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証人のタイムライン  作者: ゆらぎからす
1.「改変」
3/21

1-2

 


 ――― 2 ―――



 TiNaTOA日本支局庁舎の地下、最下層エリア。

 その最下階に、各時代への時間航行を行なうターミナルゲート。

 ターミナルゲートの直上階に、航行者との通信や移動情報処理を並列時間で行なう第一管制センター、非並列時間での管制を行なう第二管制センター。

 その更に直上階に、特に機密度の高い案件に対応した、『特別会議室』があった。

 紫苑が入室した時、数十メートル四方の会議室に、総勢約200人のエージェントは半分程揃っていた。

 彼女の後にも途切れることなく入室者がある。

 上層部らしき面々は既に、壇上の席に並んでいた。

 全てのエージェントが揃ったのを確認して、壇上の右端に座っていた初老の男が口を開いた。

「そろそろ始めてもよろしいですか? 問題なければ、今回の案件に関する会議を開始します」

「その前に、『顔合わせ』だろう」

 中央右手に座っていた、岩山を思わせる屈強な体型の男が口を挟む。

「情報部部長の大橋だ。情報部所属TMP……私が分かるか?」

 左端の長身の老人がエージェント達を見渡して、挨拶と共に問いを発した。

「はい」

 聴講席の複数の隊員から声を揃えて返事がある。

 続いて、その右隣の幾分若い、と言っても40前後位の中背の男が尋ねる。

「調査部部長、安田です。調査部所属TMP、僕が分かりますか?」

「はい」

 更に彼の右隣の、50代くらいの無精ひげの男が口を開いた。

「対策部部長、岩倉だ。対策部所属エージェント隊員、私が分かるかね?」

「……いいえ」

 複数の隊員が声を揃えて、自分の直属の上司を『知らない』と断言した。

 対策部部長はそれに怒る様子も不審がる様子も見せず、ただため息をついてうつむくだけだった。

 まるで、そういう返事も予想していたかの様に。

「対処部部長、後藤。対処部エージェント……俺が分かるか?」

「はい」

 先程口を挟んだ岩山みたいな中年男。

 対策部に所属する紫苑の良く知る顔だった。彼女も声を合わせて返事する。

「日本支局長の渡辺だ。時間航行監視任務、遂行要員諸君、私が分かるかね?」

「――いいえ」

 室内の全エージェントが声を揃えて、機構のトップを『知らない』と言う。

 誰一人顔色を変える事はない。

 当の支局長は、視線も外さず、エージェント達を見据え続けていた。

「議長を務めさせていただきます、組織案件専任室長の石川です。TMP隊員の皆さん、私が分かりますか?」

「いいえ」

「――残るのは、三人なんだね」

 壇上最後の人物が質問した後に、支局長が静かに口を開いた。

「……エージェント諸君も帰還後、機構や社会の状況に知っているものと違う点が見られ、戸惑う事もあったかと思う」

 会議室は静まり返っている。

 白髪を後ろに撫で付けた初老の支局長は、少し視線を落とし呼吸を置いた後、再び顔を上げて言葉を続けた。

「私には何の恐れも不安もない。諸君によって歴史が正された時、諸君の知る支局長がこの日本支局を正しく運営し、時空を超えて存在するこの機構が変わらず歴史を守り続けるであろう事を、私は確信している。諸君には心おきなく諸君の任務を果たして頂きたい」

 支局長が話し終えると、調査部長と情報部長が起立し、中央の演台に並び立つ。

「それでは最初に案件の概要を説明する。作戦については対策部長と対処部長からあるだろう。詳細はガイダンス後、各担当へ問い合わせよ」

 情報部長がそう言うと、続いて調査部長が原稿を読み上げ始めた。

「ではまず、いつ、どこで、何が起きたのかから。西暦1945年の8月前半。太平洋戦争末期。日本国内数か所。まず、8月6日、広島へ原子爆弾を投下する為に飛行中の米軍爆撃機B29が、山口県上空で地対空ミサイルにて撃墜された」

