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雅~ジ・アサシン~  作者: 蝦夷漫筆
ルーツ
24/33

血塗れの再会

 瀬戸内の鴻島こうじま雅也まさなりは伝説の刀鍛冶・敷衍ふえんに会い、崇虎刀すうとらとうを手に入れた。

 「これが、魔剣か…」


 備前・日生の漁港に帰りついた彼が向かったのは幻之介の元では無かった。

 「すまねえ…だが俺は一刻も早く、あいつを殺らなきゃならねえんだ」


 備中・矢掛宿。町は異様な空気に包まれていた。

 「昨夜も出たぞッ。例のヤツだ」

 「またか…赤虎塾に棲み付いた魔物がッ」

 「罪無き人を生きたまま喰らってたそうだ」

 「調査に出向いた役人も既に何人も殺られてる…もう誰も助けちゃくれねえ、町を逃げ出すより他にないのか」


 雅也は噂を耳にすると、ぐっと眉をひそめた。

 「魔物…間違いねえ。田島、だ」


 田島「鬼刀斎きとうさい」勝雅、無二の暗殺剣である無双瑞天流むそうずいてんりゅうの達人。

 異国を渡り歩き究極の暗殺術を完成させ、道場・赤虎塾を構えた彼はまた、孤児だった雅也の父親代わりでもあった。


 「オヤジ…」

 ぐっと目を閉じて深く息を吐く。

 「悪いが、死んでもらう」

 あやかしに魂を乗っ取られ、今や女子供まで惨殺する魔物と化した田島を斬ることこそ己の役目、そう決意していた。



 もはや誰も寄り付かなくなった道場。

 かつては精神と肉体の鍛錬のため多くの門下生が汗を流し、笑いあった場所。

 しかし今や、周囲にからす蝙蝠こうもりが飛び交い、鼻をつまみたくなるような異臭に包まれている。

 「重い…この気配」

 黒い霧のようなものが覆っている。近づくほどに圧し掛かる重圧感。

 「妖気、とはこういうものか」


 朽ちかけの扉を開け、中へ。

 「狂ってる」

 土間にはバラバラの遺骸が散乱していた。これらが誰だったのか、否、人間だったかどうかも判別できない。


 「グウッ…」

 血糊がべっとりと貼り付いて黒く変色した障子の向こうから唸り声が聞こえた。

 「ケッ、ケケケ…」

 時々思い出したような醒めた笑い声。


 「ヤツだ」

 鼓動高鳴る雅也は、数度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 「さあ」


 パッ、と障子を開け放ったのと同時に降り注ぐ妖気に息が詰まる。

 「ううっ」

 歯を食いしばって乗り込んだ道場、その一番奥。

 かつて赤虎塾の訓とされた「殺即生」の大きな書の真下に、黒ずんだ空気に包まれた男がうつむいていた。

 「オヤジ…」

 雅也の声に振り返ったその男は、しゃがみこんだまま、女の死骸の内蔵を引きずり出しては貪っていた。

 黒紫色に変色し鱗のように逆立つ荒れた皮膚の奥、真っ赤な目が光っている。

 「いや、もうオヤジじゃねえ」

 すっかり妖に取り憑かれた田島。かつて父と慕った師の変わり果てた姿。


 挿絵(By みてみん)



 「グウゥ…」

 じっと雅也を睨みながら立ち上がり、身体中の筋肉をピクピクと震わせながら田島が手にした剣は「破鬼丸はきまる

 幾多の暗殺に用いた自慢の名刀は、邪気を封じるという願いからその名が付けられたはずだったが己が邪気に魅入られようとは。


 「マサ…マサナリ」

 声も別人のようだ。太くしゃがれた金属的な響きに、ぞっと総毛立つ。

 破鬼丸の刀身は、多くの人々の血を吸って赤黒く染まっている。

 「オマエモ、オレノ、肉ニナレ…」

 じりじりと近づいてくる摺り足。その作法は以前と変わらぬ無双瑞天流。まさに獲物を捕えようと忍び寄る獣のそれだ。


 「来る…」

 破れた障子の隙間から差し込む月光が一瞬照らし出した田島の顔。

 毛穴から黒い煙を噴き出し、鋭い牙を血に染めて突き出していた。

 赤い目が薄っすらと歪んだ笑みを浮かべている。


 「グウアッッ」

 飛びかかってきた。

 「速いっ」

 しかも、異様な圧力を伴っている。

 「これが妖の力なのかッ」

 瑞天流の技は熟知しているはず、しかし予想以上に田島の剣は速く、重くなっていた。

 崇虎刀を抜いて応戦するが、破鬼丸の矢継ぎ早の突きに次第に追いつかなくなってきた。

 「ウヒヒヒッ」

 これが「気」というものか、迫る圧迫感に魂が縮みあがる。

 

