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3-2

 ――― 2 ―――



 1945年8月3日午前9時過ぎ。

 山口県徳山市(当時。2003年『周南市』に合併)の海岸沿いにある、瓦礫と焼け焦げた鉄骨の一画。

 5月に空襲で壊滅した、海軍の燃料プラントの跡地だった。

 溶断された金属の筒が宙を舞った。

 次の瞬間、おかっぱ髪の若い女性がはね飛ばされ、崩れたレンガ塀に背中を打ち付ける。

 彼女の顔の横で、ブラスターガンナイフの青い光が煉瓦を深く貫いた。

 髪の端がじじっと音を立てて焦げる。

 がしゃんと音を立てて地面に落ちたのは、用途は不明だが超軽量型の金属建材らしい。

 無人の瓦礫の中、一人歩いていた彼女。

 その進路を塞いで呼び止めた時、当時の長い紙箱に偽装されたそれを彼女は咄嗟に構えた。

 紫苑も他のエージェントも、ロングサイズのブラスターライフルだと思ったが、違っていた様だった。

「銃じゃないわ」

「見た事ない嬢ちゃんだが、やっぱりTRSP(移送班)だったか。そんな武装している筈がない」

 無表情のまま彼女の首を片腕で押さえ、もう一方の腕でブラスターガンナイフを握る紫苑。

「ふ……ふええ……」

 紫苑を見返す女性の表情には、怯えしか残っていない。

 その瞳には見る見るうちに涙が溢れ出し、はっきりと嗚咽を漏らし始めた。

「うええええん……」

 彼女が戦意を喪失しているのは最早誰の目にも明らかだった。

 切断された金属棒の半分を持ったまま泣きじゃくる彼女へ、紫苑は静かに言った。

「身分を示すものを出しなさい。モジュールも、認識票も、基本装備も、全て」

 泣きながらも彼女はこくこくと頷いて、手の資材を地面に落とす。

 続けて肩掛け鞄から時間航行モジュールと、認識票となるチップを。

 次にORE使用の、小型の無音銃と銃弾パックを。

 最後に、顔に装着したままのバイザーを外して落とした。

 紫苑が首から腕を外すと、彼女はその場に崩折れてしゃがみ込んだ。

 紫苑は再度、彼女に青く光る熱線の刃先を突きつけ、自分のブラウスを指で示し指先を往復させながら促す。

 彼女は一層怯えた顔で見返すが、紫苑は答えて言う。

「大丈夫。私以外、誰も見ない」

 その言葉と同時に、紫苑以外の男性隊員はバイザーを切って、背中を見せる。

 観念した様に彼女は自分のブラウスのボタンに手をかけ、一個一個外して行く。

 ブラウスを脱いだ彼女の身体には、胸と銅周り、肩と腕に透明なプロテクターが装着されていた。

 更にその下に、この時代の女性用の下着を着用している。

 プロテクターを一個一個外し、地面に落して行く。

 紫苑は頷いて、彼女にブラウスを着直すよう促した。

「こちら『カイロス』。対象を確保し、装備解除を完了した。連行要員を送れ。到着次第、押収装備の装着に入る」

 通信を送って程なく、焦げた建物の陰から数名の男女が姿を現した。

 女性隊員が彼女の腕を取って立たせ、男性がその周囲でガードする。

 紫苑は彼女から離れると、おもむろに自分のブラウスを脱ぎ始め、元々装着していた機構エージェントのプロテクターを外し、地面に落ちたOREのプロテクターを拾って身に着けて行く。