 この時点で、会場内が少しざわめき始めた。

 ここに来るまで、敢えて事態を説明されていない者も多かった。

 さすがの彼らにも、この発表の衝撃は大き過ぎるものだったのだろう。私語をたしなめる声は皆無だった。

 バイザーを装着しているエージェント達一人一人の目の前に、映像が浮かび上がる。

 TiNaTOA調査部が撮影したらしき、B29撃墜の瞬間だった。

 青空の中、200年以上前の大型爆撃機が飛行している。機首には「ENOLA GAY」と文字だけのノーズアート。

 日本人の多くが写真で知っている、広島への原爆投下を行なった米軍重爆撃機、B29「エノラ・ゲイ」だ。

 ほぼ一瞬だったが、はっきりと見えた。

 横から白煙の尾を引きB29へ吸い込まれる様に迫り爆発する、この時代には存在しない筈のミサイルが。

 会議室内のざわめきはピークに達する。

 B29は、三度に渡って爆炎と破片をまき散らしながら失速し、落下しようとしている――映像はそこで終了していた。

 ミサイルの弾道は、明らかに複合誘導システムを採用していた。

 そして、この時点でのB29の飛行高度は3万フィート(9キロ以上)と表示されていた。

 これが携帯型の地対空ミサイルだとすれば、間違いなく21世紀末に開発された、第8世代だという事になる。

 撃ち落とされた爆撃機と撃ち落としたミサイルとの間には、150年以上の時間の溝があった。

 エージェント隊員の何人かは、食い入るようにその映像を凝視している。

「8月9日に長崎へ向かったB29も、熊本県上空で撃墜。その他、広島の代替として8月8日に新潟へ向かった機、8月12日に再度長崎に向かった機、8月15日に北九州市へ向かった機、8月18日に京都へ向かった機、これらが悉く撃墜され、日本への原子爆弾投下は一度もないまま、本来の歴史より一週間以上遅れて、1945年8月24日に、太平洋戦争は日本のポツダム宣言受諾によって終結した」

 情報部長が続いて自分の原稿を読み上げる。

「その後の歴史上の影響について、手短に説明する。第二次大戦後、朝鮮戦争にて世界初の核攻撃があった。半島内で5発投下され、百万人以上の直接の死者を出し、後遺症による死者と重症患者は三千万人に達した。半島の南北分断は起こらず、米国主導で1956年に統一国家の朝鮮半島民主連邦が建国された。その後ソビエト連邦崩壊による冷戦終結までに15カ国の紛争に核兵器が使用され、数億人以上の死者が確認されている。21世紀に入っても、中東やロシアで数度使用されたが、世界的な核廃絶の動きがあり、アメリカ、イスラエル、中国、パキスタンの4カ国を除いて21世紀中に全ての国が核兵器を廃棄した――その他、間接的な歴史改変も多数確認されているが、割愛させて頂く」

「2162年10月18日の管制に、常駐エージェント同士の情報の食い違いが発見された旨、第一報が入り、20日に大規模歴史改変の発生を断定。急遽、作戦本部が設立され、招集命令が発布された。そしてお前らはここにいる」

 情報部長が原稿を置いても、会議室内のざわめきは止まらない。

 再び、調査部長が原稿を揃えて口を開く。

「それでは、何者がこの改変を行なったのか。調査結果を発表する――『歴史の再デザイン』を主張する国際的な時間干渉組織、『OUR RELOADED EDEN』、略称『ORE』である可能性が極めて高いと、我々は結論付けた。諸君の今回の案件における役割は、全時間軸に於いて極めて重大なものとなるだろう。OREは24世紀の中国を拠点とする『真実連合』と並んで、時間航行技術を独自に有する可能性が高く、過去へ少なからぬ構成員を送り込んでいる二大勢力となるが、この時代、22世紀の、日本、マレーシア、台湾、カナダ、欧州を拠点とする組織だからだ」

