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大内村一帯には、付近住民の通報で呼ばれたらしい、警察官や軍人が多く行き交っていた。
紫苑達の班は、村からおよそ2キロ程離れた山のふもとで、トラックの荷台に隠れていた。
さっきまでいた鰐石橋付近の様子を、幌に取り付けたスコープからの望遠映像で確認している。
現地の警察官は暗い中で住民への聴取と、現場の検証を行なっていた。
だが、彼らが『22世紀に関する』何かを発見した様子はなかった。
彼らが引き揚げ始めるタイミングで、エージェント達を乗せたトラックは動き始めた。
ここにはいない他の車両も同様で、各班ごとの待機ポイントへ帰還するのだ。
そこから消えたOREやエージェント達と入れ代わる様に、新たなエージェントが次々と現場に出現した。
だが、彼らはこの場(時間域)に1分以上留まる事はなかった。
そして、バイザーの信号分析は、彼らが短軸跳躍ではなく『射出航行』――元の時代からの時間移動である事を表示していた。
数十秒のスパンで飛ばされ、その時代の荷物や人間にモジュールを付けて一緒に引き戻される、特別な航行形態を使っている。
武装と跳躍モジュールを解除され、拘束用スーツを着せられたORE構成員が10人近く。
『22号連行!』
『18号連行!』
彼らは一人一人、今出現したエージェントに両横を固められ、エージェント達の号令と共に掻き消えていた。
22世紀で情報部に彼らの身柄は委託され、拘置施設へと送還される手筈となっている。
拘束者の時間移動と、元の時代での拘置が問題なく遂行された事が、紫苑達のバイザーに表示される。
原則として彼女達と通信する管制は彼女達と時間同期を取っている為、今のエージェント達が帰還した時間――別の時間軸に存在してしまう管制から情報の入手にラグが生じてしまうのだ。
がたがたとうるさく揺れる荷台の上で、橋爪が対策部より送られてきた情報を読み上げている。
「本日午前中の間に防府市以外で岩国市、広島県では広島市と呉市、海を隔てて愛媛県松山市、香川県高松市でOREによる兵器運搬作業が確認され、それぞれに展開されたエージェントによって摘発を受けた」
「他に、神戸で2名、東京で最終的に3名、直接活動に従事せず各地での行動をサポートすると見られる工作員が検挙された。夜間の検挙は山口市で11名、下関市で6名、呉市で5名。総検挙者数は48。最終死亡者数は双方0。最終負傷者数はエージェント9、ORE検挙者内20」
最終負傷とは、作戦が終了した時点で『回避されないままとなった』負傷の事を言う。
戦闘時、隊員の死亡の回避に、機構は最優先で総力を尽くす。
OREの様な非合法組織でも、その辺は同じらしい。
それは彼らの人道的倫理の高さというよりも、『時間航行技術を応用して行動する組織』というものがこの世界に出現した時から持っている、本能の様なものだった。
しかし、負傷の場合、その程度や事態の重要度に応じて優先順位があり、「負傷したまま」で収められるケースは多い。
「この防府市と広島の呉市では市内を、岩国市、広島市では市外へ向かって、四国では本州へ向かっての移動が予定されていたと見られている。具体的にそれらの兵器が、どこから運び出されどこへ運び入れる予定だったのか、確保者よりその詳細を尋問する」
「また、最終目的が中国山脈各地のB29通過予定地点への配備だというのは確認済みだが、その配備地点についても情報を集める」
エージェント達は荷台の左右に並んで座って、橋爪の話に耳を傾けていた。
振動とエンジン音で話が聞こえにくいのか、目の前の画面のテキストに集中している隊員も見られる。
橋爪が話し終えた時、一人の男性隊員が挙手する。
「奴らの今回の編成についても情報を入手してほしい。今回の作戦にてORE『楽園委員会』の指導官、ロッテ・ファン・ダイクと、第4工作局のイシガキイチロウが出現したのは、確認されていると思う」
ロッテとイシガキの名前は、他のエージェント隊員も知っていた。
過去、複数回の出現と活動が確認されている彼らは、A級時間犯罪者として登録され、条約締結国間で指名手配されてもいた。
各隊員のバイザー画面に、ロッテとイシガキのプロフィールデータが表示される。
イシガキは彼の自衛官時代の顔写真が、ロッテはどこか――大都市の空中庭園施設らしき所――で、部下と共に歩いているのを情報部によって隠し撮られた写真が用いられている。
「第4工作局の錬度は、Aクラスの民間軍事会社と比肩する場合がある。通常対応では手に負えない線も出て来た。連中の動き次第では、我々は正面衝突を避け、『特別武装班』投入を要請する必要があるだろう」
