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証人のタイムライン  作者: ゆらぎからす
2.「跳躍」
14/21

2-6

 ――― 6 ―――




「あー、ついてない」

 背後で、いかにもついてなさそうに繰り返される愚痴。

「ついてないついてないっ。バカと組まされるとね、それだけこっちのリスクが高くなんのよ」

 紫苑は視線を前方に向けたまま、背後の声に答える。

「貴女に同情してあげても良いけど、姫月あやめ、そっちのゲートルの巻き方が深い男と、消防団のリヤカーを押した二人組が、どの方向へ行ったか見ていた?」

「えっ?」

「波長は確認した? 3人ともOREの人間だった。彼らの識別信号を発していた」

「えっと、それは……」

「注意の散漫な人間と組まされるリスクについても、少し配慮してもらえないかしら」

「くっ……」

 背後の声が、悔しげに詰まる。

 紫苑は表情も変えず、自分の監視作業を続けていた。

 ブラウスの上から、勤労奉仕のたすきも斜めに掛けている。

 さっき『12モンキーズ』含む数班で合流した時に、各エージェント隊員に配られたものだった。


 トラックを降りた後、紫苑は鴨川とともに市街地の奥へと進んだ。

 市の真ん中付近にあった、湯田(ゆだ)という温泉町みたいな場所のメインストリートで、さっきの顔ぶれが距離を取りながら待機していた。

 この時代の学生が動員されていたという労働作業を装うのだと、一応の説明は受けていた。

「鴨川さーん、お疲れさまでーすっ!」

 二人が到着した時、鴨川へ笑顔を見せて駆け寄って来たのは、姫月あやめだ。

「鴨川さん、大丈夫でしたか? そこの猿に殴られたり引っかかれたり噛みつかれたりなんか、しませんでした?」

 紫苑の前とは別人の様な、優しげな声であやめは鴨川に尋ねる。

 紫苑より少し前の、『7月30日』へと航行して来た彼女達は、鴨川とも一足早く接触を取っていたらしい。

「いいえ、皆さんとのコミュニケーションに問題はありませんよ。勿論、路辺さんとも」

 鴨川も、どこが気に入られたのかやたらと懐いて来る彼女に、にこやかに応対している。


「この時代でツインテ振って走るバカのくせに、態度でかいのよ。あんたのフォローで、どれだけ仲間が迷惑したか分かってるの?」

 悔し紛れなのか、背後の悪態は続く。

「……鴨川さんにも、迷惑かけてなんかないでしょうね?」

「貴女に何か関係あるの?」

 紫苑は振り返る。

 予想通り、あやめは自分の持ち場ではなく、紫苑をがっつりと睨みつけていた。

 あやめの後ろには、教員に扮した橋爪がこちらを見ている。

 あからさまに、「お前らいいから仕事しろよ」と言いたげな顔で。

「ない訳ないでしょう。私達の任務が成り立っているのは、鴨川さんの協力があってなんだから」

「それが彼の任務だからでしょう。善意でやっているんじゃないわ」


 鴨川はその役割上、あやめには橋爪や小石川とワンセットで『12モンキーズ』班として対応するのに対し、紫苑へは彼女個人で対応する。

 紫苑と二人でいる時間、、彼女一人に構う時間が、必然的に多くなる。

 それもあやめにはかなり面白くない事だろうというのは、紫苑にも想像出来た。

 想像出来るという事と、配慮する気になれるかどうかは、全く別問題だったが。


 自分の前では見せない様な、和やかな空気の二人。

 それが何となく面白くない感じだったのを思い出しながら、紫苑が言い返す。

 あやめは「はあ?」と少し大きめの声を上げて、更に呆れたように言った。

「へえ……バカなのにそういう協調性のない考えするんだ? それで生きて行けるの? あんたのお守りで、任務に支障を来していないか心配だって言っているのよ」

「そうだとしても、貴女が心配する事じゃないでしょう。姫月あやめ……また、見過ごしたわね。今の割烹着の女」

「だから何よ!」

「……何じゃねえだろ」

 ついにたまりかねたのか、橋爪が割って入った。

 橋爪は少し迷ってから、あやめではなく紫苑に尋ねた。

「ところで、『カイロス』、あんたはどう思う?」

 本名ではなく通信用のコードネームで呼びかけるのは、彼の普段の癖だ。

 敵に各隊員を特定されにくくするための手段でもあったが、せっかく持っているのに通信中しか使わないのは勿体ない。

 彼がそんな事を、以前、何かの折りに言っていたのを彼女も覚えている。

「間違いない……荷物の運び手はもれなく、東側の大内村へ向かっているわ」

「そうか? 西の小郡側にも数人向かっていたけど」

「そっちは皆、手ぶらだし数も少ない……別の動きか、用が済んで戻る所だと思う」

「だろうな。俺もそんな気がしていた……だけど、まだ他の班の連中は、『西』だと踏んでる」

「だけど、宇部からの移送集団は確認されていないのでしょう? そして、調査部発表で防府市だけでなく徳山からの移送グループ、光市から空のトラックでの一団が確認されている……これらが山口市に集まるのだとすれば」

