オニが来た
「暗殺人を欺いた罪、命で償ってもらう」
足守藩の実験を握るに至った男・三垣賢亮は虚言を操り雅成を利用した事実が判明した。
暗殺人を欺いた者は始末するのが掟。
頭上に粉雪が舞う。
やがて暗殺人仲間である島風の兆次、花蜘蛛の文治、蟷螂の翔、石割りの栄寛も合流。
「暴れてやろうじゃねえか」
分厚い扉を蹴破って陣屋に突入。雪化粧の庭園を突き進む。
「不審者どもを切り捨ていッ」
駆けつけた警護の侍たちが五人を取り囲んだ。
刀を振り上げ問答無用。雄叫びを上げながら斬りかかってくる。
「こりゃまたわざわざお出迎え、ご苦労さま」
顔を合わせて頷きあう五名の暗殺人。
雪夜に鮮やかに映し出される各々の妙技。
矢継ぎ早に繰り出される兆次の手裏剣、文治は苦無。
「雑魚に用はない」
必死の形相で立ち向かってくる警護の侍たちを見てため息をついた翔。
「愚かな者の下で無益に働く…哀れな連中だ」
投じた鎖分銅が彼らの足を絡め取る。
「むんッ」
庭の巨石を持ち上げたのは腕自慢の栄寛。
「ほれッ」
放り投げられた石はゴロゴロと転がって侍たちを擦り潰し、そのまま屋敷に衝突して壁に大穴を開けた。
「んっ」
雅がブルっと震えた。逆立つ毛髪が揺れている。
「来るぞ…ヤツらが。いつもながら嫌な感覚だ」
胃の中を掻き回されるような重い不快感。全身の肌をピリピリと刺激する痛み。
「妖だ」
気配が強まる。
「来たッ」
屋敷の壁に空いた穴から次々に飛び出す黒い影。頭から生えた角が威嚇するように天を向いている。
「オ、オニっ」
想像していたよりずっと大きい。
揺れる筋肉の隙間から真っ黒い妖気が噴き出し、彫刻のような太い腕がギラリと光る金棒を携えている。
生まれながらの憤怒を宿したような赤い瞳が暗殺人たちを睨みつけた。
「グルルル…」
野太い咆哮は地面まで揺さぶるようだ。
「来ましたか…雅さん。いつか来る、そう思ってましたよ
薄ら笑いを浮かべながら、三垣が姿を現した。
「こんな夜更けに群れるなんざ、まるで野良犬だ」
護衛のオニたちを従え、悠然と煙管をふかしている。
雅成が叫んだ。
「てめえこそ犬畜生以下じゃねえか。あんたは俺を騙して…」
言葉を遮る三垣。
「騙したなどと人聞きの悪い…ちゃんとカネは払ったぞ」
そして笑いだした。
「はは、ははは。そうか、そういうことか。もっと欲しいんだなカネが。ああそれなら…土下座して頼んでみろ、今すぐホラ。物乞いのように…」
雅成の眉が吊り上がる。
「ゼニカネじゃねえ。あんたの命で…」
ため息をつきながら首を振る三垣。
「イキがってんじゃねえよ、ガキのくせに」
パチンと指を鳴らすとオニたちが一斉に吠え、巨体を揺らして襲いかかってきた。
真っ先に飛び出したのは文治。
「デカいからって…態度もデカいヤツぁ大嫌いなんだ」
小柄な身体をさらに丸め、オニの胸元へ。
「ええいッ」
両手に嵌めた双鈎を突き出す。
「ん?」
オニは微動だにせぬまま、軽く胸筋を緊張させて跳ね返した。
雪と土埃を舞い上げながらゴロゴロ転がる文治。
「か、かすり傷も無えとは…」
頬を伝う冷や汗が一すじ、二すじ。
「デカさじゃ負けねえッ」
栄寛が胸を張って真正面から近づいた。
「む、むむッ」
だが背伸びしても頭一つ、向こうが大きい。
「確かにデカい、だが強さはどうだ?」
巨石をぐいと頭上まで持ち上げ、睨みつける。
オニはニヤリと笑って「さあ来てみろ」と人差し指をクイと曲げた。
「じゃあ行くぜ」
栄寛が腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張、続いて波のようにうねった。
宙を舞う巨石。
「どうだッ」
まともにオニの脳天を直撃。
「えっ…」
オニは「効かねえよ」とばかりに首を振りながらそこに立っていた。
「……」
砕けてバラバラになった石の破片を一つを手にとり、大きく腕を振って投げつけてきた。
「うっ」
栄寛の腹をえぐるように命中。反吐を吐き散らしながら吹っ飛んだ。
「ぐえッ。バケモノだ…」
「チッ、オニはバケモノに決まってんだろ。情けねえな、デカい図体しやがって。まあ見てな」
次に飛び出したのは翔。
「力に力で対抗しようなんざ不粋ってもんよ」
鎖鎌を素早く繰り出す。
「こちとら速さが身上…ん、あ。あれッ」
ところが巨体に似つかわしくないスピードで動き回るオニは、鎖鎌を見事キャッチ。