 『OUR RELOADED EDEN』

 この22世紀所属のエージェント隊員にとっては耳慣れた名前に、顔を見合わせる者もいた。

 時間犯罪者の個人及び組織に対しては、同じ時代の時間航行管理機関が担当するのが原則となっていた。

 故に、22世紀のTiNaTOAは、OREとの小競り合いなら数多く経験している。

 とは言え、OREの企ては小規模なものばかりだった。

 歴史上の会議や会談の妨害、あるいは起きていた妨害の阻止、小さな事件の発生や消去、個人の暗殺や逆に起きていた暗殺の阻止などに留まるものであり――小さな動きでも、その歴史に与える影響も小さいとは限らないが――その全てが今まで『未然に』潰されている。

 OREがここまで武器や人員を投入して大規模な行動に出たのは、少なくとも『22世紀半ばの彼らにとっては』初めての事だった。

「我々だけでなく、他の時代……22世紀半ば以降から23世紀、24世紀と未来の機構からの協力通達も届いた。『全時代特例』が適用され、過去への告知と協力体制が存在する唯一のケース、24世紀初頭に頻発する、機構と『真実連合』との交戦状態に近いレベルと判断されているのだ。それらの未来のエージェントが、連絡員などの形で、我々への各種支援を行なうだろう」

「情報部は引き続き、太平洋戦争期におけるOREの活動形態について、現地内偵を継続する。これ程の規模の活動には、現地での作戦拠点が必ず存在する。去年ヨーロッパで消失した骨董品の銃火器の大半は、OREの直接犯ではない様だが、ブラックマーケットを通してOREに渡り、過去へ持ち込まれたものと推測される」

 情報部長と調査部長が報告を終えて席に戻ると、入れ替わりに対策部長と対処部長が演壇に立つ。

「OREの今回の行動は、かつてない程迅速かつ正確だった。諸君の知る広島と長崎の核攻撃だけではなく、その失敗によって発生した『本来存在しなかった投下作戦』の数々までも、改変確認時には全て『失敗に終わって』いた。2つの投下だけではなく、日本に原子爆弾が投下されたという歴史そのものを、彼らは抹消し尽くしたのだ」

 対策部長は手元の書類は見ずに、話し始める。

 彼が言葉を切ったタイミングで、後藤対処部長がドスの利いた大きな声で続けた。

「それだけ、あちらは腹括ってんだ。工作員何人か送ってってレベルじゃねえ……逆に言えばな、チャンスなんだぜ。今まで得体の知れねえままだった、組織の中心が尻尾を出すかもしれねえのさ」

「当然、リスクも大きく伴う。機構はリソース上限を超えて改変を潰せず、発足以来初の敗北を喫するというリスクだ……その意味は分かるな? 我々は時間犯罪によって作られた歴史を受け入れなければならなくなるという事だ」

「正しい歴史の為だけに、加盟国政府が無限に金や資源出してくれる訳じゃねえからな」

「時代を超えた多層的な連携が必要となる。実行要員や指揮要員を何人か捕まえても、奴らの設備や作戦を叩いても、次の瞬間にはその歴史が塗り替えられる。我々は更にその歴史を塗り替えなければならない。今までも体験して来た事だが、今回はそのいたちごっこの回数も、かつてないものとなるだろう……推定難易度は『S+』とする」

