるからな。
「金治、ネルおなかすいた。」
俺の隣にいる女の子が俺に言う。
「うん、もう少し我慢してくれ。俺が何とかするから。」
「うん、ネルがまんできる。」
まだ年端もいかない女の子が空腹を強いられ且つ健気にもそれを我慢する。
だが今の俺はそれを満たしてやることができない。くそっ、自分の無力さに打ちのめされそうだぜ。
何故こんなことになった・・。
別に俺とネルは今無人島にいるわけじゃない。大都会『米沢』のど真ん中にいるんだ。
実は金だって結構持っている。
ネルフ金貨12枚。俺たちがいた世界では贅沢をしなけれゃ家族3人が1年食っていけるだけの大金だ。
それと帝国新券120枚。これは俺が昔いた土地の紙幣でやっぱり贅沢をしなけれゃ家族3人が1年食っていけるだけの大金だ。
だがここではそのどちらも使えない。金貨は換金すれば幾ばくかの金にはなるだろうが金の実質含有量が半分以下なので価値が激減する。紙幣にいたては紙くずだ。いやもしかしたら偽造扱いにされて捕まるかもしれない。
何故こんなことになった・・。
俺はこの世界に来てから既に何度目になるかすら分からない自問を繰り返す。
今俺たちがいるここの時空年は2020年。確かオリンピックがあった年だな。よく知らんけど。
だって俺は2065年生まれだぜ。ごの時代では俺の親ですらまだ生まれていないよ。いやちょうど生まれたころかな?親父と母ちゃんは同い年だった気がする。あれっ、俺、親の歳もよく知らないな。母ちゃんゴメンぽ。母ちゃんは永遠の18歳だよ。あと3年で俺、追いつくよ。
時間跳躍。俺の頭の中にそんな文字が浮かぶ。でも漢字は書けんな。俺、馬鹿だから。この1年、学校にも行ってないし。
俺は1年前、帝国の秘密機関により異世界にあるという『借金を帳消しにする魔法』を会得すべく異世界へ送られた。
なんで俺なのって?そんなのただ単に適性があったからに決まってんじゃん。でなけりゃ、国家の存亡が掛かったこんな大プロジェクトに俺が選ばれるかって。
異世界への転移は偶然と適性が大きく関与する。偶然に関しては当たりくじを引きさえすればほぼ誰でも転移するらしいけど、異世界転移装置でうまく送れる適性を持った人間は300万人に一人くらいらしい。うん、宝くじに当たるより稀だね。
おかげで俺んちは貧乏な長屋暮らしから1級市民階級への昇格が決まったくらいだ。あんときゃ母ちゃん泣いて喜んでくれたよなぁ。因みに母ちゃんが喜んだのは1級市民階級への昇格が決まったからじゃなくて、俺が国家規模へのご奉公に選ばれた方だから。そこんとこ間違えないでね。陰口をたたいたらグーで殴るよ。
そして、3ケ月の研修の後、俺は異世界に送られた。
たった3ケ月だぜ?大人たちはどんだけ焦ってたんだよ。まあ、魔法の取得が1日伸びるだけで100億円の利子が追加されるんだから必死にもなるか。大変だよな、あの人たちも。自分たちが使った訳でもない先人の借金を返すために奮闘しているんだから。
俺にとってこの3ケ月は地獄だった。これでもかと言うほど強制的に勉強させられたよ。睡眠時間は8時間です。あれ?普通か?
勇者特性の付加や各種魔法の習得など、話だけならおもしろそうだけど実際にやるとなるとね。戦車や鉄砲の扱い方を覚えて持っていった方が楽なんじゃねえのと質問したら、前任者は、その装備で3日持たなかったと教えられた。異世界ハンパねぇ。
郷においては業に従えか。でも有難い事に3ケ月後には教官たちから合格点を貰えたよ。俺ってすごい?褒めて、褒めて!