 男性エージェントが――拘束されたORE移送工作員の女性も――驚いた顔で紫苑を凝視する。

 彼女は視線を気にする様子もなく服を着直した。

 無音銃、認証カード、時間航行モジュールを拾って鞄に入れる。

 代わりに、自分の携行していたそれらのアイテムを地面に置く。

「『ブーストラップ』より『カイロス』、確保したORE装備の認証を送れ。作戦終了まで『カイロス』の認証として登録する」

「了解。モジュールとバイザーに接続して信号送信する」

 ケーブルで互いのバイザー、モジュールを繋ぎ、元の持ち主のデータを管制に送った。

 彼女から確認した手順で、脳波認証、光彩認証を自分のものに更新する。

 これで、作戦終了まで、その信号は『違法航行者』認定から除外される。

「信号を受信し、登録を完了した。これより該当人物の写真データを送る。フェイスマスクを装着しデータ登録しろ」

「了解。フェイスマスクを装着した」

 紫苑は顔全体を包む薄く白い、肌の質感を再現したマスクをかぶった。

 直後、女性の顔がマスク表面に浮かび上がる。

 他のエージェントに、マスクの顔が違和感ないか確認してもらってから、送信する。

「マスク装着完了。通気性、温度問題なし。違和感確認、問題なし」

「了解。明るい場所で他人と接近しない事、そして顔を急に振らない事、くれぐれも注意しろ」

「了解。これよりORE工作員の合流地点に向かい、所定の作戦を開始する」

「了解。察知されないままで作戦修了しろ。僅かでも怪しまれたなら、すぐに中断し撤収しろ」

 ケーブルを外すと、バイザーを起動させる。

 いつも使っているものと違う、OREの使っている管理画面が表示される。

 潜入は初めてではないので、使い方は大体分かっていた。


 紫苑の目に慣れないマップ。

 OREの工作員が使っているバイザーは、TiNaTOAが現在採用しているものの数世代前の機種になる。

 しかし、元々は同じ会社が開発したものであり、更に機構に把握されていない開発機関によるカスタマイズが施されているらしい。

 それは、非公式にOREに協力している企業、国家機関が複数存在する事も示している。

 女性の登録している名前は、彼女のモジュールの中で確認出来た。

『メグリヤツクネ 性別:女 年齢:20 国籍:日本 本籍地:群馬県 職業:学生――首都国際経済大学』

『所属:日本支部・非常駐メンバー・輸送部門準1級クルー』

『№********** call *********** 住所**********』

 顔写真と基本的なプロフィールが並べて表示される。

 そして、一番下に砂時計とそれを傾ける指、3つの星をあしらった組織のシンボルマーク。

 その横にシンプルな組織名。

『OUR RELOATED EDEN』

 プロフィール画面をワイプさせると、彼女のスケジュールが表示される。

 そして、徳山市内のマップに様々なナビゲーション記号が現れた。

 紫苑は、指定された経路で、OREの仲間と合流する予定の場所へと急ぐ。

 彼女のモジュールに――OREの通信システムに『元の時代の管制』というものがないのは、把握済みだ。

 OREの通信システムは、その時代に『局』を設置しないと成立しない型のもので、必ずこの時代のどこかにある筈だった。

 そして、使い慣れたものよりかなり遅い文字・画像送信が主体であり、映像や音声のリアルタイム送信には適していない。

 十分おきのテキストメッセージを除いて管制からの連絡はなく、それに応答するこちらも、中の人間が入れ替わっている事は気づかれていない筈だ。


 昨日の内に鴨川を通して、現地常駐の情報部・調査部に情報提供と再度の調査を要請していた。

