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3-4

 ――― 4 ―――




 左右ともジジイかよと文句を言いながら、アカツキは両脇を固められて連行されて行った。

 それを無表情で見送る紫苑に、何人か安堵の息をつく。

 さっきのやり取りで、いつ彼女が彼に殴りかかってもおかしくなかった。

 彼らにはそう見えていた。

 他にも数人の工作員と面会したが、実行グループについて情報を持っていそうな者には出会えなかった。

 これは、彼らの取り調べを担当した調査部所属エージェントの作成したファイルから、あらかじめ分かっていた事でもあった。

「奴は、ロッテがあんたの為に選んだと言っている……あんたこそ、何か心当たりがあるんじゃないのか?」

 そう尋ねて来るエージェントは、次に紫苑も聴取席に座らせたがっている様に見えた。

 彼の質問に無言で首を横に振り、早々に部屋を退出した紫苑。

 廊下に出たと同時に、眼前でメッセージ着信表示が点滅する。

 空中のそれに触れると、さっき管制に送った『今夜の潜入行動の申請』についての返事が届いていた。

 ――『12モンキーズ』班長『ゴインズ』に詳細を送ってある。彼と相談して検討せよ。

 その返答形式も内容も、今朝の潜入を申請した時とはかなり違っている。

 不審に思いつつも、橋爪に音声通信を送る。

 予想通りだったが、彼からは却下の返事が返って来た。

「夜は休め。それも単独行動要員の任務のうちだろ?」


「今日は何日?」

 防府市に戻り、駅前の外れにぽつんと建つ商店へ紫苑が足を運んだ時、日は沈み始めていた。

 昨日の午後、紫苑が使っていた時には無人だったそこには、今は『住人』が揃っている。

 ここを宿泊所として、商店の一家と常連客を装っている十人近くのエージェント達がたむろする中、袴姿の橋爪がいた。

 紫苑はつかつかと橋爪へ近付き、開口一番、そう聞き返していた。

「あんたの言いたい事は分かるよ……確かに、タイムリミットまであと二日半しかねえ」

 橋爪は紫苑の視線を見返しながら、溜息混じりに答え直す。

「ただでさえタイトに組んであるスケジュールで、今日まで大きな進展を何も出せないでいる。私達には時間がないのよ」

「だけど、それを何であんたが心配するんだ? んなもん、後藤のオヤジが考えれば良い事になっている。万が一の時は仕切り直せばいいって、最初にも言われただろう?」

 橋爪は肩をすくめながら、紫苑に聞き返した。

「幸いにして、あのオヤジはどっち(・・・)にもいたからな。復旧段階で向こうの上司が変わっちまう調査部なんかと比べれば、全然マシ――」

「睡眠は圧縮剤で十分に取る。問題はない」

 橋爪の言葉を遮り、彼の袖を握りながら紫苑は訴える様に言った。

「……圧縮剤だけ(・・)には見えねえけどな」

 顔をしかめながら、橋爪は溜息混じりで呟く。

 言いながらも、目の前の空中を右手でタップして申請書類を準備していた。

「許可出し、やってくれるの?」

「首を縦に振らないと、ややこしい事になりそうだからな。たった今、後藤のオヤジからも返事来た……邪魔にならない範囲で、思った通りにやらせてやってくれとよ」

 左手で袖を掴んだ彼女の腕を叩き、手を離させる。

「何て面だ……俺はあんたが馬鹿だともいかれてるとも思わないけど、それでもどこか病んでるよ」

