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雅~ジ・アサシン~  作者: 蝦夷漫筆
暗殺人、雅
9/33

包囲網

 「俺の答えは…」


 地下の賭場、サシの勝負はまさの完勝だった。勝ち分は氏平うじひら殺しの頼み料をゆうに上回る。


 (あえて勝たせた、そういうことなのか?)

 

 氏平は、雅が自身に差し向けられた刺客であることを知っている。

 その冷たい視線が射る。

 「どうする雅? 俺の手下になるか、それとも俺を殺す、か」

 

 目の前に座す乙倉おとくらが懐に忍ばせた手をサッと出そうとしているのが見えた。

 「……」

 雅の右袖がひらりと揺れた。


 「答えは、これだ」

 前のめりになりながら柄に手を伸ばす。

 次の瞬間には、鈍い光をともなった抜き身が突き出されていた。


 「ぎゃあああっ」


挿絵(By みてみん)



 乙倉の腕が飛んだ。

 飛び散った血液が盆茣蓙の上に薔薇の花のような赤い模様を描き出す。

 「無粋な道具モノなんか持ち出しやがって」

 ボトリと落ちたその手には拳銃が握られていた。


 「俺はカネで動く男じゃねえ」

 剣は、そのまま氏平めがけて真横一文字に振り切られた。

 

 「な…」

 だが剣は空を切った。

 「なにっ」

 すでに氏平はそこに居なかった。


 気付くと乙倉が残った手で匕首を手に突進してきていた。

 「この外道っ」

 「チッ、腕だけで勘弁してやるつもりだったが…」

 一閃、返した刀の切っ先が猛る乙倉の首を跳ねた。


 「殺れッ」

 一気に高まる周囲の妖気。立ち上がった賭場の男たちが長ドスを手に迫ってくる。

 「ヤバいな」

 雅はもう一度鋭く刀を振り、場を灯す蝋燭の芯を切り落とした。


 「何処だ、ヤツは何処に」

 暗闇が一気に広がり、男たちが右往左往する。

 低く構えながらその間をすり抜けて雅は出口を探す。

 

 「いい度胸してうじゃねえか雅。また来い、待ってるぜ」

 闇の中から聞こえる氏平の声を後に、階段口に飛び込んでそのまま駆け上がった。

 「ええいっ」

 錠の掛けられた扉を蹴破って外へ。


 淡い月の光を避けるように宵闇を駆ける。

 背後から追ってくる妖気を振り切れない。

 「しつこいな…」

 いよいよ、黒い影が雅に圧し掛かる。

 「来たか」

 

 振り返ると、黄色く光る眼が三つ、四つ。

 「は、速い」

 右へ左へ、上へ下へ。目では追いきれない速さで斬りかかって来る。

 「こんなにも強いのか、連中は」

 闇雲に刀を振り回すより他に無い。

 「逃げなきゃ」

 狭い路地に駆け込んだ。

 さらに細い通りへ身をねじ込み、ひたすら走る。


 「振り切ったか」

 道端の大八車の下でじっと身を潜め、時を待つ。

 荒ぶる妖気は何処かに消え去ったようだ。


 「危ねえところだった…」


 のそりのそりと這い出して立ち上がった瞬間、再びぐっと重い妖気の重圧に苛まれた。

 「くそっ」

 ヤツらは待ち構えていたように飛び出してきた。

 大きな羽根が月光を遮る。

 「天狗かっ」

 必死に避ける耳元で、斬り込まれた剣が空気を切り裂く音がする。

 応戦する雅の刀は虚空を斬るばかり。


 「手強いな…」

 あやかし斬りの自信が揺らぐほどに、敵は強い。

 

挿絵(By みてみん)


 折り重なるように素早く動く黄色い目が雅を惑わせる。

 「ならば…」

 ふと目を閉じ、羽ばたく音を頼りに刀身を突き出した。


 「クアッ」

 飛び込みざまの天狗の胸を貫いた。まずは一匹。

 だが残りの二匹はひるむ様子も無い。

 「ぬっ」

 飛び散る羽吹雪を蹴散らしながら、天狗の剣が左右から迫る。

 「来るッ」

 咄嗟に頭を低く身を伏せながら身体を捩ったた雅。携えた刀の切っ先がぐるりと輪を描き、迫る天狗二匹の脚を切り落とした。

 「グガアッ」

 バランスを崩した天狗たちの動きが止まった。

 同時に飛び上がっていた雅の剣が再び唸りを上げた。

 「いいか、現世ここはお前らの居場所じゃねえんだ」

 黒ずんだ天狗の血が辺りに撒き散らされた。


 「きゃあっ」

 「なんだ、何事だあっ」

 騒ぎを聞きつけた野次馬たちがやってきた。

 「殺しだ、殺しだあっ」

 宵闇にうごめく人の波に潜り込むようにして雅はその場から立ち去った。



 「ハア、ハア…」

 どれくらい走ったか。雅の息も切れはじめていた。

 「逃げおおせた、か」


 いや、まだ振り切ってはいなかった。


 突如左右の水路から妖気を伴って飛び出した影が複数。

 「なにッ」

 垂れる水の雫をあちこちに飛ばしながら迫るのは河童たち。

 あっという間に囲まれた。

 「こうなったら…」

 せせら笑うような緑色の目が周囲にズラリと並んでいる。


 「強行突破だ」

 左右、上下。ひたすら刀を振って前へ、前へ。

 切り崩された河童の屍を踏みつけながら突破口を開いてゆく。

 「なんてしぶといんだ」

 やっと逃げ出したと思ったら、右脚のすねに一匹の河童が噛み付いて離そうとしない。

 「うあっ」

 鋭いくちばしがふくらはぎの肉に食い込み、激痛が神経を直撃する。

 「野郎っ」

 振り下ろした刀がその首を断ち切ってなお、噛み付いた口は容易には外れなかった。


 「ハア、アア…」

 肩で息をしながら夜道を逃げる雅。鮮血の流れる右脚を引き摺りながら。

 「やっと振り切った…」


 