 「まずいッ」

 押し寄せる恐怖に思わず剣を持つ手が力んだ瞬間。

 「ヒヒッ」

 脇腹に出来た間隙を田島は見逃さなかった。空気を切り裂くように噴煙を上げながら迫る田島の一刀が雅也に直撃した。

 「ぐああっ」

 重い衝撃、続いて電磁波のような何かが体内で暴れる。

 「なにっ」

 しかし幸いにも、腰に差した崇虎刀の鞘が田島の剣先を食い止めていた。

 黒い波動が作る空間の歪みが、眩い光で相殺されてゆく。

 崇虎刀を収める鞘を裏打ちする幻鋼げんのはがねが、雅也の身体が真っ二つにされるのを防いでくれた。


 「グウ…グワアッ」

 田島は攻撃の手を緩めない。

 血に染まった唇を舌なめずりしながら、笑いとも怒りともつかぬ目を見開き突進してくる。


 挿絵(By みてみん)



 肩で息する雅也。痛いほどに強く早くなる鼓動。

 「ハア、ハア…」

 怒りか、恐怖か、手足のコントロールが乱れ始めているのに自身も気付いていた。

 だが休む間はない。田島はかさにかかって攻め立ててくる。

 「ちくしょう…」

 奥歯をぐっと噛み締めた雅也。全身にうっすら黒いオーラが立ち上った。

 「こうなりゃヤケだ、とにかく突進して道連れにでも…」

 眉間に皺を寄せたその瞬間、ふと心に直接響く声が聞こえた。


 「お前は負の感情に心を委ねようとしている。それでは田島の二の舞、暗黒の波動に乗っ取られてしまうぞ…」


 「誰だっ」

 見回しても、目の前の田島以外には誰もいない。



 またしても聞こえる、落ち着き払った声。

 「闇の力で闇を打ち負かしたところで、闇が残るのみ。恐怖、怒り、憎しみが倍増してゆくだけのこと…」

 

 「じゃあ、一体俺はどうすれば…?」

 

 「心を解き放て。そして周囲の声を聞け。風の、水の、草の、そして刀の発する声を」


 「そんなバカなこと…」

 しかし迫り来る田島の猛攻にもはや為す術はない。

 「だが、そんなのにすがるより他に手は無えな…」


 思い切って飛び退き、距離を置く。

 「声…周囲の、声」

 態勢を立て直し、ゆっくり深呼吸。

 正眼に構えた崇虎刀はまるで脈打っているかのようだった。鍔から峰そして切っ先へと青白い光が流れ、手元に戻ってくる。

 またしても低い声が聞こえてきた。

 「すべては生きている。波動を同調し、その力を己がものにせよ…」


 田島が追ってきた。赤く光る破鬼丸が掲げられると、周囲がざわつくのを感じた。風が渦を巻き、足元からは煮えたような黒煙。

 「うっ」

 周囲が歪んで見え始めた。

 小刻みに振動する雅也の手。心臓に冷水を注がれたように全身に震えが広がってゆく。

 「恐怖…俺は田島ヤツが怖い、のか…」

 同調するように、崇虎刀の光も弱まり不規則になった。


 姿の見えぬ声が雅也を叱咤する。

 「闇に呑まれるな。闇の隙間に入り込んで光を照らせ」

 

