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雅~ジ・アサシン~  作者: 蝦夷漫筆
暗殺人、雅
15/33

群がる妖怪たち

 標的は足守藩国家老。剣士・まさら五名の暗殺人アサシン近水園おみずえんに乗り込んだ。

 迫り来る妖怪たちをなぎ倒しながら、彼らは本殿に辿り着いた。


 「ここからが本番だ」


 警護の厳重な正面を避けて塀を乗り越え、東に面した裏口へ。

 「この錠を何とかしねえと…」

 「それなら」

 ポンと胸を叩いた兆次ちょうじ、腰に下げた道具袋から小さな針金ピックを取り出し木戸に張り付いた。

 「まかせとけ」

 南京錠の鍵穴に一本を差し込んで捻りながら、もう一本の針金を挿し入れてカタカタと揺らす。

 「ほうら」

 見事に解錠。

 しかし、乗り込んだ五名の目の前に大きな木戸がもう一つ。


 「チッ、扉が二重とは…用心深いヤツだな、氏平うじひらって男は」

 ぶつぶつ言いながら再び錠前に取り付いた兆次。

 「む、むむむ…」

 しかめっ面。

 「こいつは厄介だ、丸釘多方向の最新式だ…」

 「む、無理か?」

 「誰に向かって言ってやがる? 俺の節用集じしょに不可能の文字は無え」

 今度はシコロ=小型の両刃鋸を取り出した。


 「こいつの切れ味を見ろってんだ」

 あっという間に木戸に穴が。

 「入った入った」

 兆次に続いて雅、しょう文治ぶんじ。そして巨体の栄寛えいがん

 「ん、んんん…」

 どうやら穴が小さい。

 「ふんんっっっ」

 ひと叫び、栄寛は木戸そのものを壊してしまった。


 「あ、あのな…」

 唖然とする兆次。

 「最初っからお前さんに頼みゃよかったぜ…」



 屋敷内に足を踏み入れた五名。

 思ったより静か。かすかに遠くで呼子の音。

 蝋燭もすっかり消えた暗闇の廊下を進む。

 「見取り図によれば、この廊下を進んで突き当たったら右。五間進んでまた右。大きな柱を左に折れて真っ直ぐ、三つ目の部屋に標的マトが」

 「了解。しかし真っ暗だ…」

 「慌てるな、何が待ち構えてるかわからん」


 言うなり眼前に動く影。

 「来たっ」

 ふわり舞う羽毛が微かな月明かりに照らされた。その奥で赤眼がギラリ。

 「天狗だっ」

 すかさず兆次が手裏剣を放ったが、相手は夜目が利く。そして素早い。

 「一匹だけじゃねえ」

 無数の赤眼が暗闇に散らばって不規則に動いている。


 不意にヒュン、と鋭い音。

 反射的に身を反らす。だが頬にピリリと突き刺す痛み。痺れが尾を引く。

 「これは…」

 次々に何か飛んでくる。

 「天狗の飛び道具…毒の羽毛だッ」

 漏れ入る月光を縫うように、きりもみしながら次々飛んでくる。

 文治がサッと布を広げて幕を張って仲間を守る。

 「毒を受けたらひとたまりもない。ひとまず退散…」


 「ちっ。面倒くせえっ」

 栄寛は廊下に面した部屋の襖に手を掛け、えいやっ、と外した。

 「行くぜえッ」

 大きな襖を抱えて盾にしながら、天狗の群れへとまっしぐら。

 毒矢は次々飛んでくる。青ざめた仲間たち。

 「死ぬ気かっ、栄寛」

 戸板で隠し切れない巨体、そのあちこちに毒矢が突き刺さってゆく。

 「逃げろ、逃げろってば」


 「この程度の毒…」

 栄寛はせせら笑っていた。

 「山暮らしじゃもっと強い毒を食らって生き延びてきたんだ、俺は」

 ひるまず突進してくる巨体に慌てだしたのは天狗たちの方。

 「ク…クアッ?」


 栄寛は戸板を抱えたままスピードを増す。

 一本道の狭い廊下、天狗たちは後退しはじめた。

 「うひひひ、逃がさねえ」

 勢いを緩めず天狗の群れにぶちかまし。そのまま突き当たりまで駆け抜けた。

 「ク、クグブウッ」

 壁と戸板に挟まれた天狗たちは、青緑色の体液を激しくぶちまけことごとく圧死した。


 「妖怪はあいつの方じゃねえのか…」

 唖然とする仲間たち。

 何食わぬ顔で栄寛。

 「さ、先を急ごうぜ」

 

