秘密の蔵
雅成が一ヶ月ぶりに訪れた足守藩は新家老・三垣賢亮の為政下、益々厳しい生活を余儀なくされていた。
高騰する租税、滞納は厳禁で未払い者は拉致され異国に売り払われるという噂。自ら命を経つ者も少なくないと云う。
「俺が氏平を殺ったせいなのか…?」
一方、藩の上層部や大店は未曾有の贅沢暮らし。
その中心に座している三垣賢亮こそが、氏平殺しの依頼人「黒頭巾」だったと雅成は見抜いた。
「俺を騙して成り上がったとわけだ」
眼がギラリと光る。
「三垣の本性、暴いてやる」
近水園を抜けると屋敷の裏口に繋がる路地。
「前よりも蔵が増えてる」
次々に荷車が大小さまざまな荷物を持ち込んでくる。
「大した儲けっぷりだな。金塊が次々に…ご禁制の鉄砲まで。ん、ありゃなんだ?」
厳重に覆われた荷物の中からなにやらくぐもった声が聞こえてきた。
「ほう。人買いの噂も本当か」
「ちょいと、あの…」
突然背後から声が。雅成の総毛が逆だった。
(しまった)
運び込まれる荷のに気を取られて油断していたようだ。
(俺にしちゃドジ踏んだもんだ…)
そっと刀の柄に手を伸ばし、振り返る。
「何か用か?」
「あ…」
殺気立った雅成の表情に気後れした様子で、町奴風の中年男が引き攣った笑顔で立っていた。
「いや。あの…親分。親分、ですよね? 探してましたよ、仙蔵親分。さ、こっちです。さあ」
「ん?」
手を引かれるまま、一番東にある蔵へ案内された。
饒舌な中年男の話に耳を傾けつつ。
「いやはや。荷が遅れちまったもんで、親分が怒ってお帰りになっちまったんじゃねえかと心配しましたぜ」
「あ、ああ…遅かった。な。うん」
「まさか裏口にいらっしゃったとは。額の傷ですぐ仙蔵親分だとわかりましたがね」
「ん、傷…?」
「あ、こりゃ失礼。傷のこと気にしておいでですかね」
「これか…いや、いいんだ」
話を合わせる雅成。
「さて親分、早速ですが積み荷の確認を」
「ええと。確認…そうか。出荷先は確か…」
「備中・玉島の港でやんす。明日の夜半にゃ出荷の予定ですけ、早めに…」
「わかってる、わかってる。じゃあええと、まず確認を」
「へい、こちらに証文がありますんで、品物の状態と数を確認したらこちらに一筆願います」
手順を早口に並べながら、中年男は隠し階段の扉を開けさらに階下へ先導した。
「さ、こっちでやんす。どうぞ」
凍りつきそうな冷たい風が吹き上げる。
広大な地下室には幾つもの巨大な檻が並んでいた。
「こ、これは…」
思わず息を呑む。
それぞれの檻の中に全裸の人間たち。一つにつき二十人は下らない。
みな顔は恐怖に引き攣っていた。
「こんなにたくさんの…」
「へ?」
中年男が振り返った。
「ああ。ちょうどさっき因幡と萩からも品物が届きましたんでね、確かに明日の出荷数は多いほうですな」
「出荷…」
「ええ。ですから早く確認を。この檻は和蘭行き二十五名すべて女。次の檻は江戸行き男二十ニ名。えっと確認いいです? その次が露西亜向け男七名に女二十一、その次が…」
これだけの人間が明日の夜には船便で売られてゆく。
「ひでえな…」
幼女が詰め込まれた檻もあった。泣きつかれて涙も枯れたのだろうか、彼女たちはみなグッタリしていた。
「さあて」
中年男は愛想よく帳簿を開いてみせた。
「ご覧の通り、出荷の檻が十三。ええと目方は書かれた通りで間違いありません、さっき測ったばかりですから」
「あ、ああ」
「そこにお名前を…」
誤魔化すように速記で「せんぞう」と記した雅成。
「明日の出荷は十三…てことは、半分以上がここに残るのか?」
「あ、ああ。いや、ええと」
バツが悪そうに中年男が答えた。
「仙蔵親分は勿論上客に間違いございませんが…私どもには他のお客様もございまして…長崎やら上方、時には半島からも…」
「なるほどな」
ふと目をやると、奥にの檻には肥満の男女が放り込まれていた。
「ありゃ何だ?」
飼い葉桶に入った大量の食料を無心に貪っている。
「あいつらは飯付きか?」
中年男は眉をひそめて耳打ちした。
「ありゃ…エサですよ」
「見りゃわかる。芋と水、あとは雑穀」
「いやいやそうじゃねえ。あの太っちょたち自身がエサなんですよ。だからああやってしこたま食わされてる」
「あの者たちが、エサ…?」
「オニのエサですよ、ああ考えただけで震えがるほど恐ろしい…この屋敷にゃオニが飼われてるんです」
「オニ…」
再び息を呑む雅成を中年男が横目で見る。
「そりゃ驚きますわな、だがホントですぜ。先代も妖を用心棒にしてたって訊きますが、それでも殺られたってんで三垣さまは一層用心なされて…」
「それで…オニを飼ってるっていうのか」
頷く中年男。
「他でもない仙蔵親分だからお教えしましたがね、言うまでもなく他言無用、もし知れたらあんたもあっしもオニのエサだ…くわばらくわばら」
雅成は足早に陣屋を後にした。
「ん?」
屋敷の正門の前では、やけに目つきの鋭い男。爪を噛みながら苛ついた様子で何かを待っているようだった。
その額には傷跡が見えた。
◆ ◆ ◆ ◆
「三垣は死に値する」
雅成は眉を吊り上げた。
「だが、オニがヤツを守ってるとなると…こっちも命懸けだな」
つづく