橋爪は男の顔を見返して頷くと、バイザー画面の前で指を振って何かの操作をする。
指を止めて、短く答えを返した。
「勿論、ORE側の規模と編成については入念な尋問を行い、正確な情報を確保する」
「そして、B29撃墜に直接携わる、実行メンバーの情報を入手してほしい。この段階で第4工作局が現れるという事は、実行メンバーも元軍人である可能性が高い」
「今回の検挙者がその情報を持っている期待度は低い。だが、検討する」
男が続けて要望を口にし、橋爪はそれにも迅速に答える。
「先輩」
隣から呼ばれて紫苑は振り向く。
小石川はやてが、生真面目そうな顔を緊張させて彼女を見ていた。
「どう思いますか。実行犯の追撃は、確か……先輩が先行するんですよね」
「ORE内での訓練しか受けていない相手な事が前提よ。元軍人、それも山岳戦闘に慣れた軍人だったりしたら、私や少数部隊でどうにかなるものじゃないわ」
「でも、先輩は、そうは思っていないんじゃないですか?」
表情を崩さず小石川は返した。
後輩と言っても、学校を卒業後に養成機関を経てエージェント入りしている。
実年齢は紫苑と同じ――か、あるいは年上であるかもしれない。
少なくとも外見上は、結構年長っぽくすら見える。
しかし、横と後ろを刈り上げ、柔らかそうな癖っ毛を短く立たせた髪型。
その下で大きく開いた二重まぶたの瞳と頑固そうな鼻筋には、幼く素朴な雰囲気があった。
「そうね。あなたはそうだと思うの?」
紫苑は、彼に顔を近付ける。
目を覗き込まれて、彼は口ごもった。
「あの、ええ……ぼ、僕も、情報部の結論と同じです。今回、OREは指導部のロッテ・ファン・ダイクを顧問に、第4工作局イシガキ司令の……工作局部隊で動いています……お、恐らく……それに、戦闘慣れした軍人上がりのゲストが実行グループとして付く……のではないかと」
「俺もそう思うぜ」
40歳過ぎの最古参に当たる男性隊員が口を挟んで来た。
紫苑は小石川から顔を離し、男の方を向く。
小石川は安堵と残念さの入り交った様な、複雑な息をついた。
「そして、連れて来るとしたら自衛隊か、日本語の出来る奴を韓国軍、または台湾軍からって所が限度だろう。この中でのOREに引き抜かれた軍人なら特定は簡単だな」
「そ、そうですよね。フランスやロシアなんかじゃ、いくらOREでもこの時代の日本に連れて来れないでしょう。色々と怖すぎますから」
力の入った声で自分の見立てを話す後輩に、紫苑は再び近付く。
その柔髪を一束指でつまんでいじり始める。
「先輩……?」
「待って。まだ何かあるわ」
彼の髪を弄びながら紫苑は囁く様に言う。
小石川の反応を面白そうに見ていたベテラン隊員は、紫苑の言葉で視線を彼女へと移す。
「ロッテは最初の襲撃から昨日の交戦まで、何カ月もの空白を置いている。自分でそう言っていた……そこが気になるの」
「だとして、その数カ月間に何をするっていうんだ?」
「分からない。だけど、無意味にそんな『ずれ』を作ったりする相手じゃない。たとえば、実行犯。そんな定石通りになるかしら」
男は肩をすくめて、お手上げのジェスチャーを取る。
「さあな、あの嬢ちゃんがおかしいのはいつもの事だ。ここでサブマシンガンぶっ放そうとする程とは思わなかったがな」
「そのロッテが、時間を十分に取っていたっぽいのが、気になるの。頭がおかしいだけの奴が指導できる様な組織でもないわ。絶対、何かろくでもない非常識な仕掛けがある」
後輩の髪から指を離すと、その手を腰に当てて二人の顔を見回す。
「先輩……だから、実行犯の詳細がそんなに気になるんですか。あんなことする程」
小石川は少し険しい顔で紫苑をじっと見る。
その顔に彼女は少し首を傾げる。
「潜入行動は別に初めてじゃない。細かなニュアンスを掴む為に、今回どこかで一度はやるつもりだったし」
「初めてじゃないから、余計心配なんです。先輩の顔は向こうに割れ過ぎているんですよ」
「勿論、十分細工はするわ」
「あれだけじゃ不十分です」
紫苑は前を向いた後、ちらっとだけ横目で小石川を一瞥する。
その間ずっと彼女の横顔を凝視していた彼に、短く『気を付ける』と呟いた後、少し考え込んだ表情になる。
「先輩?」
「もう一つ……」
顔を上げて二人の顔を見返し、少し離れた場所にいた橋爪にも視線を向ける。
橋爪が彼女を見返した時、荷台の振動の合間に聞こえる声で言った。
「私は、拘束されたOREメンバーに会ってみたい。手続きは取れるかしら?」
「あら、おかえりなさい」
