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3-6

 ――― 6 ―――




 紫苑が横へ飛ぶのと同時に、けたたましい銃声が連続した。

 屋根の頂きの反対へ転がり伏せた紫苑の眼前を、鉄片が弾け飛んで通り過ぎて行く。

 鼻を焦げた匂いが苛む。


 ぱぱぱぱぱぱっ

 ばしばしばしばしばし


 無音銃(レールガン)ではないし、熱線銃(ブラスター)でもない。

 通常の機関銃、それも21世紀前半かそれ以前の時代――この時代の日本軍の銃でもおかしくない、古さを感じさせる音だった。

 顔を上げた先に、昼間も見た少年がいた。

 彼は膝をついて、黒く長い機関銃を構えていた。

 あの時の様に、白い歯を剥き出しにしてニヤニヤ笑っている。

「誰なの? ロッテの部下?」

 質問する紫苑に、横からの機銃音が応えた。

 空中に出現し、サブマシンガンを紫苑に向けながら、後ろへ跳ねる金髪のゴスロリ少女。

 二重に重なる連射音。

 紫苑は屋根を滑り落ちて弾幕を回避しながら、ロッテの方へ銃口を向ける。

「こっちと遊んでくれんか、姉ちゃん!」

 少年が楽しそうに言いながら、銃撃を一旦止め銃口を移動する。

 紫苑は立ち上がると、ロッテに銃口を向けたまま少年の方へ駆け出していた。

 少年が再装填を終え、銃口が再度火を噴く前に片付けるつもりだった。

 予想通り20世紀の銃らしかったが、見た所、威力と精度は無音銃よりずっと高い。

 眼前まで来た時、少年の姿は消えていた。

 両横で紫苑を挟んで出現していた、少年とロッテ。

 紫苑は、その直後に屋根を蹴って、下の地面へと飛び降りていた。

 その先に待ち構えていた少年へ無音銃を放ちながら、工場前の車道を駆けて行く。

 着地場所と駆けた先を見て、紫苑は自分がここへ誘い込まれたのを知る。

 海軍工廠の敷地の中でも丘に面した外れの、広大な保管庫横空き地。

 空襲警報の最中でも、ここを通行する者の姿は皆無だった。

 ましてこんな状況なら、ここで機銃の音が響いても気付かないだろう程に。

 もう一度、ガチャリと金属音がして、少年は空き地奥の窪みから紫苑を狙い撃つ。

「ほらほらどしたんなら。見せてみんかい、『近過去弾』の姉ちゃん! あんビシビシ消えしゅばばばばって食らわす奴じゃ!」

 少年の声が銃声にも負けない程に響く。

 見た所、彼は自分で跳躍せず、ロッテの動きに依存している様子だった。

 その動きにも複雑な技量はない。

 しかし、基本を確実に修め、目的達成の意思を強く感じさせるものだった。

『敵を倒す』という目的の意思を。

 紫苑は腰までの高さの草が群生していた、空き地の中央で身を伏せる。

 無音銃を断続的に撃ち返しながら、再度通信を試みた。

 場所を変えても、腰の小さな円筒(モジュール)の動きは変わらない。

 バイザーの画面の異常にも変化は見られなかった。

「『カイロス』より『ブーストラップ』、潜入偵察終了、帰投中に敵勢力と遭遇。勢力、推定2。内1『レッドキャンディ』。機関銃所持。『カイロス』より『ブーストラップ』、通信を――」

