出陣、雪舞う夜
藩政と財を独占した三垣賢亮は邪魔者を排するために雅成を利用した。
「暗殺人の掟…三垣、死すべし」
夜半になり黒雲が月を隠し始めた。
向かうは陣屋。
「今回ばかりはこの俺も正直ビビるぜ…」
三垣が用心棒として飼っているオニの強さは、これまで雅成が戦ってきた妖怪たちとは強さのケタが違う。
しかも一匹や二匹じゃない。無数の人を食らうオニが相手だ。
「人を食らう、だと…?」
二度ほど身震い。頬を打つ師走の夜風の寒さか、恐怖か。
「俺なんか食っても美味くねえぞ…」
寂しげな夜の町に舞い始めた粉雪は、ひらひら踊る蝶のよう。
「いい演出じゃねえか。まさか死化粧しろって意味じゃあねえよな」
吐き出す白い息に混じって言葉が漏れる。
「所詮ひとは一人で生まれ、一人で死んでゆく」
四つ角を曲がると、立ち尽くす一つの影に気づいた。
「ん? 誰だッ」
男は徐に近寄ってくる。
「いや、一人は寂しすぎるじゃねえか」
手裏剣を掌の中で。クルクルと弄ぶように回している。
「だろ、マサ」
涼しげに笑う口元。
長く垂れた髪がフッと風に流れ、その顔を月が照らし出した。
「兆次、お前…」
「氏平の一件にゃ俺も絡んでたしな」
「やめとけ」
雅成は兆次の目を見た。
「今回はヤバすぎる。おそらく生きては帰れん…それに報酬は無え。一銭たりとも」
兆次は視線をそらさない。
「知ってるだろ、俺の性分…ヤバイ仕事ほどやりたくなっちまう、って。ああ、銭なんて要らん。俺とお前の仲だ」
二人はガッチリと手を合わせた。
「おいおい」
どこからか声がする。
「三文芝居やってんじゃねえよ、ご両人」
「ん?」
声の主は通りに面した屋敷の上。
「この寒空に男二人とは、全く粋じゃねえな」
見上げた雅成が叫んだ。
「文治っ」
「俺もご一緒させてもらう」
クルクルっと宙返りして着地、二人の前にすっくと立った文治。
「どっちかつうと俺はカネにガメついんだが…今回は特別だ、こんな面白そうな仕事を見過ごすわけにゃいかねえな」
小柄ながら目一杯胸を張る文治に雅成が尋ねる。
「いいのか? 死ぬぜ、今回は」
「へえ。あんたにしちゃ弱気じゃねえの。あんたらだけ楽しませるわけにゃいかねえ」
「懲りねえ野郎だ…」
三人は掲げた手をパチンと合わせた。
降り続く粉雪が薄っすらと白い絨毯を敷き詰めてゆく。
地を這う風に裾をはためかせながら進む三人。
「ぬっ」
にわかに軒の柱の陰から何かが飛んできた。
「何者っ」
咄嗟に兆次が投げた手裏剣と衝突、キーンと高周波を響かせ黄色い火花が散った。
「こいつは…」
地面に突き刺さったのは鋭い鎌の刃。雪あかりが鮮やかに映り込んでいる。
「腕は落ちちゃいねえようだ」
柱の陰からゆらりと姿を現した男。女物の丹前を着崩しフッと鬘をかき上げた。
「こんな寒空に、野郎が揃ってお出かけかい?」
三人は同時に声を発した。
「翔っ」
「絵になる雪夜だ。この蟷螂の翔も同行させてもらうぜ」
襟を正した翔の横、文治がニヤニヤしている。
「ほう、釣りに精出してるんじゃなかったのかい?」
「そうさ。でっかいオニを釣ろうと思って、な」
四人目を加えた一行は陣屋へ向かって足を速めた。
「さて」
正門の真ん前。見たところ周辺には警護はいないようだ。
「年越しの準備で人手不足ってか」
「今晩の出荷で忙しいんだろ。なにせ異国からも人買い船がわんさか来る」
「三垣って野郎は油断してるのさ、なんたってオニが守ってんだ」
門をこじ開けようとするが、巨大な閂が掛かっていてビクともしない。
「ふふ、こういうときのために…」
文治が羽織の裏に忍ばせていたシコロを取り出して門の隙間に刺し込んだ。
「さあ見てろ」
隙間から差し込んだ鋸刃で閂を断ち切ろうとするが一向に作業は進まない。
「む、やたら硬い」
手を変え品を変え、あれこれと苦心の四人組。
「な、なんだ?」
急に背後から大きな足音が近づいてきているのに気づいた。
「あ、あああっ」
粉雪を激しく舞い上げながら地面を蹴り上げる裸足はどんどんスピードを上げ、そのまま正門に体当たり。
「え、えっ」
閂はポッキリと二つに折れ、門が開いた。
「これくらいは、朝飯前ってやつだ」
得意げに振り返ったのは坊主頭の大男。
「がははは」
雅成たち四人は顔を見合わせた。
「栄観、お前も…」
「俺だけ仲間はずれは無えだろ?」
頷きながらも、翔がボヤいた。
「っかし、派手にやりやがって…せっかくこっそりやってたのに、台無しじゃねえか」
肩をすくめる栄観の背をポンと叩いた雅成。
「まあ、いいってことよ。どうせ見つかって派手にやりあう羽目になる」
「さあ、暴れようじゃねえの。俺たち暗殺人、一世一代のタダ働きだ」
四人は陣屋になだれ込んだ。
つづく