夜中だというのに玄関の引き戸に鍵は掛かっていなかった。
紫苑が開けると、廊下の奥から割烹着姿のコトコさんが笑顔を覗かせた。
「0時5分前ですよ……不用心じゃないんですか」
「あら、この時代では普通の事ですよ。わざわざ鍵を閉めるお家の方が、何か怪しいと思われちゃいますから」
本当にそんな理由なのか疑問だったが、のほほんとそう答えるコトコさんにそれ以上何も言わず、紫苑は靴を脱いで上がる。
ただいまとは言わなかった。
「お仕事大変でしたね。お夜食用意しましたがいかがですか? あんまり美味しそうじゃありませんが、ヨモギと粟の入ったお餅を……」
わざわざ紫苑の所へ歩いて来て、何か世話を焼こうとしたがっている様子の彼女に、やんわりと断りを入れながら茶の間へと歩く。
ずっと夜道を歩いて来たので多少は目が慣れているが、廊下の中も、途中の部屋も真っ暗だった。
そして、コトコさんの出て来た茶の間も、紙を被せた電球の下、最低限の光量しかない。
「お食事は結構です。お気遣いなく」
「そうですか……」
不安げな彼女に構わず、紫苑はちゃぶ台の前に座ると向かいに座った彼女へ尋ねる。
「これからの説明をします。ユウジさんは?」
「ああ、うちの人ったら、さっき空襲警報が解除されて防空壕から帰って来たんですが、そのまま寝ちゃって……起こして来ますか」
「いえ、大丈夫です」
コトコさん達もモジュールと通信用バイザーを持っている様だが、数十年前のもので紫苑達のものとは規格が合わない。
情報の伝達には、紙への書き起こしなどアナログな手段が必要だった。
申請すれば、互換用の中継器を支給されるが、余程大量の情報じゃない限り無駄な手間だと思われていた。
「では、明日は……」
「はい。押収した装備で」
「危険はないんですか?」
「危険ではありますが、慎重にやれば達成出来ます」
「ですが……」
何か言いたげなコトコさんの表情が、紫苑にはどこか神経に障った。
「バックアップはきちんとしてるんでしょうか……単独潜入には多くの仲間と」
「勿論、問題ありません。何度もこなして来ているミッションです」
「向こうも時間を移動しています。どんな手段を使っているか分からないんですよね……僅かな変化にも、十分気を付けて――」
「コトコさん」
紫苑は静かな声で、彼女の言葉を遮った。
「滞在ポイントの提供や、各種ナビゲートサポートは有り難いですが、そんな作戦行動の指導まであなた方に要請した覚えはありません」
「あ、すみません。でも、指導とかでなく、ちょっと心配になったから」
「任務に必要な心配ではありませんね。あと、あなた方の現地活動に必要なのは理解していますが、私達にそこまでの『演技』は不要です……『おかえりなさい』とか、そういう本物の家族みたいなやりとりも省いて頂きたい」
「あ……ごめんなさい」
紫苑に注意されて、コトコさんは明らかに狼狽していた。
「あまり同じ未来からの……時間航行者と一緒になる事がなかったから、少し浮かれてたかもしれません……本当に親戚の娘さんが来たみたいな気分になって」
「これからは、挨拶は機構式の挙手で結構です。あなたの時代で制定済みの筈です」
「ええ、はい」
彼らに最初に会った時から、苦痛だった。
彼らの家族ごっこに付き合うのは、紫苑にとって辛さを伴うものだった。
勿論、彼らも訓練された当時のエージェントだ。
この時代に溶け込む為に、入念な工夫を積み重ねてこの演技を保っている部分があり、それに裏打ちされたリアリティでもあった。
だが、それだけでなく、彼らの元々のキャラクターや年齢、雰囲気といったものが全て、紫苑の神経を炎症の様に蝕んだ。
浮かびそうになっては、無意識のうちに抑圧しなくてはならない思い。
二人はこの時代の人の様で、本物の夫婦の様で――『何だか、お父さんとお母さんみたい』だった。
そして、もう一つ。
彼らが知らず紫苑が、紫苑の時代の人間が知っている事。
彼らの時代――22世紀初頭の時間航行黎明期の、時間航行の生還率は1割未満。
二人が帰還出来たのかどうか、紫苑は確認していない。
勿論、知っていたとしても言える訳がない。
「逆に紫苑さんに気を使わせてしまったみたいで、本当にごめんなさいね」
コトコさんは少し悲しげに微笑んで、そう謝った。
そんな所までそっくりで、紫苑に思い出させてしまう
「――――っ!」
思わず怒鳴り、あるいは喚き散らしたくなるのをこらえ、奥歯を強く噛みしめながら紫苑は立ち上がった。
「今後は、その様によろしくお願いします……それでは、向かいの部屋を使わせて頂きます。数時間後に個別に起床しますので、お構いなく」