 挿絵(By みてみん)



 

 奥へ進む一行。

 「あの角を曲がって…」

 俊足の文治が先頭をゆく。


 「ぬあっ」

 足元の板がガタンと外れ落ち足場を失った文治、一瞬に顔が青ざめた。

 「お、落ちるっ」

 下は深い落とし穴。底には無数の刃が上を向いてギラリ。

 「ひっ」

 空中で手足をジタバタ、片手の指を向こう岸に何とか引っ掛けた。

 「うっ」

 しかし、見上げるとそこには天狗たちが立っていた。

 「いひひ…この指、切り落としてやる」


 臍を噛む仲間たち。落とし穴は飛び越えるには大きすぎる。

 「文治っ」


 「ちくしょうッ」

 文治は、あざ笑う天狗たちをキッと睨み上げた。

 「あばよ」

 手を離し、落とし穴へ。

 「あ、あああ…」

 悲鳴がこだまする。少し間を置いてガタンと底の方から激しい音。


 「ぶ、文治っ」

 思わず仲間たちも、天狗たちも落とし穴を覗き込んだ。

 「まさか…」


 「ま、こういうのを商売に生きてきたってわけで」

 目いっぱい伸ばした曲芸用の竹筒、その一端は落とし穴の底に突き立てられ、もう一端の上に片脚でバランスをとりながら悠然と立つ文治。

 ニヤリと笑って再び天狗を睨む。

 「反撃、開始っ」

 竹筒のしなりを利用し高く飛び上がると、天狗たちの頭上を越えて宙返り。背後に回り込んだ。

 「クアアッ」

 呆気にとられる天狗たちを足を払って転げさせた。

 「今度こそ、ホントにあばよ」

 まとめて蹴飛ばして落とし穴へ。

 「クア…グブッ、グヘエッ」

 天狗たちの悲鳴のコーラス、底でこだまする輪唱が彼らの葬送曲となった。



挿絵(By みてみん)