 新たに把握されたORE工作員の武器搬送の動き――そして、『ある条件』を満たす動きが、その中にあるか。

 対象と直接関われない調査での限界の――『その先』が把握されていない動き。

 その中でも、工作員同士が互いの顔を把握していない合流と見られるものはあるか。

 更にその中に、若い、出来れば新人らしい女性が加わっているものはあるか。

 調査部は数件の該当情報を返して来た。

 その中で、最も『武器の行き先』に関わっていそうなグループ、その中の若い女性メンバーであった彼女が、今回の確保対象となった。

 指定ポイントの焼け跡出口付近で、幌付きの黒い三輪トラックが停車していた。

 荷台には大量の木箱が積み上げられ、三人の男が車の後ろでたむろしていた。

 彼らは、突然角から現れた紫苑を一斉に注視した。

 バイザーの視界には、男達の脇に白い三角形と文字が表示される。

『ORE‐CREW TRSP‐STAFF』

 そして、荷台の木箱の中身と数量までも、矢印と共に描かれた。

 紫苑の記憶では、この画面では(・・・・・・)機構のエージェントが出現した時は、紫色の警告が上部に表示されるのだ。

 男達は一瞬だけ警戒の色を浮かべたが、認証表示を見て、目の前の彼女とプロフィールデータの一致を確認すると、相好を崩した。

 男の一人が一歩前へ出て紫苑に会釈する。

「あ、こんにちは。班長のミクラと言います。現地作戦は初めてですね。ここは簡単な輸送で戦闘の可能性は低いそうですので、お互い頑張りましょう」

「万が一、機構管理局の襲撃があった場合は、無理な応戦はしないで自分の避難、安全確保を最優先して下さい」

「宿泊所はどうでした? 時代が時代なので、あまり快適じゃなかったとは思いますが」

 初めて見る顔の合流メンバーへ丁寧な挨拶を交わし、労いの言葉も掛けて来る彼ら。

 紫苑が若い女だからというのも多少あったかもしれないが、OREの工作員が内部ではおおむねこんな雰囲気だというのも、今までの潜入の経験上知っていた。

「メグリヤツクネといいます。歴史を変えるという新しい歩みに微力ながら加わりたいと思いました。頑張りますのでどうぞよろしくお願いします」

 紫苑は名乗り、OREの新入りにありがちな感じの挨拶を返す。

 周りを改めて確認すると、更に男が一人、女が一人新たに出現していた。

 三人からは穏やかな笑顔が返って来た。

「さあ、後ろに乗って下さい。これで、全員揃いましたので出発します……かなり揺れますので、気を付けて。貨物にはアブソーバーがあるので爆発の心配はありません」

「あ、そうだ。すみません」

 班長の言葉に、最初からいた男の一人が手を上げた。

「ん? どうした、ヒラタ君」

「今日のこれ、どこへ行くんですか?」

 当のORE工作員の一人が、紫苑の聞きたかった質問をおもむろに始めた。

 どうやって聞き出そうかと考えあぐねていた紫苑は、内心拍子抜けする。

「ああ……今回ね、ちょっと遠いんだ。山口県内なんだが、光市まで行く」

 ミクラは腕を組んで答えた。

 柔和な表情の中年男だったが、その顔つきが少し険しくなる。

「道のりが長いからね、その分、機構管理局に偵察される可能性も高い。日中人通りも多いから、攻撃の可能性は低いが、急襲も想定していてほしい」

 紫苑の潜入したこの班が攻撃目標となる可能性は0だった。

 それでも、彼女は無言でミクラにうなずいて見せる。

「私が運転する。ヒラタ君は助手席で前方を、メグリヤさんとヒノさんは幌窓から左右と後方を監視してくれ。イイダ君、キタジマ君、ムトウ君は左右の幌窓と後部にて臨戦態勢。無音ライフルの台座がある」