 欲しい玩具を買って貰おうとしているみたいな顔をしていた紫苑を、橋爪は怯える様にも、痛みをこらえる様にも見える顔で見下ろす。

「機構だって、後藤部長だって、あんたに甘いのは使い潰すつもりだからなんだよ。あんたは一回マジで立ち止まった方がいい」




「休んでどうするの? 休んだら何かいい事があるの?」

「さあ?」

 気が付いたら薄暗い中、目の前の声に答えていた。

 ラジオから歌が聞こえる。

 子供の声で軍歌の様なものを歌っている。

 歌はふいに途切れて、固い声のアナウンサーが空襲警報を読み上げ始めた。

『……敵、B-29の偵団、18時過ぎに讃岐に到達し、北上し備中方面に向かうと思われます……』

「急がなくちゃね。急いで任務をクリアし、正しい歴史を取り戻さなくちゃ」

 声がまた紫苑に呼びかける。

 小さな畳の部屋に小さな木の机が一つだけ。

 折りたたまれた布団。

 天井からつり下がった電球。木の枠のガラス窓に貼られたテープ。

 紫苑の目の前には誰もいない。

「うん、私は急がないと」

 紫苑は声に答えた。

 答えながら手もとの粒をまた口へと運ぶ。

 白やピンクの錠剤と、緑色のカプセル。

 明らかに一回の服用量じゃないそれらをざらざらと喉の奥へ流し込み、呑み込み切れなかった分を奥歯で噛み砕く。

『勝ち抜く我ら少国民、天皇陛下の御為に――』

 再び子供たちの歌声。

 ラジオじゃなく外から聞こえるサイレン。

 窓の外はまだ白く光っているが、部屋の隅は黒く沈んでいる。

 紫苑の目の前にいる小さな女の子は、とても見覚えがあった。

『花束を英霊室に供えたら、次は君らだ分かったか――』

『編隊6機、瀬戸内海上を東へ――』

「急いでどうするの?」

「急いで、手遅れにならない内に、私が歴史を――」

「そうだよ。でも、間違った歴史を直すのなら」

 幼い声は、紫苑に尋ねる。

 遠い昔の、写真さえ残っていない彼女自身の笑顔で。

「どうして自分が死なないの?」

 紫苑は答えず、更に握った錠剤を口に押し込む。

「さっさと死んじゃいなよ。あなたが消えた分だけ、歴史は正しくなるんだよ」

 暗い部屋には誰も(・・)いない。

 紫苑は後ろにあった桶を引き寄せ、その中に嘔吐する。

 ようやく自分が短時間の仮眠を取る為、ユウジさんとコトコさんの家に戻って来て、自分にあてがわれた一室で睡眠圧縮剤と――いつもの薬を掻き込んでいたという事を思い出した。

『やがて大空飛び越えて、敵の本土の空高く――』

「紫苑さん!」

 どたどたという足音が響き、襖を開けてコトコさんが顔を覗かせた。

 紫苑は桶から顔を離し、のろのろと彼女を見上げる。

 今日は彼女の後ろにユウジさんもいた。

 夫婦――まだ夫婦役でしかないが――揃って、心配を隠さない顔。

 今日戻って来た時、ユウジさんに声を掛けられていた事もようやく思い出す。

「今夜また出動ですか……かなり忙しくなられた様ですが、状況が厳しいのでしょうか?」

「大丈夫です」

 確か、そんなやり取りをしていたと思う。

 取り憑かれた様に部屋に転がり込む直前に。

「お見苦しい所ですみません……桶は自分で洗いますので。新しいのが欲しい場合は、こちらの(・・・・)機構で用意します」 一息ついた後に掠れた声で二人を見返して返答する。