 「ちっ、誰だか知らねえが…ん、この声どっかで聞いたことがあるような…」

 目の前には田島が真っ黒い闇のオーラをまとって迫ってきている。

 「ええいっ」


 目を閉じた雅也。

 「あれが、あれが闇…」

 見える、否、感じる。

 底の見えない暗闇が渦を巻いてにじり寄ってきている。

 同時に、手元に小さな光がドクドクと脈打っていた。

 「崇虎刀…あの闇を斬れ、と。お前はそう言っているのか?」

 その光はやがて強く大きくなり、迫る闇を正面から照らしはじめた。


 「見える、見えるぞ…」

 渦巻く暗黒の所々にわずかなほころび。

 「あれか、あれを斬るのかッ」

 何かに弾かれたように、雅也は突進していた。目を閉じたまま、猛然と。

 「ええいっ」

 まるで光に押されるように、闇の中にその身を押し込むように。


 「グアアッ」

 しゃがれた悲鳴に目を開けると、破鬼丸は空を切っていた。潜り込んでいた雅也が突き出した崇虎刀の切っ先が田島の肩を貫いている。

 「やった…やったぞ」


 「ギアウウッ」

 田島の髪が一気に逆立った。同時に強い風圧を伴って暗黒のオーラが渦巻きながら立ち上りはじめた。

 「負けんぞッ」

 雅也がぐっと刀を握りこんだ、その時。

 「あッ」

 崇虎刀の光の波が干渉し、一瞬だけ暗黒の渦がスッと小さくなった。


 「今しかないッ」


 前傾姿勢、多い被さるように雅也は袈裟に斬り込んだ。

 「バケモノめ、くたばれッ」

 田島の左肩口から鎖骨、そのまま下へと食い込む崇虎刀。真っ黒い血が噴水のように噴き上げる。

 生臭い匂いが立ち込める中、雅也の顔をじっと見つめ返す田島は微笑みを浮かべていた。


 「あっ、えっ…」


 急に穏やかな顔になった田島。

 「マサ…我が息子よ」

 「あ、ああっ…」

 刀を持つ手が緩む。目の前の男はすでに魔物ではなく、師であり父親であるかつての顔に戻っていた。


 「オヤジっ」

 「ふふ、ふふふ…お前に斬られて、本望だ、あぐっ…」

 ピクピクと痙攣する口元、田島は涙を浮かべていた。

 「俺は道を誤った…強さを求めるばかりに、心が闇の侵入を許してしまったんだ…」


 目を見開いて雅也は叫んだ。

 「オヤジいっ、何があろうとあんたは俺の親父だ。さあ、まだ間に合う。そおの闇から抜け出してもう一度やり直そう、さあ」

 身体は冷たくなりかけていた。だがその微笑は幼い頃にみたままの、優しい父親のそれだった。

 「なあマサ。お前は自慢の息子だ…」

 この手に抱かれ、この胸で泣いた。この肩に乗って遠い景色を見た。

 潤んだ田島の瞳の中に、少年時代の自分が映っているように思えた。


 「父さん…」

 「マサ。その顔を、俺の息子の顔を、よく見せてくれ…」

 「ああ、俺は間違いなくあんたの息子だよ」

 ゆっくりと顔を近づけた。



 「グヒヒヒっ」

 その瞬間、田島の顔に狂気が戻った。大きな口を開けて牙を剥く。

 「ひいっ」

 凍りつくような寒気、立てなくなるほどの強い重力波。

 「うあ、うあああ」

 朦朧とする中、目の前で田島が剣を振り上げているのが見えた。


 「シネっ」

 太い声に続いて激しい痛みが額を貫いた。視界があっというまに赤く染まった。

 「死ぬのか、俺は」

 ほんの一瞬の間に、拾われてから今までの記憶の数々が浮かんでは消え、流れていった。

 田島が繰り出した剣先が頭蓋骨にまで食い込んでいるのが判る。


 「いや、生きる」

 雅也は叫んだ。

 にわかに生まれたつむじ風を伴って崇虎刀が青白く光った。

 まるで指し示すかのように、目の前に一筋の光の道が見えた。

 「俺は生きる」

 その光に沿って、まっすぐに刀身を振った。一厘のブレさえ許さず、髪の毛ほどの細い光をなぞる。

 静かに、しかし力強く真一文字に、剣は振られた。


 「生きるッ」

 闇に閉ざされた視界は、ゆっくりと晴れ上がった。


 「グ、ググ…」

 撥ね跳んだ田島の首が、クルクルと回りながら宙を舞い、やがてボトリと床に落ちた。

 「ァゥ…ァ…」

 声にならない声を発しつつ数回、口をパクパクさせたその首は狂気を目に宿したまま固まって動かなくなった。


  挿絵(By みてみん)



 「……」

 無言のままの雅也。


 鮮血噴き出す自身の額を手拭いで押さえ、一礼。

 ゆっくりとその場を立ち去った。



第二部、終。

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