因みに俺が異世界に飛ぶのは母ちゃんたちには内緒だ。もしも知れたら母ちゃん、爆弾腹に巻いてトラックで特攻しかねないからな。
そして、異世界に飛ばされた俺は、聞くも涙、語るも涙の苦労の末、大魔王「ぼっち」を倒し目的の魔法を手に入れた。
3ケ月かかったよ。シャバでは借金が1兆円増えただろうね。でもこれでも最短だと思うぜ。もしも、文句を言うやつがいたら書記長に粛清してもらおう。
でも、ここでつまづいた。俺、帰る方法を知らされてなかったよ。いや、聞いてはいたんだ。だけどその方法って魔法だけを送る方法で俺は帰れないんだ。ひどい?まあ、確かに酷いかもしれないけど日本を救うためだからね。異世界転移装置は送ることは出来ても戻すことが出来ないポンコツ装置だが、それがどうした。問題解決の為には使えるものは何でも使うさ。たとえそれが人一人の人生をオシャカにするとしてもだ。
まあ、俺はこっちの世界では勇者待遇だからバットエンドにはならないんだけど、なら魔法だけ送って余生は異世界で暮らせばいいじゃんと思うだろうけど、そうは布団屋が降ろし素麺だ。
実はこの魔法って、一子相伝で大魔王を倒した俺じゃないと起動しないんだと。つまり魔法だけ送ってもダメなのよ。まぁ、しょうがないよね。まさか異世界からこの魔法をかっぱらいに来るやつがいるとは思いもしなかっただろうし。
それでも一応、魔法と説明書は送った。そっちで何とか解読してプロテクトを外してちょんまげと書いた手紙をつけてね。
よし、取り敢えず俺の任務は完了した。でも計画通りではない。齟齬が生じている。俺の責任じゃないけど俺を送り出した彼らの責任でもないよな。みんなそれぞれの立ち場でがんばったんだ。それを何もしなかったやつらにとやかく言われる筋合いはない。もしぐずぐず言うやつがいたら、やっぱり書記長に粛清してもらおう。
だから俺もこっちで俺になりに色々試したんだ。そして遂に現世に戻れる方法を見つけた。その方法とは、こちらから現世へ転移する能力を有した術者に送ってもらうことだった。
改めて考えたら至極普通のことだよな。なんせここ、異世界なんだから。現世では機械で転移したけど、異世界なら魔法でしょ!
そして、その能力者が今俺の隣にいるネルだ。ネルは村一番の無能力者だった。いや、確認したわけではないけどもしかしたら国一番かもしれない。それ位あの異世界は能力者だらけだった。みんな何かしらかの魔法が生まれながら使えたし習得もしていた。そんな中、ネルだけが魔法を習得できなかったらしい。これが物語ならみんなから無能者呼ばわりをされて石でも投げられそうだが、そんなことは実際にはなく普通に暮らしていた。どうやらイジメは現世特有の現象らしい。世界は広いね。現世は世知辛いね。
ならなんでネルが能力者と分かったかというとお告げがあったから。あの異世界では10歳になると世界神さまに将来自分がどんな人になりたいか告白する習慣がある。大抵は、世界神さまにがんばりなさいと励まされて終わりだがネルは人の役に立ちたいと願った。そしたら世界神さまったらどろろろろんとネルの前にお姿を現して言ったそうだ。
「ネルよ、そなたは未だ真っ白な生地である。故に何者にもなれよう。そしてそなたは願った。人の役に立ちたいと。私はそなたの願いを叶えよう。やがてお前の前に異世界からの旅人が訪れる。その者と旅をしなさい。」
ネルは喜んだらしいねぇ~。イジメられることはなくてもやっぱりみんなと違うのは辛かったのだろう。俺が世界神さまに誘導されてネルの前に現れた時は、飛びついてきたもんな。
で、この時点で転移から半年も掛かっちゃってる。借金増えただろうなぁ。でも、もう少しの我慢だ。俺が帰ったら何兆円だろうと一瞬でチャラだからね。
でも世界神さまも意地が悪い。ネルに修行をさせるのよ。普通、能力ってポイっと与えるもんじゃないの?普通10歳の女の子に修行させるかぁ?でもネルはがんばったね。能力を身に着けられる事が本当に嬉しかったんだろうな。
俺はネルが修行している間は別にすることもなかったので冒険者ギルドで仕事を紹介してもらった。
そんな中から貴族のお坊ちゃまが誘拐されたので取り返してほしいという依頼を受け解決した。その報酬が今手元にあるネルフ金貨12枚である。言っちゃなんだが簡単だった。なんであんな簡単な依頼に金貨12枚も出したんだろう?逆に山をひとつ吹き飛ばしたから文句言われるかとハラハラした俺が馬鹿みたいじゃん。まあ、馬鹿だけど。
帝国新券120枚は異世界での交渉時に使えるはずと秘密機関から手渡されたものだ。本当は200枚渡されたんだけど転移前日に秘密機関のみんなと飯を食って少し使った。担当官も見て見ぬ振りしてくれたよ。だって帰ってこれないことは分かっていたからね。誰も口にはしなかったけどさ。
で、実際は使えなかった。というか、交渉事自体が発生しなかったのよ。もう、全部力押しの一手でした。今じゃ、ぼっち城周りの土地では俺の名前は大魔王より恐れられてるよ、きっと。
かといって使えない紙をなんで持っているのかというと、それは俺が貧乏だったから。よく物語なんかで金にしがみ付いて命を落とす守銭奴なんかがアホの代名詞として書かれることがあるけど、物語の作者もいつか自分がそんな立場になれば気持ちが分かると思うよ。きれいごとじゃないんだ、貧乏ってのは。
そしてネルの修行が終了した。半年かかりました。すまん、秘密機関のみんな。借金増えた?今帰るからね。そしたら一瞬さ。120万は使わなかったからこれでまた飯を食おう!物価が上がってないといいなぁ。
「金治、用意いいか?」
「おうっ、いつでもこい!だ。」
そして、俺はネルに連れられて現世へと飛んだ。
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本作品は全28話+登場人物紹介となります。