1−5: フローたち
「そう簡単に言えるものでもないように思うが」
自分の前にあった皿が下げられ、テーブルの中央にピンチョスの大皿が、先の自分のものよりに大ぶりのデカンタが、そして新しいグラスが三つ置かれるのを見ながら、バンスマンは言った。
「七百年前に君たちをクローが見付けたが、そのあとの四百年間の扱いを考えるとなぁ」
「扱いは扱いとして、それまでニーに発見されていなかったことのほうが不思議ですが」
フォイラはピンチョスを口に運んだ。
「それはまったくそのとおりなんだが。なにしろインドネシア、メラネシア、ミクロネシア、ポリネシアにわたる文化圏を持っていたものなぁ。ユーラシアの西側から新大陸への、西周りの航路にばかり目が行っていたからという言い訳はできるとは思うが」
デカンタから白ワインをグラスに注ぎながらバンスマンが答えた。
「仮にですが、ニーやハイディが私たちと最初に接触していたら、どう扱かったと思いますか?」
「それは難しい質問だな」
自分の食事をたいらげたマーシパルが答えた。
「ニーの記録を読む限り、クローの文明とフローの文明では、フローの文明のほうが発達していると判断した可能性は充分に考えられる」
「フローは石造りの建造物を持っていたが、クローは農耕と牧畜、そして狩猟の段階で、建物は日干し煉瓦が主なものだった。それに都市国家がどうにかあるという状態だったからな」
「それも巨石遺跡を中心に置いた都市国家だったな。ただ、あれが都市、あるいは国家の初期の状態についての認識を改めるきっかけにはなったな」
マーシパルは大ぶりのデカンタに目をやりながら、自分のワインを飲み干した。
「あぁ、民族あるいは部族を守るため、つまりは戦争に備えて都市や国家が作られたという、それまでの説への反証になったな。すくなくともそれだけが理由ではないということがわかった」
「その後、三百年ほどでニーと同程度の文明水準に達っしましたね」
フォイラもデカンタからグラスにワインを注いだ。
「あぁ。そして君たちフローを発見した」
「その段階では、クローは私たちフローをどう見たでしょう? 石造りの建造物と言っても、ニーの文明での建造物に比べれば粗末なものでしたし。それに、私たちの体躯から、ホモ属と考えることはなかったのかもしれません。そう思われて当然とは考えませんが、そう思われる可能性はあったでしょうね」
フォイラはワインを一口飲み、そしてもう一口飲んだ。
「だからと言って、君たちを奴隷にしていい理由にはならないがね」
マーシパルは新しいデカンタからグラスに注ぎながら言った。
「だいたい、私たちのであれハイディのものであれ、古い建造物をクローに見せたんだ。私たちがクローと出会ったときの文明水準と、はたしてどちらが発達しているのかとね」
そう言いバンスマンはピンチョスを一つ取った。
「だが、それがどうだったのかな。クローにとっては、ハイディとニーの数千年前の文明に留まっていると思えたのかもしれない。あるいは、クローはニーと出会って、ニーの文明水準に達っしたという、嫌味のように思えたかもしれない」
マーシパルはグラスから香りを確かめた。
「それで四百年だものなぁ。フローには悪かったと思う。どう言えば言いのかな。クローのフローへの接っしかたに意見するたびに、それが逆効果だったというか」
バンスマンは溜息をついた。
「いえ、当時もハイディとニーの働きかけはわかっていたようですから」
「そうは言っても、結局君たちフローは元々の住処からオーストラリアに移される結果になってしまったじゃないか」
「それはそうなんですが。あれ?」
フォイラはピンチョスを一つ取り、ワインを一口飲んだ。
「ご存知なかったですか?」
「なにを?」
マーシパルが簡単に訊ねた。
「オーストラリアは元々私たちの文明圏の一部でしたよ」
バンスマンとマーシパルがフォイラをみつめた。
「メラネシアあたりまで行っていて、オーストラリアに行っていないわけがないじゃないですか」
「あぁ、」マーシパルが言った。「それはそうだ。だが、オーストラリアには大したものは残っていなかったはずだが」
「えぇ。フローの性質、あるいはオーストラリアの気候ですかね。オーストラリアを捨てたわけじゃなかったんですが、航海の途中での寄港地のような扱いだったようです。そういうのは点在していたでしょう?」
「確かにそうだったな」
マーシパルもピンチョスに手を伸ばした。
「それじゃぁ、現在、元々の居住地の返還を求めているのも、たんに元の文明圏を回復しようというだけのことなのか」
バンスマンもまたピンチョスに手を伸ばした。
「それに、オーストラリアが割り当てられたときに、すんなり受け入れたのも、そういう理由だったのか。私たちニーは、君たちがやけにあっさり受け入れたと思っていたのだが」
「当時の状況として、受け入れざるをえなかったということはあると思いますが。でも、そういう理由もあったと思います」
そう答えると、フォイラはまたピンチョスを取った。
「これ、おいしいですね。いろいろあって。あとで知り合いに教えてあげることにしますよ」
フォイラは笑顔で言った。