 ミクラの指示通りに全員が乗り込み、トラックは走り始めた。

 紫苑の見る窓からは、空襲で破壊された巨大な石油タンクの残骸と工場の列が遠くに見えた。

 この時代の日本の状況では、徳山市のプラントの再建は出来なかったらしい。

 燃料タンクを離れて、隣接する住宅街へ進入する。

 一応車の通れる道路だったが、彼らのトラック以外に走っている車は見られなかった。

 皆、燃料を節約して、無駄な走行を控えているらしかった。

 そんな中、木炭車とは言え彼らのトラックは、燃料切れも故障も恐れず、どこか無遠慮な位に飛ばしている。

 スケジュール上、光市までの道を急いでいるのは分かっていた。

 だが、この街中でトラックは目立ち過ぎな様にも見えた。

 紫苑は、隣で銃を構えていた男に尋ねる。

「こんなに飛ばして大丈夫なのですか?」

「ん?」

「機構の前に軍や憲兵に呼び止められたりしたら、とても無事に済むとは思えません」

「ああ、メグリヤさんだっけ? 車両での搬送段階につくのは初めてだね……この車をよく見て下さい。気付きませんか?」

 キタジマと呼ばれていた銃座の青年は、紫苑の質問に朗らかに笑いながら答えて、幌窓を指した。

 言われるままに外を覗き、車の外観を眺める。

 さっきと同じ、無骨な黒いボディである事以外に特徴を見出せない。

 分からないと答える前に、何かが脳裏を横切った。

 こんな黒くて大きなトラックを、他にどこで見かけたか。どんな人間が乗って運転していたか。

 その辺の農家や商店が、こんな車に乗っていたか。

「これは……軍用車」

 紫苑の呟きに青年は頷く。

 疑問がそれで氷解した訳ではない。

 軍用車なら、誰が乗ってどんな走り方していても、怪しまれないという時代ではない。

 何の届けもなしに飛ばして、しかも得体も知れない民間人が乗り込んでいて、得体の知れない積荷と来れば、やはり不審がられる事だろう。

 呼び止められたらどうするのか。

 OREも、現地の軍相手には交戦しない筈。

 一斉に短軸跳躍して、出発時点やそれ以前に移動して『やり直す』というのか。

 しかし、そんな行動の話は出ていなく、そのタイミングや戻り先の打ち合わせもなかった。

 熟練のエージェントでも、現地人に発見された際の、撤退の打ち合わせは直前に必ず行なう。

 特に車で移動していたなら、彼らは『停車している時間』に跳躍しなければならない。

 彼らが跳躍して来た時、車内の人間は一斉に掻き消えてしまうのだから。

 OREでも、それは同じだったはず。

 今までの潜入で、工作員がこれらの必要な打ち合わせを欠かしたケースは見た事なかった。

 打ち合わせをしないとなれば、何が起きても、タイミングも戻り先も統一する必要がない――「数分前からのやり直し」はないという事だ。

「ほら、見て下さい。軍の検問ですよ」

 紫苑の様子から疑問を察したのか、キタジマはいたずらっぽく笑いながら幌窓を覗いて言った。

 紫苑も窓を見ると、トラックの前方に日本軍の警備兵が並んでいた。

 兵士の一人が腕を振って、トラックに停車の指示を出している。

 ブレーキをかけてトラックは減速し、荷台内の紫苑達は大きく揺れた。

 かろうじて声を立てるのを抑える。

 トラックが停まると、兵士はいかにも不審げな様子で運転席へと近付き、ミクラへ何か質問をする。

 ミクラは一言二言答えた後に、何かの書類を兵士へと見せた。

 兵士の横柄で訝しげだった態度が一変した。

 一歩下がって敬礼すると、トラックから離れる。

 他の兵士へ指図し、無線で何かを報告させる。

 トラックは兵士達に構わず再度走り出した。

「今のは……何かの、許可証ですか?」

「まあ、そんな所ですね。ちゃんと作戦の時代状況は調べ抜いてある。その辺抜かりないです」

 キタジマはのんびりと言うが、『時代をきちんと調べた』だけで、軍の許可証なんて手に入る訳がない。

 調べるだけではなく、何かをやっている(・・・・・・・・・)

 紫苑はそう考えたが、ミクラの持った書類がどんなものだったのか、どこからどうやって手に入れたものかを、後ろから確かめる事は出来なかった。

 本人に直接聞く訳にも行かない。

 トラックは市街地を抜けて、海沿いの一本道を走って行く。

 紫苑の窓から見えるのは海岸の岩場とその先の緑の海ばかり。

 顔を少し出して後ろを見るが、道の反対側にもまばらな木造の民家と、人気の全くない田畑、その奥にそびえる山々が長く続いていた。

 広いけど地面を均しただけの道なので、走行中の車内はがたがたと揺れる。

「メグリヤさんは、この作戦が成功したら、日本の歴史はどう変わると思いますか?」

「……えっ?」

 突然隣から声を掛けられて、紫苑は横を見る。

 キタジマは、銃口の先を見ながら話しかけていた。

 紫苑も、自分の持ち場である監視窓に視線を移す。

「現代での『委員会』は把握しているのでしょうけど、こっちは作戦が完了して帰投しないと、教えてもらえないんですよ。それまではこうやって想像するしかないんです」

「想像付きません。単純に考えれば、広島で酷い死に方をした多くの人が助かるんだろうとしか……だけど」

「それでは終わらないですよね。生きる筈だった人が死ぬかもしれない」

 紫苑の取ってつけた様な答えに対する、ORE工作員の答えは、予想外に現実的だった。

「『いない筈の人間がいる。いる筈の人間がいない』、それが歴史の流れを変えるという事です」

 紫苑は沈黙して、キタジマの次の言葉を待った。

「それって怖くないですか?」

「……え?」

「現代も変わってしまいます。そこは(・・・)自分の(・・・)存在しない(・・・・・)世界かも(・・・・)しれない(・・・・)自分の家族や(・・・・・・)友達を、(・・・・)自分の手で(・・・・・)全て(・・)消してしまう(・・・・・・)事になるの(・・・・・)かもしれない(・・・・・・)