「だな。大内町……その中でも恐らくは、目印になり易い鰐石橋(わにいしばし)。調査部の見立てより1キロ手前になるが」

「管制に、再調査の要請を。私の権限では……」

「もうやった」

 橋爪は短く答えてから、紫苑の様子を値踏みする様な目で見てから尋ねる。

「大丈夫か? 今度は、さっきより隠れる場所もない。何をやっても目につく……向こうもひっそりと動くんだろうが、こっちだって派手な事は何も出来ない」

「分かっている」

「移送グループ同士の接触を確認した後、数十メートル以上追尾して、マップ指定ポイントで押さえるんだからな――あんた自身が(・・・・・・)言ってた通り(・・・・・・)意味なんて(・・・・・)いちいち(・・・・)考えるな(・・・・)。決められた通りにこなせ」

 区切りごとに語気を強くして、橋爪は彼女へ念押しした。

 紫苑は頷く代わりに、目線を僅かに上下させる。


 山口市外れの大内村(現・大内地区)。

 商店や民家の整然と立ち並んだ道の奥にある、西洋風の小奇麗な橋が鰐石橋だった。

 欄干も白い石造りで、灯り始めたガスランプが両横に並んでいる。

 空は赤から紫に変わり、暗く闇に沈みかけている。

 紫苑はその二百メートル以上手前の、建物の陰でバイザーに浮かんだルートを確認している。

 今度は、民家の裏から表通りに出て、十メートル先の脇道に入る。

 脇道から裏を二軒通ったら、また表通りに出て、橋から90メートルの電柱の陰に3秒立ち止まり、向かいの商店の前を通って脇道で半秒止まり……

 そんな感じで、どこを何分何秒に通過するかまでもが、細かく指定されている。

 紫苑のすぐ横を数人のモンペ姿の女性が通過した。

 紫苑のバイザーは、彼女達から不正な時間航行者の信号を読み取っていた。

 予定通りのルートとタイミングで、紫苑は彼女達のすぐ後ろを歩く。

 女性達は立ち止まった。

 すれ違った、職人風の初老の男性と学生の一団に挨拶する。

 彼らもにこやかに挨拶を返す。

 彼らからも、時間航行者の――ORE構成員の波長が感知されている。

 何の関心もないかの様に、紫苑と他2人のエージェント隊員が、立ち止まった男女の傍らを通り過ぎた。

 ORE構成員のバイザーに、TiNaTOAの時間航行者の波長を探知する性能は、現状ない筈だった。

 それでもすれ違う間際、彼らの挙動には十分注意を払う。

 数十メートル後ろから3人、十メートル前方から5人、農家や軍人に扮したエージェントが現場に近付いて来る。

 学生の一団は、路肩に停めてあったリヤカー2台を手分けして動かし始める。

 そこへ、猫車を押して来た50歳前後の男性が2人、台車を押したさっきの女性達数人が、どこかから積んで来た荷物を、リヤカーへ移して行った。

 市内へと戻って行く少年達のリヤカーと入れ代わりに、小さな木炭車が一台、こちらへ向かって来た。

 そこから降りて来た国民服姿の男2人が、女性達の台車に手早く、大きめの木箱を3~4個ずつ積み上げると、そのまま走り去って行った。

 バイザー画面に文字通信が入る。

 別々の方向に向かった小集団を『a』『b』『c』『d』とアルファベットを振って区分けし、それぞれへの対応班を指定するものだった。

 紫苑は、他の数人――彼女と同じ、班への帰属の薄い単独行動要員らしかった――と共に、川沿いの杉林へと向かっている、もんぺの女性のグループ『c』を担当する事になった。

