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雅~ジ・アサシン~  作者: 蝦夷漫筆
暗殺人、雅
4/33

殺しの依頼

 仕事―暗殺―を終えたばかりのまさに暗闇から声を掛けたのは黒頭巾の男だった。


 ところどころ継ぎ接ぎの目立つ栗皮色の着物に紺青の帯。

 腰に差した二本は一見して判る粗な作り、色褪せた黒羽織にはあちこち深い皺。


 「あんたは腕が立つ…ああ、知ってますよ」


 頭巾の隙間から小さく覗く目は、ギラギラとしていながら不安げでもある。

 右足を引き摺るように歩きながら腰を屈めて上目遣い。


 「さて、本題に入りましょうか」


 男女の賑わい、眠らぬ花街。

 薄暗い路地裏は、喧騒の中にぽっかりと穴の開いたまるで真空地帯。

 「むしろ雑踏は都合がいい…聞かれたくない話は」


 静かな緊張。

 

 「あたしゃ備中は足守あしもり藩の者。御用人・雲丘幸利くもおかゆきとしさまの下で働いてるケチな男でして…」

 「ほう」

 そっぽを向いて立ち去ろうとする雅。

 「ケチに用は無い。カネ払いのいいヤツとしか付き合わねえんだ、俺は」

 

 黒頭巾は慌てて引き留める。

 「ちょ、ちょっと。言葉のあやですってば、もう。ええと足守藩はここから北西に…」

 「知ってる。木下家二万五千石…いや寛政の転封で禄を減らしたんだったな」

 「ええ。九代・利徽としよしさまの代に奪われた禄は二万石を超え…藩はそれ以後、火の車」


 雅はフウとため息をついた。

 「ほら。やっぱり貧乏yじゃねえかお前さん。じゃあな」

 やはり立ち去ろうとする雅。

 再び足止めする黒頭巾。

 「気が短いお方だなあ。確かに藩財政は風前の灯火。ところがあるところにゃあるんです。カネも何もかも」

 「…よし、訊こうか」

 腕組みする雅。


 黒頭巾の男は語り始めた。

 当時の足守藩主は十一代、利愛としちか公。

 生まれついての病弱な彼に代わって政務を担うのは国家老の氏平善本うじひらよしもと

 「その氏平が諸悪の根源。穀物問屋上がりが養子縁組で藩士にり、あれよあれよと出世した傑物ですが」

 そもそも養子縁組も商人時代に蓄えた財で買ったものらしい。

 商人仲間は言うに及ばず、目付や御用人衆、博徒に至るまでカネをばら撒いて影響力を広げていると云う。

 「今じゃ藩はヤツの私物。青田買いで米相場を操り蓄財したうえ、高利貸しとガッチリ手を組んでる」

 庶民は餓死寸前、すっかり搾り取られて抗う気も起きないとか。

 

 「そりゃ泣きつく相手が違うぜ」

 雅は首を傾げた。

 「その手の無法にくさび入れようって話なら、然るべき処に『おおそれながら…』と訴え出るんだな」

 「雅さん、話をちゃんと聞いてました? 目付も買収されちまってるんですよ」

 「目付がダメなら…ほら。江戸の藩邸に駆け込んで…」

 「そういう試みもありました。しかし氏平は鼻が利くヤツでして…事前にすべて潰されてしまうのです」

 

 「ううむ」

 考え込む雅。

 「あんたの上役の御用人…ええと名前は…」

 「雲丘さま…」

 「そう、そいつは役に立たんのか?」

 「もちろん、雲丘さまは腐敗を食い止めようと躍起です。しかし…」


 雲丘は曲がったことが大嫌いなのだという。

 氏平を諫めたが突っ撥ねられ、業を煮やして上訴しようとしたところが逆にあらぬ嫌疑で蟄居ちっきょの身に。

 「氏平が上手うわてだったのです…」

 「で、お前さんが何とかしよう、と…見上げた忠臣だな」

 「いえ忠義心でなく、庶民の願いです。ヤツがいる限り足守藩は生き地獄」


挿絵(By みてみん)


 黒頭巾はぐっと頭を下げた。

 「お願いです、貴殿の腕であの氏平を…」

 とんでもない、という仕草の雅。

 「悪いが…人情だのまつりごとだのに興味ねえんだ。他のヤツに頼め」

 袖にすがる黒頭巾。

 「あんたじゃなきゃダメなんだ」

 「刺客なら他に幾らでも…」

 「いる。いや、いました。だが皆返り討ちに…氏平の用心棒は、あやかしなんです」


 動きを止めた雅。

 「妖?」

 「ええ。氏平は安芸の妖組あやかしぐみ頭領・山本五郎左衛門さんもとごろうざえもんに大枚はたいて腕の立つ人外を雇ったのです」

 

 黒頭巾をギロリと睨んだ雅。

 「で、俺なら妖を斬れる、と…?」

 答える目はかすかに笑みを湛えていた。

 「ええ、だって四年前には」

 雅の眉がピクリと動いた。

 声のトーンを上げた黒頭巾。

 「あんたは魔物に取り憑かれた師を斬った。無敵の剣士と言われた赤虎塾の塾長・田島鬼刀斎たじまきとうさいを。そんなあんたの腕が欲しい」


 「…何故、あの出来事を知っている?」


挿絵(By みてみん)


 雅の唇がわずかに震えている。

 「あれは、俺しか知らぬはず…あの一件で塾生は皆死に絶えた」

 

 「生き残りがいたんです。隠れて一部始終を見ていたとか…」

 「ほう…じゃあ今回の仕事はそいつに頼め。赤虎の出なら腕は立つ、俺が保証する」

 首を振る黒頭巾。

 「それは無理な相談だ…その生き残りって男は、氏平の腹心の御用人・因部照定いんべてるさだの息子でして」

 「氏平のカネに溺れたクチだと、そういうことか」

 「ええ」


 しばし無言の時。


 「どうです?」

 黒頭巾はおもむろに懐をまさぐって切り餅二個―ひとつ二十五両、ふたつで五十両―を取り出し、チラリと行灯に晒した。

 「これで引き受けちゃくれませんかね」

 ペッ、と唾を吐いた雅。

 「相手は人外だろ? 無理だ、この話は聞かなかったことに…」

 「まあ、待っておくんなさい」

 さらに二つの切り餅が出てきた。

 「こりゃあんたにしか出来ねえ仕事だ、雅さん」

 ずしりと重そうな四つの束をときどき横目に見ながらも、知らん顔を決め込んで口笛を吹いている雅。


 挿絵(By みてみん)

 

 「やれやれ」

 さらにもう一つ、小判の束。

 「これ以上は鼻血も出ねえですぜ。俺が自腹で田畑と家屋敷じゃ足りずにこの命を担保に借りた金子きんすの全て」


 「百五十…」

 雅は手を伸ばし、カネを受け取った。

 「あ、言っとくが…殺るのはカネのためじゃねえぞ、庶民のため。ああ、人助けだこれは」


 「ケッ」

 眉をひそめる黒頭巾。


 振り返ることもなく、雅は宵闇に消えていった。


 つづく

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