 頭上からバサバサッと不穏な音。

 キーンという高周波が近付いてくる。

 「くそッ、まだか…」


 またしても天狗の群れ。

 「敵わねえ…とてもじゃねえが」

 迫る天狗たちに背を向け、足元も覚束ないままに逃げた。

 「ええいっ」

 しつこい追っ手に脇差を投げつけ、その隙に小さな路地へ。

 「逃げなきゃ、逃げなきゃ…」

 さらに小さい通りへ。迷路のような路地を奥へ奥へ、右へ左へ。

 「ハッ、ハアッ、ハアッ…」

 

 転がるように飛び込んで身を潜めたのは道端の小さなお堂の中。

 「頼む、見つからないでくれ…」

 妖気と羽音が行き来するしばしの時間、雅はじっと息を殺していた。

 

 冷たい秋風が落ち葉を掃くように、ヒュウと駆け抜けてゆく。

 どれくらい時間が経っただろう。

 「去った、か…」


 妖気は消え去った。

 ふうとため息をついた雅。その歯がカタカタと音を立て始めた。

 「怖い…?」

 首を横に振る。

 「いや違う」

 手が、肩が、膝が震え出した。

 「寒い…寒いよ」


 そっとお堂の扉を開けて回りをうかがいながら這い出した雅。

 「ああ、寒い…」


 夜露に湿った着物を引き摺りながら、気付くと花街に来ていた。

 「廓は今日も賑やか、か…」

 行き交う男たちは皆ほろ酔い、鼻の下を伸ばす笑顔が羨ましく思えた。


 「普通に生まれ育ち、手に職を付けて…それが普通の人生ってやつか。もし俺もそんな境遇だったら今頃は…」

 喧騒は虚しく見えた。賑やかさが、かえって孤独を引き立たせているように思えた。

 

 

 「いいや、俺は孤独なんかじゃない」

 少しだけ、雅は胸を張った。

 着物の汚れを払い落とすと、こびりついた血を隠すように裾と袖をまくった。


 「ああ、あそこだ」

 雅が見つけたのは、昼間にも訪れた廓宿。

 「たしか奈那が言ってたな。明日の日中までは俺が買い取ったことになってる、と」


 襟元を整え、乱れたしけを唾で直して店の暖簾をくぐった。

 早速気付いた店番が近寄ってくる。

 「お帰りなさいませ」

 金払いのよい客の顔はちゃんと覚えているようだ。

 「ええと、ウチの奈那がお相手でしたね」

 軽く頷く雅。

 まとわりつこうとする店番に一部銀の心付けを手渡して階段を上った。



 「待たせたな、奈那…」


 扉を開けると同時に漂ってきた匂いに、思わず吐き戻しそうになった。

 「…?」

 真っ暗な部屋。

 行灯に火を灯すと、調度品があちこちに散らばっていた。

 襖や障子には、まるで筆を振り回したような赤黒い染みが。


 「あ、ああ…」

 この匂い。目をしかめたくなる程の、まるで臓物が腐食したかのような匂い。

 その原因を見つけた雅は、絶句した。


 「奈那…」


 彼女は胸から腹へ大きく切り裂かれ、逆さ吊りで息絶えていた。

 垂れ落ちる血もすでに枯れ、至る所に痣や傷が散在する亡骸が、吹き込む風にくるくると回っている。

 「ウソだろ…」

 畳を覆い尽くす血の海の中に、サイコロが二つ。

 その目は四とニ。

 「シ、ニ…」


 雅はぐっと奥歯を噛みしめた。


挿絵(By みてみん)


 「俺のせいで…俺のせいで」

 全身が震えた。

 「氏平め…」


 ふと、部屋の扉を叩く音。


 「…!」

 身構えた雅。

 扉の向こうから聞こえてきたのは店番の声。

 「あのう…どうも妙な匂いがするっていう苦情が出てまして…」

 「あ、いや、ちょっと待て…」

 ガチャガチャという音がする。店番は合鍵を持っているようだ。

 「待てっ。今は、その…」

 「申し訳ありません、このところ物騒でしてね。部屋を検めさせてもらいます…」


 「チッ」

 雅は窓から外へと出た。


 (まるで俺が殺めたみたいに思われちまう…)


 回り廊下から屋根伝いに走った。


 (奈那…供養もしてやれずにすまん。だが今は逃げるしかないんだ)


 立ち並ぶ廓の屋根から屋根へ。そっと飛び移りながら闇に身を埋め、雅は花街を後にした。

 町のあちこちに黒い妖気が漂っているのを感じる。

 「また妖かっ。次に見つかったら切り抜けられないかもな…」


 ひたすら走る雅。何処をどう逃げたか覚えていない。

 「ハア、ハア」

 疲れ果てた頃、ふと目に入ったやしろに身を寄せ、木陰に隠れた。

 秋の虫の声を聴きながら、木の葉を集め布団代わりに身体を横たえる。

 「休もう、少し休もう…」

 脂汗と冷や汗が入り混じって滴る瞼を、ゆっくりと閉じた。



 モズが甲高い声で鳴いている。

 大きなカヤの木の枝が風に揺れるたび、澄んだ空から差し込む朝日が顔を差す。

 「う、ううん…」

 うなされるように寝返りをうった雅。

 その寝ぼけ眼にうっすら映ったのは、目の前に腰掛けた男の姿。

 

 「雅…」

 手元でクルクルと手裏剣を回している。

 

 「久しぶりじゃねえか」


 つづく

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