「――!」

 無意識のうちに、紫苑の肩が固く縮む。

 何かを漏らすまいとする様に、彼女は奥歯を強く噛みしめた。

「野暮な質問かもしれませんけどね。僕を含め、OREに来た人は、みんなそれは覚悟している筈だから」

「……本当に、みんな、それを(・・・)理解している(・・・・・・)のでしょうか?」

 紫苑はついキタジマに尋ねていた。

 その声は抑えた、だけど奥歯の隙間から絞り出す様な声になっていた。

「そう信じています。僕には、残したい様な家族も友達もいなかっただけでしたが」

「……私にも、いません」

「やっぱり、そういう人が多いんでしょうかね。そういう人にOREの理想はしっくりくるらしいんですよ。メグリヤさんが入ったのも必然だったのかも」

「……」

 戦闘のフェーズではなかったにも関わらず、目の前のORE工作員に無音銃の銃口を向けて引き金を引きたい衝動が、少しだけ湧き上がった。


 何もない様に見える道の途中でも何度か、検問や向かいから来た別の軍用車に止められ、チェックを受けた。

 その度にミクラは兵士に書類を見せ、難なくクリアした。

 一度は、後部のカーテンを開けて荷台を覗き込まれた。

 海軍の制服を着た階級の高い将校らしき男は、車内の紫苑や銃座の男達、積まれた木箱まで目にしたが、何の問題もないかの様に敬礼だけして離れて行った。

「偽造の許可証だけで、ここまで信頼されるものなんですか? 私達バイザーも着けていたし、その銃だって……」

 紫苑は、再びキタジマに尋ねる。

 それが『新人だから知らない』で通用する疑問なのかどうかに、細心の注意を払いながら。

「ん、僕は許可証が偽造だなんて言ってませんよ?」

「え? だって……!」

 キタジマの答えに紫苑の声のトーンが思わず上がった。

 車内の注意を集めてしまったらしく、背後から視線を感じる。

 明言していないからと言って、OREの許可証が偽造じゃないなんて事があるだろうか。

 未来からやって来た連中に、この時代の軍が通行許可証を発行したというのか。

 あるいは、紫苑がやっている事と同じく、元の持ち主から奪ったという事なのか。

 だが、将校は荷台を見てもなお、トラックへの態度を変えない。

 ここで紫苑は新たな疑問に気付いた。

 こんな人気のない、重要度もなさそうな道で、将校付きでの検問など敷くだろうか?

