2−1: 百人
翌朝、バンスマンは会議場へと向った。
スタッフが早足で慌しく行き交っていた。その様子を眺めながらバンスマンは会議場の扉を開けた。
会議場は、その外よりも騒がしかった。
「言ってたのは、これか」
バンスマンは会議場の後の壁沿いの通路を通ると、既に三人のレアンデルターレンシスが座っている場所へと進んだ。
「クランス、君が言ってたのはあれか?」
バンスマンは、隣りのネアンデルターレンシスに声をかけた。
「あぁ、あれだ」
クランスは会議場の右手を見て答えた。
「各種から五人ずつだったんじゃないのか?」
「そうなんだがね。人類連合の会議に出るのは三回めだが。いつもあぁだな」
「まぁ、当事者だからということもあるんだろうが」
「いや、そういう話でもないんだ」
「どういうことだ?」
「どう説明したものかな」
クランスはしばらく考え込んだ。
「私たちの場合、他薦と抽選で選ばれてここに来ているだろ? ハイディとフローも同じと聞いているが」
バンスマンはうなずいた。
「だが、連中の場合、どう言えばいいのかな……」
クランスはまたしばらく黙り込んだ。
「あぁ、利権と言ったか。それで、出席を譲らない連中がいるらしくてな。出席者のリストは確認したか?」
そう言われ、バンスマンは左耳にかけたデバイスの、後に回してあったグラスを左目の前に持って来た。
「リーマン、出席者リストを」
それに応え、グラスには出席者リストが表示された。
「おい、なんだこれは? 南北から五十人ずつになってるぞ」
「今朝になって、そうなっていた」
「多いとは思ったが。五十人ずつとはな。スタッフが忙しそうだったが。そういうことか」
「しかもな、五十人の中でも利権がどうのこうのとあるらしくてな。それが頭の痛いところだ」
「リーマン、南北カーペンターのクラスタを見せてくれ」
グラスにはそれぞれ十個のクラスタが表示された。
「それなりにバランスは取ってはいるわけか」
「それが問題だ」
バンスマンは百人のカーペンターを眺めた。
「なにを言っても、どれかが反対するわけだ」
「あぁ。私がこれまでに出た二回の会議でもそうなってな」
そう言い、クランスは溜息をついた。
「カーペンターについては知っていたつもりだったが」
「実際に見ると、まぁそうだな、圧巻というか、言葉を失なうよな」
その言葉にバンスマンはうなずいた。
バンスマンは他の席を見渡した。五人めのネアンデルターレンシスも席に着き、ハイデルベルゲンシスも、フローレシエンシスも全員が揃っていた。
「どうしたものか。いや、ハイディはどうするつもりなんだ?」
「どうにもできないな。ただ、四種の中では最古の歴史を持つという理由で、どうにかするしかない」
「それでカーペンターは納得するのか?」
「ハイディが結論を出したって、それに納得するわけじゃないさ。ただ、会議の進行をまかせることには、それで納得するな」
「納得ねぇ」
「君が考えている納得というは違うだろうな。歴史という権威には納得すると言ったところか」
「さっぱりわからんが」
「私にもわからないよ。だが、連中の文化はそういうものらしい」
「権威に、利権か」
そう言って二人は黙り込んだ。
「カーペンターの社会は、階層構造を基礎にしているんだろ?」
バンスマンが訊ねた。
「あぁ」
「そうすると、あの中にも階層構造があるのか?」
その問いかけに、クランスは唸った。
「あるような、ないような」
「ないのか?」
「いや、各々のクラスタの中には一応あるようなんだが」
「じゃぁ、クラスタの間には?」
「そこなんだよなぁ」
クランスは溜息をついた。
「クラスタ間にはないのか?」
「ないわけでもないらしいんだが」
「だったら、結局は南北一人ずつが納得すれば……」
「いや、そこがなぁ。さっきクラスタの中には一応階層があると言ったが、そこもそう単純じゃないようでな。誰もがあっちのクラスタに着いたり、こっちのクラスタに着いたりとかな。その場その場でクラスタが形成されたりとかな」
「それじゃぁ、クラスタのトップが納得すればいいというわけでも……」
「あぁ、そういうわけでもない」
二人はまた黙り込んだ。
「そんな連中を相手に、どうすれば……」
「どうしようもないな。人類連合が機能していないという話は聞いたことがあるだろう?」
バンスマンはその言葉にうなずいた。
「それは、そういう理由でなぁ」
「カーペンターの文化か……」
「文化というか。こうなると、ネアンデルターレンシスと同系種というのもあやしく思えるな」
「同系種なのは間違いないじゃないか」
「それはそうなんだが。ハイディとも私たちとも、おまけにフローとも、なにか根っこのところが違うとしか思えない。それは言い過ぎかもしれないのはわかっているが」
バンスマンは、またうなずき、そして黙っていた。