 「さ、お前らも早く来い。標的はこっちだ」

 落とし穴の向こう岸で文治が手招きする。

 「ちょっと待て、俺たちゃお前さんみてえな軽業師じゃねえんだよ」


 「飛び越えるにゃちょっと距離が…ん、アッ、おいっ」

 腕組みして考え込む雅を抱き上げたのは栄寛。

 「これで解決だ」

 渾身の力で向こう岸へ投げ飛ばした。

 「ひいっ」

 顔を強張らせながらも、雅は着地に見事成功。

 「なるほど…」

 そして次々に仲間が飛んでくる。翔、そして兆次。


 「ところで…」

 雅が尋ねた。

 「お前自身はどうするんだ?」

 「あっ」

 口をぽっかり空けて頭を傾げる栄寛。

 「ええと…」

 背後からは新手の天狗たちが迫ってくる。

 「早く、ほら早く何とかしねえと…」


 栄寛は微笑みながら頷いた。

 「これだ」

 しゃがみこんで、力任せに床板を引きちぎって持ち上げた。

 「ほう、随分いい木を使ってるな」

 磨き上げられた大きな楓の無垢材、一枚板を落とし穴に橋掛けた。

 「ええいっ」

 綱渡りよろしく板の上を走って仲間のもとへ。

 「ん…なんだ、この音は」

 足元からバリバリという音。

 「あれ、あれれ」

 どんどん板はたわんでゆく。

 「あわ…」

 板は真っ二つ。血相を変えた栄寛。

 「落ちるうっ」


 「重いな、お前さん」

 咄嗟に翔が投じた鎖が栄寛の胴体にぐるぐると巻きついた。

 「それにしても…重すぎだ」

 翔一人では支えきれそうにない。このままでは二人とも落とし穴に吸い込まれそう。

 「手伝うぜっ」

 雅が翔の体にしがみついて引っ張る。しかしまだ引きずり込まれる。

 「二人でも無理か」

 今度は兆次が雅に組み付いて引っ張る。さらに文治が兆次にしがみついて…。

 「よいしょ、よいしょ」


 「ん、こんなお伽話、あったな」

 「大きなかぶってやつだ。だが話と違って助っ人になる犬もいなけりゃネコも、ネズミもいねえぞ」

 「本気出すか…」

 兆次は足袋に仕込んだスパイクを床板に食い込ませた。

 「まだ?」

 「まだだってば」

 さらに腕に力を込める。

 「どう?」

 「まだ」

 ぐいと刃を食いしばった雅。

 「ふぬううっ」

 全身から黒いオーラが噴き出した。膨張する全身の筋肉。

 「す、すげえっ」

 「よし、ようしっ」

 「いいぞ」

 「あと一息…」


 「やったっ」

 穴から這い出した栄寛がペコリと頭を下げる。

 「面目ない」


 「安心するのはまだ早えっての」

 追っ手が近づいてきた。

 天狗たちは羽根を広げて難なく落とし穴を飛び越えてやってくる。

 「どんどん来やがる」

 「こりゃキリが無え」

 「構ってるヒマはない、先を急ぐぞ」

 走る五名の暗殺人。

 だが天狗たちは追ってくる。距離が詰まる。

 兆次は呟いた。

 「しつこいやつは嫌いなんだ」

 懐から取り出したのは大量の巻き菱。後ろに向かって一斉にばら撒いた。

 「クアッ、クウッ」

 「悪いな、毒が塗ってある」

 思わず巻き菱を踏みつけた天狗たちはバタバタと倒れ折り重なって、狭い廊下を堰き止めた。

 「もう追っ手は来ねえ」


 挿絵(By みてみん)

 


 「いよいよだ…」

 標的、氏平善本うじひらよしもとの部屋が見えた。

 だがその扉の前には巨体をゆらす妖怪たちが待ち構えていた。

 「な、なんだあいつら」

 「ありゃ猩々(しょうじょう)、猿の妖怪だ。それにしてもデカい…栄寛より二まわりは大きいぜ。もとは長州あたりに棲んでるはずだが…」

 「氏平が用心棒に、と連れて来たんだろ」

 猩々たちは威嚇するように低く唸りながらゆっくりと近づいてくる。

 「説明してる場合じゃねえな」

 「ああ、厄介だぜこいつら。力も強きゃ動きも早い。おまけに賢いときたもんだ」

 雅は呟きながらジリジリと後ずさり。


 「サル野郎め…」

 涼しい顔でスッと前に出たのは翔。

 いかり肩で毛むくじゃらの猩々たちに囲まれて、細面の翔はますます貧弱に見える。

 「デカいからって威圧的になるってのは、ちと醜いぜ」


 「お、おいッ。翔っ」

 「一人じゃいくらなんでも」

 冷や汗を垂らしながらも仲間たちが助っ人に飛び込もうとした時だった。


 「あらよッ」

 電光石火。

 袖から飛び出た鎖鎌はシュルシュルと空気を切り裂きながら飛び、防御ガードされる暇も与えずに猩々の首を跳ねた。

 あまりに速く鋭利ゆえ、残った胴体は立ち尽くしたまま。しばし間を置いて血飛沫が噴き出す始末。

 「まだまだ」

 巧みに手元で鎖を操り、もう一匹、また一匹。猩々たちは何が起こったか判らないうちに断首されてゆく。

 「ほら最後」

 見ている仲間たちも鎌の軌道を追いきれない。素早く、自在。

 暴れに暴れた鎌が翔の手元に戻ってきた。

 「邪魔だよ、寝な」

 ドン、と床を踏みつけると、林立する首なし猩々たちは思い出したようにバタリと倒れた。

 ふう、とため息。にっこり笑う翔。

 「さあ、行こう」


挿絵(By みてみん)


 一同は口をポカンと空けたまま。

 「あいつ…あんなに強かったっけ」

 「初めて見た…」

 「敵にしたくねえ」

 

 雅は、ゆっくりと扉を開けた。


 「来ましたか…」

 部屋の奥から声がする。


 「思ったより遅かったですね。雅さん」


 つづく

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