 他の集団も、水田沿いの人通りのない道を選んで進もうとしている様だった。

 いずれの道の先も、街や学校、工場などの施設に続いていた。

 この時代の人間が見た時に、多少違和感があったとしても、特に行き先が疑われる通行ではない。

 紫苑は、一挙手一投足をバイザーからの指示に従いながら、女性達のグループを尾行して行く。

 女性達は鰐石橋から離れ、川沿いの道に入ると、そのまま植林地の中へと入って行こうとしていた。

 このまま彼女達を追尾し、約8.5秒後に一旦追い越してから無音銃(レールガン)で威嚇し、足を止めて確保する。

 それがバイザー画面のリストに提示された、紫苑の行動予定だった。


 紫苑が大きめの風呂敷包みを抱えた、40代位の中年女性を追い越そうとしていた時だった。

 視界に赤い光が走る。

『ALERT』

 目の前の光景の色調を押さえられた中、赤い文字が明滅し、グラフィックが飛び交う。

『Attack from the Armed Forces』

 色あせた虚空に浮かぶ、5つの赤い四角の枠。

 音声通信で、a担当からの声が耳に飛び込んで来た

「隊員2名にて対象1名を追尾中、予測外勢力5人以上出現、包囲を受ける」

「こちらd-3『トニー・ダーゴ』、襲撃、被弾――があっ!?」

「b、7名と対峙、包囲、包囲、敵出現1秒前への跳躍」

 枠の中に人の姿が現れた瞬間、紫苑はおよそ0.6秒前へ跳躍した。

 全く同じ場所、同じく赤い枠が画面に浮かんでいる中、紫苑は右手へ横飛びして地面を転がる。

 転がりながら、枠から現れた男達が、さっきまで自分のいた所に視線と銃口を向けているのを確認してから、先頭の二人の手元と腰のモジュールを撃つ。

 あと3人。

 四つん這いのままで、狙い直しかけている男達へ二メートル接近してから、二秒前に跳躍する。

 跳躍と同時に振り返った時、男達の姿はなかった。

 紫苑は更に一秒先へ跳躍すると、その場に立ちすくんでいる女性達へと駆け寄る。

 紫苑と彼女達の間の地面がぱぱぱぱっと弾ける。

 紫苑が振り返った時、無音銃を構えた男の姿が消え、背後に二人の気配。

「『ブーストラップ』より『カイロス』」

 各隊員の無線を遮る強度で、管制からの通信が挿入された。

「そこを離脱し至急、指定の時間位置座標へ跳躍せよ。a全滅、bは3人行動不能、c危機状況。敵勢力20名以上」

 聞こえた数字に、紫苑は瞼を上げる。

 OREが突然そんなに増える事態は初めてではないが、そうなるシチュエーションは限られていた。

「二段階跳躍で2分40秒前へ送る。交戦直前状況にて全員の救命を最優先しろ」

「出現勢力はORE‐AMFC(武装セクション)と推定……そして、OPRS(作戦指導部)

 輸送や工作とは違う、戦闘に特化したOREの武装セクションが出現し、事態に介入した時特有の現象だった。

 OREの武装セクションが出る時は、必ず作戦指導部の人間も出現する。

 ここに現れた武装セクションの規模にもよるが、対処部のエージェントだけで対応出来ない可能性も出て来た。

「調査部と情報部は、予測していなかったっていうの? ここでの武装セクションの介入を!?」

 思わず叫んだ紫苑に、橋爪の声が答えた。

「それについてのデータも送られて来ている。掴めたのが向こうで、(・・・・・)つい2分前(・・・・・)だとよ……分かるだろ? こういう事が出来るのは誰の差し金か」

 答えない紫苑に、苦しげな声で橋爪は続けた。

 彼もどこか負傷しているらしい。状況もさっき『危機』と言われている。

「『レッドキャンディ』……」

 破砕音と共に声が途切れた。

「紫苑先輩! 班長が撃たれました!」

「『ブーストラップ』より『ディンドン』、作戦中通信にはコードを使え」

 小石川の恐慌を来たした声に、管制はやたら冷たく、他人事の様な声で咎める。


 画面に青の枠、つまり味方の時間跳躍者が数人出現したのを見る。

 無音銃を構えながら、モンペの女性達を囲む体勢のままで現れた彼ら。

 対応を引き継ぐと、紫苑は管制指示の座標を転送し跳躍した。

 粒子が溶け合う様にして目の前に展開された視界に、同時に赤い枠が幾つも出現した。

 枠と共に現れた様々な年代の、訓練された感じの男女。

 この時代の人間の服装をしているが、この時代の人間でないのが紫苑にもすぐに分かる程の気配を漂わせていた。

 そして、一様に無音銃の銃口を向けている。

 青い枠も同時に至る所で現れていた。

 紫苑は自分のいる場所を確認する。

 さっきまでいた場所から数百メートルほど離れた、並んだ民家の裏手と畑の間をどこまでも伸びるあぜ道だった。

 現場に元からいた2名のエージェントは目の前で背中を見せて、突然の事態に凍りついている。

「伏せなさい!」

 彼らに鋭く言い放つと、赤枠から『ORE‐UNDERCOVER AMFC』の黄色い表示に変わった、OREの戦闘員達へと無音銃を連射する。

 銃弾が何発も顔の脇を掠める。頬が切れ、三つ編みのお下げが解けた。

 一人、二人と、倒れたORE構成員を彼らの仲間が回収して撤退し始めた。

 これは彼らの、被弾を『なかった事にする』能力が限界を迎え、増援も中止となった事を意味している。

 更なる攻撃を加えながら、エージェント数人が陣形の崩れたOREへ突入する。

 回収すらされず、2名ばかりが取り押さえられた。


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