「うあっ」
鎖ごと強引に引っ張られて投げられた翔は頭を地面にしこたま打ち付ける羽目に。
「痛ッ…痛たた。なんだよ、デカいのに速いなんてズルいじゃないの」
「見た目に騙されるな」
兆治が走る。
「デカい、速い。そしたらこっちは知恵を使うっきゃ無え」
矢継ぎ早に撃ち込む手裏剣、その刃先には猛毒が塗り込めてある。
敵の動きを先読みして上下左右、手裏剣の弾幕を張る。
「よっしゃあッ」
オニの胸、腕、腹に次々手裏剣の尖端が突き刺さった。
「トドメだっ」
飛び込んだ兆治は、しかし目の色を変えた。
「なにッ」
ニヤリと笑ったオニは全身の筋肉に力を込め、突き刺さった手裏剣を一つ残らず跳ね飛ばした。
「マズイ」
飛び込む兆治に金棒のカウンター。胸板を強く打ち据えられ、身体を仰け反らせて転がった。
「オニ、とは…」
雅成がゴクリと唾を呑んだ。
「かくも強いものか」
ゆっくり抜いた崇虎刀。その青みを帯びた刀身の放つ光が薄く積もった雪を照らす。
「力でも速さでも敵わぬ、というのか…」
腰を下ろし剣先の狙いを定めると、口を真一文字に結んで飛び込んでいった。オニの懐まで一気。
「気で勝つのみ」
その勢いにオニが戸惑った一瞬の隙。
「やったぞ」
崇虎刀の切っ先が脇腹をとらえて食い込んだ。
分厚いオニの筋肉を切り裂き、さらに手に力を込める。
「えっ…あッ、何っ」
鋼鉄のように強靭な肋骨が刃の進行を止めた。腹筋の圧力でもはや刀身は抜き差しならない。
ふと見上げると、真っ赤に目を見開いたオニと目が合った。
「しまった」
振り上げた金棒が迫る。
思わず目を閉じた雅成。ふと、どこからか声がする。
(力むでない)
胸に直接響く声。
(全てのモノには固有の波がある。力を抜いてそれに合わせろ。空気、呼吸、そして自らをその波に乗せるのだ)
「また、この声か…」
もはや金棒が空気を震わせる唸りは耳元まで迫っている。
「ええいッ」
言われた通り、力を抜いて周りの空気や自身の鼓動、腕の筋肉の振動を一つに巻き込むように波長を合わせてみる。
「これか…」
小さな渦を見つけた。それは次第に大きく強くうねり出す。やがて刀の先にまで波動が到達し、オニの体内へ。
「これだ」
雅成の腕から灰色の煙のようなものが噴き出し、同時に刀全体が光った。
程なく石のように硬かったオニの肋骨は、溶けるように刃を受け入れた。
「あっ」
そのまましなやかに弧を描くように、刀身が振り切られた。
「グ、グ…」
目の前で真っ二つに切り裂かれて崩れ落ちるオニの、どす黒い血飛沫のシャワー。
「これが、波動か」
手が震えている。
余韻に浸る暇もなく、次のオニが眼前に。
「うっ」
油断していた。
迫りくる金棒を避けきれそうにない。
(風と一つになれ、剛には柔。柳の葉を斬ることは出来ぬ)
再び聞こえてきた声に従って空気の流れに身を任せてみる。
「ああ…」
近づく金棒はスローモーションになった。
空気を歪みがハッキリ見えた。
「見えるッ」
キーンと鳴り続く高周波と自身の鼓動、呼吸だけが静かに聞こえる世界。すべてがゆったりと、たおやかに流れている。
金棒の軌道から柔らかく身を逸らす。
「そこだ、そこ…」
目に飛び込んできたのは、かわされて半身になったオニの首筋の一点。
そこだけ視界の歪みが無く、焦点が定まっていた。
「もらった」
慌てることなく突き出した崇虎刀の切っ先。
「グヒャッ」
淡い光を放った刀身が描いた一文字。
「……」
目を剥いたまま、オニの首はボタリと地に落ちた。
振り返ると、雅成以外の四人の暗殺人たちも攻略法を見出していた。
「一人で敵わないなら二人、二人でダメなら三人。それでも無理なら…」
翔の鎖がオニの足を止めて栄寛が体当たり。文治の吹き矢がオニの目を潰し、急行した兆治が心臓をひと刺し。
「どうだいッ」
兆治が放つ手裏剣の援護射撃の中、文治がオニの脚の健を切り裂き、栄寛が背後から羽交い締め。仕上げに翔の鎌がオニの眉間に突き刺さる。
「仲間ってのはいいもんだ」
雅成は叫んだ。
「ここは俺に任せろ、みんなは蔵に急げ。地下室に囚えられている何百という人たちを解放してやってくれ」
「ああ、合点だいッ」
蔵へ走る四人を見届けると、雅成はオニを一匹また一匹と倒しながら三垣のもとへ。
「待ってろ、すぐいく」
つづく




