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雅~ジ・アサシン~  作者: 蝦夷漫筆
真実
31/33

伝説の妖

 足守藩家老・三垣賢亮みがきけんりょうの陣屋を守るオニの強さは圧倒的だった。

 しかし雅成まさなりは波動に開眼し一歩一歩、三垣に迫る。

 また他の暗殺人アサシンたちも連携攻撃でオニを攻略、蔵に幽閉されている囚われの人々の救出に向かった。


 島風の兆次ちょうじ、花蜘蛛の文治ぶんじ蟷螂かまきりしょう、石割の栄寛えいがんは地下通路を抜け、目的の蔵の秘密の部屋にたどり着いた。

 「ひでえな…」

 「血も涙も無え仕打ちだ…」

 「ちッ、嘆いてる暇は無えぜ、さあ急げ」

 「判ってる。さあ、自由にしてやるからな」

 しころで金具を断ち切り、捕らわれの人々を檻の外へ。

 「振り向かずに階段を駆け上がれ、すぐに追ってが来るぞ。外にでたら中庭を真っ直ぐ突っ切るんだッ」

 雪崩を打ったように蔵を飛び出す囚人たち。

 未だ恐怖が顔にこびりついたままの者も、満面の笑みを取り戻した者も、戸惑ってキョロキョロする者も、いずれも門を目指してひた走る。

 その先にある自由を求めて。


 「やったな」

 その様子を見た雅成が微笑みかけた、その時だった。

 「うッ、コレは…」

 激しい頭痛、何か身体全体を押さえつけるような圧力が迫ってくるのを感じた。

 「何かが来る。何かが…」

 どす黒い感覚が衝撃を増しながらどんどん近づいてくる。


 「逃げろッ、早く。早くっ」

 その影は、暗殺人たちのすぐ背後に迫り月の光を遮った。

 「ひっ、ひいッ」

 振り向いたのは栄寛だった。

 「な、なんだこのバケモノは…」

 身の丈、十尺(三メートル超)、特大のオニ。ザラついた肌は赤みを帯び、長い角の麓に黄味がかった目が妖しく光る。

 「ヤバイぞこいつは」

 ふさふさとなびく黒いヒゲの隙間から鋭い牙が剥き出しに。

 「ニンゲンごときが…」

 低くしゃがれた声が腹に響いた。

 「ウロチョロと…」

 

 ブゥン、と唸る音。逃げる間は無かった。

 「ぐあっ」

 大きな手が栄寛の頭をガッチリと、まるで鞠を掴むように。長い爪がぐいぐい食い込む。

 「あ、あが…」

 救出しようと踵を返した仲間たちの目の前。

 「ぐはッ」


 せせら笑う巨大なオニの手の中で、栄寛の頭部が原型を留めぬ程に砕き潰された。

 「グヒヒヒ」

 太い指の隙間から流れ出る生々しい血を、そのオニは長い舌でズルズルとすすった。


 「お、おのれええッ」

 逆上した兆次が剣を抜いて猛進、地面を強く蹴って飛び込んだ。

 巨大オニは太い腕を突き出した。

 「ゴミめ」

 その手刀が兆次の背骨をくの字にひん曲げた。

 「あぐっ」

 五臓六腑がぐちゃぐちゃに破裂するのが感じられた。

 「ぐはっ」

 大量の血を吐きながら倒れた兆次の痙攣が止まらない。

 ニヤニヤしながら近づいた巨大オニは、その首根っこをむんずと掴むと力任せに引っこ抜いた。


 「……」

 言葉が出ない。

 雅成はただ呆然とした。


 「はは。はははは」

 高笑いしたのは三垣。

 「俺の切り札、温羅ウラだ」


挿絵(By みてみん)


 「う、温羅だと?」


 温羅とは古代の伝説。おそらく現世に来訪した最初期のオニ族。

 ニンゲン族が支配する現世の侵略を試みたが、一族もろとも死滅したと信じられていた。


 「温羅の末裔がいたとは…」

 雅成の顔中から冷や汗が噴き出した。

 あやかしを斬ることには自信があったが、温羅となれば話は別だ。格が違いすぎる。


 「ああっ」

 今後は翔が掴まった。

 鎖鎌も歯が立たず、しこたま腹を蹴り飛ばされして七転八倒。

 「ちくしょう…」

 背後から飛びかかった文治だったが、まるで止まった蚊。為す術もなく足を握られて宙ぶらりん。

 「ひ、ひいいっ」

 顔を恐怖に引き攣らせたまま文治は地面に叩きつけられた。

 立ち上がる間もなく、温羅に踏み潰されてしまった。

 グシャッ、と鈍い音。節ばった巨大な足のゆびの隙間から真っ赤な血肉がはみ出している。


 「許さん…」

 意識朦朧のまま立ち上がった翔が鎌を振り上げた。

 しかし刃が振り下ろされるより前に、温羅の太く長い爪がその胸をえぐっていた。

 ポッカリ大穴の開いた翔の胸から噴水のように血飛沫が舞い上がった。

 「あ、う…」

 やがて青ざめた翔は、動かなくなった。


 三垣が勝ち誇ったように笑う。

 「はははは、仲間は虫けらみたいに死んだぞ。さあマサ、残ったのはお前一人。土下座して俺の草履を舐めたら許してやらないこともないが…いひひひ」


挿絵(By みてみん)