「応答せよ、管制。『インプローシブ』で排除する。連続跳躍を――」

「あ、ごめーん。紫苑ちゃん限定で、もう通信できないんだ。教えんの忘れてたねえっ」

 ロッテが、申し訳なさそうに紫苑へ呼びかけ、少年の隣へと現れた。

「しおんちゃんの周り、最新機種対応で重力子(グラビティ)ジャム張っといたから。跳躍ももう出来ないよっ」

 少年も撃つのを中止し、銃口を紫苑のいる草むらへ向けたまま静止する。


「モリヤくんも挑発しないの。しおんちゃん、本気出せば強いんだからね。キミ程度じゃまだまだ」

「何言うとるかいね。あん動き、もう少しで見切れそうじゃったんじゃ――いっそ、妨害解除せんか?」

「もう。しおんちゃんに勝つのが君の目的(・・・・)じゃないでしょ」

「そげえ言うてものう」

 モリヤと呼ばれた少年は、尚もぶつぶつ言い続けている。

 彼を置いて、ロッテは紫苑に言った。

「しおんちゃんもいい加減、それ取りなよ。面白いけど飽きたし、せっかくの美しいお顔が見にくい」

「最初から分かって、泳がせてたって事なの」

「勿論っ。ロッテには、しおんちゃんの事なら全部分かるんだから。アカツキくんだってそう言ってたでしょう」

 明るい声でロッテが言う。

 彼女の声の呑気さとは別に、周囲の気配は緊迫度が増えていた。

 次々と増えて行く、違法時間航行者出現の赤枠表示。

 20名以上に増えたORE第4工作局のコマンドに、彼女一人が何重にも包囲されていた。

 観念して光学迷彩シートを脱ぎ、フェイスマスクを外した時、紫苑はある事に気付く。

 ロッテの隣に立つ少年に、違法時間航行者の表示がない。

 先程の戦闘時も、跳躍の瞬間の赤枠は出ていた。

 しかし、OREの認識信号は彼からは一度も出ていなかった。

「さて、ゆっくりお話しできる様になったから、改めて紹介するねー。こちらはモリヤトオルくん。機構の皆さんとしおんちゃんの、お探しの人なんだよ」

「じゃとよ。わしはわれなんぞに用はなかったんがの」

「探し……つまり、そいつがB29撃墜の実行犯……だっていうの」

「大・正・解! 今日のしおんちゃんは冴えてるみたいだから、もう一つプレゼント。モリヤくんの特別な所、もう一つ教えちゃうね」

 今や姿を見せて紫苑へ銃口を向けている、第4工作局のメンバーが顔を見合わせた。

 目配せ合いながら、一人の男が、通信を始める。

 上官のイシガキへ確認を取っている様だ――『ロッテにこれ以上喋らせても良いのか』を。

「まずねえ、紫苑ちゃん、自分のバイザーでログを良く見直してみてね」

 紫苑はバイザーの交戦記録を表示させる。

 モリヤ出現のシグナル……しかし、その文字表示は本当は。

「――『資材』認証? 馬鹿な!?」

「ふふ、OREの設備が、技術の遅れた模倣品ばかりだと思ったら大間違いだよ。必要に応じて、機構が必要としなかった、機構の考えなかった発明を色々して来たんだから」

 ロッテは、モリヤの腰の辺りから時間航行モジュールっぽい、だけど機構やORE工作員が使っている物よりも少し大きめの機械を取り外して顔の前に掲げた。

「これがその一つ。単独で送られた貨物転送用のモジュールを、どうにかこうにかで人間用にカスタマイズしたの。これを使えば、未来から来た人と(・・・・・・・・)同じ様に(・・・・)、管制とリンクして短軸跳躍も、他の時間域との通信も出来る様になる」

 紫苑はロッテの見せた機械を凝視していた。

 『現地時代での貨物転送用』として単独で送られたモジュールは、現地での専用機器による制御が必要だった。

 それらは、独立した跳躍通信機能を持っていない。

 時間航行者の身体、所持品や衣服の様に、跳躍させる対象とワンセットで現代から『切り取られ』、時間を越えて射出されて来たものではないからだ。

 そういったモジュールを、装着した者が誰でもその場で、跳躍や時空間通信に使用出来るなんて話は聞いた事がない。

 そして、今、ロッテはもっと重大な事を言った。

 『未来から来た人と同じ様に」――誰が?

 紫苑の気付いた、気付きかけた事が分かっているとでも言いたげに、ロッテはクスクス笑いながら話を続けた。

「そんなのが必要になる人ってどんな人? まずモジュール壊されちゃった人を救出した時。機構は連行用モジュールなんてのがあるみたいだけど。そして――もう一つ、考えられるよね?」

「お前……お前ら……まさか……」

 紫苑の声は震えていた。

 最早疑う余地はない、ロッテの、OREの手を出した行為は――

「OREの楽園を求める者は、OREの協力者は、歴史に偏在する」

「……まさか、お前らの歴史改変にこの時代の人間を巻き込んだのか!? この時代の人間に時間航行訓練をさせたのか!」

 顔を上げた紫苑の目の前で、草が音を立てて弾け飛んだ。

 銃口を構えたままのモリヤが、突然彼女へと発砲したのだ。

「さっきからガタガタうっさいのう。われら未来人っていっつもこうなんかい」

「モリヤくん、今私がしおんちゃんとお話してるんだから……」

「知らんわ。そいつもわれも、未来人同士の決め事なんぞわしに関係ない。わしらは今を生きとるんじゃ」

 モリヤは機銃を構えたまま、紫苑、ロッテ、誰にともなく言葉を放つ。

「見たけえの、未来の広島の写真を、絵を。アメ公がわしの街で、広島で外道な真似しくさるのを、わしゃ許さんのじゃ。わしゃ、広島の街を……学校の友達や、家族を、父ちゃんを……母ちゃんを……妹を、外道どもから守るんじゃ」

 紫苑はモリヤの言葉に、ますます表情を強張らせる。

 目を大きく見開いて、呼吸を詰めて。

「未来の警察じゃろうが何じゃろうが、邪魔する奴はアメ公と一緒じゃ。撃ちてしやまむ、撃滅するのみじゃ」

「モリヤくん、本当は真面目だもんねー。軍事教練と変わらんって、未来の技術も、時間跳躍方法も、この時代の人と思えない位スルスル覚えて行っちゃうし。本当に真面目。私やしおんちゃんなんかとは大違いなの」

「何じゃ、やっぱり未来人は不真面目なんか?」

「不真面目だよっ、そこにいるしおんちゃんもね……ねえ、しおんちゃんも分かるよねえ?」

「何が…だ……」

 喉から出たのは、押し潰した様な掠れた声。

 突きつけられた銃口は、すぐそばまで紫苑に迫っていたが、彼女には抵抗する気配もなかった。

「歴史の流れを変える、変わった歴史を元に戻すって事は、そこにいない人がいる、いる人がいなくなるって事。私達はそれも覚悟の上だけど……しおんちゃん、正しい歴史の為にどれだけ消し(・・)ちゃった? どれだけの人達と世界が、しおんちゃんの任務で消えちゃったのかな? そして今度もまた、消しちゃうんでしょう? 間違った歴史の間違った人達を」

 紫苑は目を大きく開いたまま、その表情からすべての感情が消えた。

 まるで眼だけ見開いた、死体の様な顔だった。

「それがモリヤくんにあって私たちにない真面目さなんだよ……モリヤくんにとっては、自分のいる世界と周りの人達が唯一で、何を置いても大事なんだよ。理想の歴史も正しい歴史も関係ないの。そこがいいんだな」

「ふん、よう分からんの。何やら、あっちの姉ちゃんにはやたら効いたげじゃが」

「えー、しおんちゃんは平気だよねえ?」

 呆れた様な声で言うモリヤに、ロッテはとても楽しそうに手をパタパタ振って、澄んだ声で答えた。

「だってしおんちゃんは……一番最初の任務でまず、『自分を消しちゃった』んだもんねっ」


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