「名目上、ある会社名でのカルシウム運搬って事になっているけどね、これは海軍の『特務』に関わるものの符牒なんです」

「特務……?」

「だから、検問の警備兵や憲兵は、そんなに厳重なチェックが出来ない訳です」

 兵士の態度の変化や、監視の緩さはそれで説明付くだろう。

 だがそれは、紫苑の疑問の半分未満でしかない。

 更に、キタジマの次の一言で、残り半分の疑問は更に訳分からない物になった。

「まあ、そんな符牒を使っている特務なんて、本来の海軍には存在しません」

「え……」

「それに、いくら特務だと言われても、僕らの未来人丸出しの装備まで納得されるものですか?」

 元々紫苑が持っていた疑問だったが、こうやって向こうからあっさり言われると、軽い混乱を覚える。

「そうです、それじゃあ一体……」

「着いてみれば全部分かります。その時のお楽しみって事にしておきましょう」


 光市内に入ると、目的地の近付いた気配が、運転にも現れて来た。

 程なくして、街にはサイレンが響き始めた。

 紫苑も何度か耳にしている音。

 ヒラタが助手席からラジオを流すのが聞こえた。

 車に備え付けのラジオがあるなんて時代ではない。

 別に用意してあったものだろう。

「空襲警報、空襲警報、中国軍管区発表。敵機5機、玄界灘より下関方面へ――」

 トラックのハンドルには迷いが殆どない。

 だが、この時代のこの街に慣れているという風でもなかった。

 ORE工作員達は、リーダーのミクラでさえも、ここに来るのが初めてだと紫苑も知っていた。

 結論は一つしかない。

『この街に入ったなら、誰でもすぐ分かる様な場所』が、トラックの目的地だという事。

 それ(・・)は、到着前から車窓の光景に、存在をアピールしていた。

 この時代のこの街を代表する巨大な施設。

 辺りの建物も、殆どがそこに関係するものばかりとなり、遠目にその敷地の遠景までもが目に飛び込んで来た。

 海沿いに浮かぶ艦船、立ち並ぶプラント群。

 資材を動かすクレーン、鉄骨で組まれたタワー。

 ついに、その入口が、厳めしい門扉となってトラック前方に現れた。

 ゲートには『光海軍工廠』と書かれた金属板が掲げられていた。

 紫苑は、バイザーでストックデータを検索する。

 この時代の日本の主力艦隊の補給基地として機能した、重要な海軍施設。

 現時点より11日後の8月14日に米軍の爆撃によって壊滅した。

 ストックデータのテキストには、そう書かれていた。

 トラックは、当たり前の様に光海軍工廠の正門を通過した。

 敷地内の道路をゆっくり進み、庁舎前を曲がり、停泊中や建造中の船が浮かぶ港湾エリアへと入る。

 港湾部の反対側には、プラントや倉庫が整然と立ち並んでいた。

 空襲警報のサイレンは鳴り続けていて、多くの人間が駆け足で道を行き交っている。

 トラックやそれ以外の車両も、反対側から割とスピードを出してすれ違って行った。

 工廠上空を日本軍のものと見られる戦闘機が3機、通過して行った。

 もしこの町で空襲があるとすれば、標的は間違いなくここなのだから、この騒ぎも当然であった。

 紫苑達の乗ったトラックは、そんな工廠内の騒ぎともあまり関係なさげに、敷地の端へと向かう。

 敷地の端で、配置の兵士にミクラはまた書類を見せる。

 その先は全長数十メートルの緩やかな坂道となっていて、道の終わりにトンネルの入口がぽっかりと真っ暗な穴の様に開いていた。

 車一台がギリギリで通行できる狭い通路を更に速度を落として、百メートル近く進むと、突然視界が明るく開け、空間も広がった。

 そこは工廠の地下工場、地下倉庫らしき場所だった。

 車の通路が中央にだけあり、その両脇が貨物の積み下ろし場所となり、製造ラインや倉庫に直結している。

「これは……」

 口に出す事はなかったが、驚きしか浮かばなかった。

 海軍工廠の地下、この時代本来の砲弾や魚雷が製造され、艦船や潜航艇に搭載する為に一時貯蔵されているスペース。

 その一番奥の一画に兵士の姿をした男が立哨していた。

 と言っても、日本軍の兵士ではない。

 紫苑のバイザーはその男を、『ORE-CREW AMFC-COMBAT』と表示していた。

 そして、彼らの後ろには、22世紀・21世紀の様々な銃火器。

 通常型のアサルトライフル、無音ライフル(レールガン)、ブラスターライフルが。

 更に、機器や弾薬を入れてあると思われる木箱があちこちに分別して積み上げられていた。

 スペースの中央に停車している2、3台のトラックの周りでは、日本軍を装った服装のOREが、これまたこの時代のものではない電子機器や、通信機器を使って作業していた。

 何なの、これは。ありえない。

 こんなのは、現地潜伏とは呼ばない。

 そのデタラメ過ぎる光景に、紫苑は叫びたくなるのを必死で堪えた。

 OREがこの時代の日本軍の軍事施設を間借りして、公然と自分達の拠点を置いている――としか言いようがない。

 これでは、特務の通行証が正式に発行されるのも、運搬して来た武器弾薬が全く咎められなかったのも、むしろ当然だろう。

 何故、こんな事が起きているのか。

 紫苑は憶測するのを止めて、事実を受け止める事に勤める。

 これ程の事態を前に、不用意な憶測はむしろリスクが高い。

 この状況では、作戦部の人間がどこにいてもおかしくない。

 フェイスマスクがなければ、即座にバレていただろう。

 何もかも分からない中で、紫苑は一つだけ確信した。

 ここは、OREの原爆投下阻止計画における、現地拠点なのだと。

 この奥の暗がりの先に、地対空ミサイルHAVM―VS4『バルキリー・シューズ』がストックされている。

 そして22世紀とここを中継し、現地航行者を管理するOREの――機構から見れば幾分旧式の時間航行システムの管制センターが設置されている筈だった。

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