 雅成は小さく首を振った。

 「いや…」


 「なら死ね」

 三垣の号令とともに温羅が突進してきた。巨体がさらに大きく見える。天を衝く壁が迫ってくるように思えた。


 「俺も死ぬのか…?」

 あれほど強くて頼りになる仲間たちが、ほぼ何も出来ないまま惨殺されるのを間近に見た。

 膝が震えている。


 「怖いか?」

 

 怖いに決まってる。

 足が言うことを聞かない。前に出ようにも後退しようにも足元が凍りついたように動こうとしない。


 これが恐怖だ。田島と対峙したときに感じたものと同じ感覚。

 鼓動は強く速く、胸が痛いほど。

 「ダメかもな…」

 温羅の右手が振り下ろされる。長い爪が雅成の首筋に迫る。その風圧だけで吹き飛んでしまいそうだ。

 思わず目を閉じた雅成。

 「く、来る…」


 遠くから声がする。

 「感情に支配されるな…恐怖や憎悪がお前の身体を縛り付けている」

 また、いつもの声。

 (いや…いつもの声だけじゃない)


 「俺たちがいる」

 この声は…この聞き慣れた声たちは。

 「身体は滅びたが、魂はまだここにいるぜ、マサ」

 

 兆次が、文治が。翔も栄寛の声も聞こえる。

 「完全に滅びる前に俺たちの波動を、お前に託す…」

 

 雅成は全身がにわかに火照るのを感じた。

 (お前たち…)

 ぐっと拳を握る。

 (その波動、無駄にはせぬ)

 

 そして再び、いつもの声が。

 「そう、お前の一人の力は有限。だが森羅万象の波動から与えられる力は無限」

 

 恐怖という呪縛が失わせていた何かが、ドクンと音を立ててよみがえってきた。

 氷のように硬直していた四肢を、胸の奥に灯した火で融かしてゆく。

 希望は火種、糧は自信。勇気という風を吹き込み、体内に魂の炎を充満させてゆく。


 (だが決して力まず、柳の葉の如く…)


 迫る風圧を感じながら、それに乗る。

 温羅の攻撃はあまりに素早く、完全に避ける事はできない。

 だが師・幻之介に叩き込まれた波動の心得を思い出していた。

 

 「波動にはふしがある」


 防御の際、攻撃波動の腹ではなく節で受けることでダメージを最小限にとどめる極意。

 さらにもう一つ。

 「波動の独立性を利用せよ」

 波動が重ね合わさる時、立ち向かうのでなく乗ることで波をやり過ごす事ができる。


 「見える…」

 迫る温羅の腕が様々な色にマッピングされて見える。それはまさに波動の強弱。

 点々と連なる波の節にそっと防御の手を合わせ、逆らわずに足腰のバネでやり過ごす。


 「グアッッ」

 転がったのは温羅の方だった。

 「貴様…な、何をした?」

 戸惑いながらも、ますます顔面を紅潮させて温羅が突進してくる。

 「小細工なぞ」

 一直線、猛烈な勢いで鋭い角が迫ってくる。


 小さく息を吐いた雅成。

 「防御の極意」

 軽く腰を落として前屈みに。

 「その三、波動攻撃は臨界角で反射せよ。さらに極意の四、波動を干渉させるべし」

 

 近づいてくる温羅が放つ波動が周囲を歪ませている。風が生み出す大気の繊維構造が目に見える。

 波動の広がりと振幅、振動数を読み、体勢を整える。

 「来い…」

 素早く抜いた崇虎刀を僅かに傾けて下から上へ。いなすように捻りを加えながら温羅の角に合わせた。

 「ふぬっ」

 衝突の一瞬、体内に湧き出た波動を刀身に送り込んだ。


 「ググウッ」

 温羅の身体がフワッと舞い上がった。

 突進の力が波動の極意によって一部は干渉により消失、一部は温羅を投げ飛ばす力に変換された。


 「見切った」

 周囲の波動の歪み、その圧の薄い部分を通り抜けることで驚異的に素早く動くことが出来る。

 温羅が地面に叩きつけられる前に、雅成は攻撃を仕掛けた。


 「攻撃の極意。波動を共振、共鳴させよ」

 力めば動きは遅くなる。波動を湛えたまま、静かにそして最小の動きで標的を捉える。

 無駄に大きな波動でなくとも、相手の固有波動に合わせた波を打ち込めば、波の相互作用で衝撃は無限に大きくなり得る。


 崇虎刀の先をスッ、と進める。

 「ギャアッ」

 温羅が頭を抱えてのたうち回っている。雅成の目の前には切断された巨大な角が地面に突き刺さっている。

 切り裂かれた頭部の傷から鮮血が流れ出し、地面に敷かれた白雪の絨毯はみるみる紅く染まってゆく。


 「温羅よ。お主にもう勝ち目はない」

 トドメを刺すため、雅成が正面に立つ。

 「命乞い、無用…」


挿絵(By みてみん)


 真っ直ぐ振り上げた崇虎刀の切っ先が脈打つように光っていた。

 「死以外に贖罪は有り得ぬ」



 つづく

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