「心配はいりません。いつもの事ですから」

「ですが……」

 当然ながら納得した様子もなく、更に何か言おうとしたコトコさんを、ユウジさんが止める。

「もし、何か容体の思わしくない事あれば、一声おかけ下さい」

 彼は紫苑に一言そう伝えると、コトコさんを促しながら退き、襖を閉める。

 言葉からも、家を出たのではなさそうだが、急に気配が感じられなくなった。




 夜22時過ぎ、いつの間にか眠っていた紫苑はサイレンの音で目覚める。

 予定より一時間早かったが、一人で家を出る。

 コトコさんやユウジさんがいるのかいないのか分からなかったが、気配はなかった。

 紫苑はバイザーを消したまま、町外れの指定ポイントまで向かう。

 モンペに頭巾姿の女性や子供、老人まで、通りを大勢往復し始めた。

 そのせいで、彼女が夜道で目立つ事はなかった。


 鐘紡工場の社宅が並ぶ一画の近く、広い更地の隅では黒い小型車が待機していた。

「今回は、僕が送る事になった――そんな露骨に嫌そうな顔しないでほしい」

 紫苑の視線に、車の傍らに立った鴨川は肩をすくめながら言う。

「随分焦ってる様だが、大活躍じゃないか」

 彼を無視したまま車に乗り込もうとする紫苑に、続けて声をかける鴨川。

「さすが期待されてるだけある。いい動きだったと思うよ。多少のイレギュラーは仕方がないさ……あちらもレアキャラ出現となればね」

「全部、お見通しって事?」

 ドアを開けた紫苑は、不機嫌そうな声で聞き返す。

「それも仕方ない。僕にとってはこれも歴史(・・)だ」

 しばらく紫苑に無言で睨まれ続け、鴨川は苦笑する。

「そんなに気に入らないかい? 言いたい事があるならはっきりと言ってほしいな」

「……髪が解けた。私じゃ直せない」

「えっ?」

 鴨川は瞬きしながら紫苑を見た。

 昨日の銃撃戦で解けた彼女の後ろ髪。

 確かに束ねてあったが、この時代にしても見栄えの雑な束になっていた。

「……」

 紫苑は答えないで、膨れっ面のまま鴨川を見返していた。

「はいはい、お安い御用で」

 鴨川は擽ったそうに笑うと、窓ガラスの前に紫苑を立たせ、その髪を手に取って編み始める。

「コトコさんに頼めばよかったんじゃないの?」

「風で解けたんじゃないのは一目で分かる……余計な心配をかけたくなかった」

「ふむ」

 鴨川は彼女の目を一瞥して、興味深そうな声でうなずいた。

「……何?」

 頷いた後も意味ありげな顔で覗き込んでいる彼に、紫苑がとげとげしく尋ねる。

「いや何、あれで(・・・)、彼女に心配をかけたり傷付けたりしてないと、本気で思ってるのかなあって」

「それは……彼らから?」

「まさか。言っておくけど……彼らは(・・・)君の事など(・・・・・)何も知らないよ」

 鴨川は紫苑の、幾分焦った様な問いにのんびりとした口調で答える。


 三つ編みが完成する寸前ぐらいで、ふいに口を開いた。

「ねえ、連絡員はこの時代に(・・・・・)ついての情報は《・・・・・・・》提供出来るのね?」

「ん? 勿論だよ。それが一番の仕事と言ってもいい位だ」

「この街に到着してすぐ、戦闘機から機銃で狙われた。街中の物を吹き飛ばしながら戦闘機は乱射していた」

「うん。そういう時代だからね。機銃だけでなく、TNTもナパームも、普通の住宅や商店へ無差別に撃ち込まれる。君が狙われたのはたまたまだ」

「だけど、街中は軍人が巡回し、住民の服装や行動まで厳重に監視している」

「それも戦争中だからさ」

「そんな中での市街地での銃撃戦は」

「……当然、見過ごされたりはしない。そりゃあね、爆弾が落とされている最中のどさくさなら別かもしれないが」

「じゃあ、武器弾薬の貯蔵や輸送は? あんな台車で、ミサイルやライフルを持ち運びしていて、誰にも呼び止められないの? そもそも、この時代ではどういう所に貯蔵しておけるものなの?」

 三つ編みが完成して鴨川は手を止め、どこに持っていたのか手鏡を出す。

 横や後ろを紫苑に見せる様にかざす。

 紫苑はちらっと車の窓に視線を送るが、顔を前に向けたままだった。

 表情の消えた目元の鋭い『エージェントの顔』になっていた。

 鴨川はリボンを用意しながら答える。

「街中で何か不審な物を運んでたら、普通は足止めされるだろうね。貯蔵は、その気になれば民間の地下倉庫でも出来るかもしれないが、大量には出来ないし、出し入れも困難だ。大量の武器の貯蔵や運搬が公然と出来るのは軍施設以外にない」

「じゃあ、私達が摘発した輸送活動は何だったの? まさか、私達に見せる為の……」

「それもない。OREにダミーを立てる程の余裕はない。本気で街中で武器を運んでいたのさ……分かるだろう? ここ以外でも、複数の都市で同時に行なわれて、それらも潰されているんだ」

「他に方法がないからって、それが可能なのかって聞いてるの」

「多分、可能だったんじゃないかな」

「知っているんじゃないの?」

 紫苑の声に苛立ちが混じる。

「ごめんね。その答えは、もうこの時代の情報(・・・・・・・)じゃない。僕らがそれを知っているのは、先人から(・・・・)引き継いで(・・・・・)来たから(・・・・)なんだ……その意味は分かるね?」

 紫苑はため息をつく。

 24世紀の機構が知っている時間干渉事件の事例。

 それは、過去のエージェント達が突き止めて来た事の集積。

 つまり、紫苑を含むその時代のエージェントは、自分で辿り着かなくてはならない情報だという事だ。

「OREも一線越えている様でいて、そのパラドックスの維持には厳格だった(・・・)からね……勿論、正しい歴史の為にじゃなく、作りたい歴史の為にだけど」

 鴨川は話しながらも、お下げの先にリボンを結ぶ。

 花柄の白くあしらわれた薄い紺色のリボンは、彼女のイメージにぴったりのアクセントとなった。

「街で見たのと比べて……少し派手じゃないの?」

「この位なら許容範囲だよ。何か言われてもその場で謝れば済む……ふむ、君もそんな所に気が配れる様になったのか」

「うるさい」

 二日前見た『戦時中の町を走るツインテール少女』を思い出して、笑いを噛み殺す鴨川へ、紫苑は思わず感情的な声を上げていた。



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