「心配ねえよ。100年分もやってやれば、奴らだって間違いなく音を上げるんだからよ……おう、なんだ路辺」

 エージェント隊員にとっては全く笑えない冗談の後に、話を進めようとした後藤は、その手を止めて聴講席の方へ顔を向ける。

 視線の先には、唐突に手を上げた紫苑の姿があった。

「質問は話の後って言ってただろうが。聞いてねえのか?」

「分かっています。だけど、オペレーションの前に聞いておきたい事です」

「はあん?」

 顔をしかめて後藤は紫苑をねめつける。

 人一倍大きい肩幅と頭、岩を無造作に彫った様な顔でやられるとかなりの迫力だ。

 しかし、紫苑は表情も変えず彼を見続けている。

 しばらく無言のまま互いにそうしていたが、先に後藤が沈黙を破った。

「何だ、さっさと言え」

「今回の案件から入る、エージェントの新人(・・)はいますか?」

「ふん、お前らしい質問だ。いねえよ、安心しろ」

「ありがとうございます」

「次からはその質問も後にしろ。破ったらケツバットだかんな。じゃあ、オペレーションの要点だ」

 後藤が片手を上げると同時に、エージェント達のバイザーに複数の資料ファイルが表示される。

「対処部は1945年7月後半から8月前半の日本国内各都市に配置し、逐次情報を収集、状況の把握に努め、人員や武器の移動ルートと集積地割り出しを目指す。対策部は前後十年の時間軸で同エリアに配置、更にその前後100年の中国山脈の時間移動痕跡を検査にて、同目的を目指す。更に調査部・情報部が各自のプランで対策部・対処部への支援体制を取る」

 紫苑のバイザーにも、後藤の声に合わせて各部門の隊員の地図上、そして時間軸上の配置が、多層的なグラフィックとなって映し出された。

「OREの移送ルート、または活動拠点を押えたら、一つ一つに可能な限りの人員で集結し、これを過去も未来も叩き潰す。その次のフェーズで、組織から孤立した一発目の……8月6日の実行犯を無力化し、連中の企て全てを根絶やしにする」

「ここで各部合意の各隊員行動要項を確認させて頂きます」

 後藤が言葉を切った時、壇上端で初老の案件専任室長が手元のレジュメを読み上げる。

「情報部・調査部は、従来通り確保前の敵勢力への干渉を避け、観測に徹する事。対策部は可能な限り、敵勢力への干渉を対処部に任せる事。対策部は現地のダミー企業に集結し、班行動を基本とするが、対処部は各自、連絡員との接触、合流解散の繰り返しが基本となる」

「拠点壊滅後には奴らの跳躍能力はない。時間跳躍ナビゲーションを含めて、連中の時空間通信は、現地の拠点機器で中継しないと駄目な旧システムだからな。実行犯の追撃は、うちの路辺の仕切りで大丈夫だろ。どうだ?」

「後藤部長、最近それ多くないですか? 確かに路辺隊員は技能も高く、キャリアも長く、またエージェントの中でも特殊な……」

「わかりません。エージェントの任務に『大丈夫』と言い切れる事なんてない」

 対策部部長の苦言を遮るタイミングで、紫苑が後藤の問いに答えた。

「どこにも『大丈夫』なものがないんだったら引き受けとけよ。俺の考えたベストフォーメーションだ。これに文句があんなら代案出せや」

 口を開くエージェントは一人もいなかった。

 後藤の外見のイメージやがさつな口調とは裏腹に、彼が作る行動プランは、緻密に思考の張り巡らされた、何十手までも先を読むものだと知られている。

「確かに、最近何のケースで考えても、お前がかち込むパターンになっちまうってのは問題有りまくりだがな。対処部はそんなにタマが揃ってねえのかよって思われちまう。全員もっと気合い入れろや」

「オペレーション遂行にあたって、1945年8月6日8時16分の前後に情報部よりローテーション体制で広島市郊外に観測班が配置され、オペレーション終了まで“歴史の変化”を監視し、変化の推移を逐一周知する。総員、特に対処部はリアルタイムの状況を見極めて柔軟に行動パターンを変える事」

 対策部部長の言葉に、個人差はあれどエージェント隊員達の顔に暗い色が浮かぶ。

 広島の街が、あの日のあの時間を平和に迎える事は、彼らにとっての『異常事態』なのだ。

 誰もが知っている、8月6日の広島に起きた事こそが、彼らの取り戻すべき『正常な歴史』だ。

 しかし、彼らが今まで考えた事がない筈もなかった。

 暗い色を浮かべながらも、彼らはその瞬間、真摯な表情で前を、あるいは手元の一点を凝視する。

 その中で、紫苑は何の表情を浮かべる事もなく、ただ目を閉じていた。



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