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種の衝突  作者: 宮沢弘
第一章: 歴史観
3/26

1−3: 旅の過程で

「それで、どこまで話したんだ?」

 マーシパルはバンスマンとフォイラに顔を向けた。

「時間的な視野と、そこから来るだろう文化の違いですね」

 フォイラが答えた。

 バンスマンはついてきたハンマーで塩釜を割り、ナイフとフォークで肉の上から塩をどかしていた。

「その話か。何万年という単位では記憶しないし、いや最近は記録だろうが、何万年という単位では考えない」

 バンスマンはステーキと格闘していた。

「固いでしょう? 包丁が入れてあると思うので、それに沿ってやってみてください」

「ん? あぁ」

 包丁のめを探り、バンスマンはナイフを入れた。

「それは私も参考にしよう。だが、バンスマンは別のことを考えていたようだ」

 マーシパルはバンスマンがステーキを切り分けるのを見ながら言った。

「そうだな。文化の違いとは言っても、それは単独で存在できる違いじゃぁない。時間的な視野にしてもだ」

 バンスマンはステーキをいくつかに切り分け、デカンタからグラスにワインを注いでから答えた。

「その背後には、絶対ではなくとも種としての性向がある」

 切り分けたステーキの一つにフォークを刺し、口に運んだ。

「それはあるだろう。私たちハイデルベルゲンシスは、過去を語り、未来を見据えることからストーリーテラーとも呼ばれる。君たちネアンデルターレンシスは、思索を好むことからフロソファーとも呼ばれる。それは科学にもおよんでいる」

 マーシパルはそこで顔をフォイラに向けた。

「君たちフローレシエンシスは、穏やかさと、そしてこの前に見せた強さからホビットとも呼ばれる。これには、まぁ、体躯も関係してはいるが」

 フォイラは最後のフルーツを口に運び、うなずいた。

「そしてクローは、作り上げることに長けている。だからカーペンターとも呼ばれる。フィロソファーとカーペンターの出会いがもたらしたのは、技術の急速な発達だった。このデバイスは、このデバイスそのものも、サービスも、バックエンドにある機器も、フィロソファーとカーペンターの交流の結果だし、最高のものの一つだ」

 その言葉を聞いている間、バンスマンはステーキをフォークでつつき、突き刺し、そして口に運んだ。

「その出会いだな」

 バンスマンはワインで流し込んで言った。

「当然、それ以前にニーとクローは出会っている。クローはユーラシアの南岸を辿り、東岸を辿り、そして新大陸に渡った。その過程でニーとクローが出会っていないと言える理由はない。会っていなければおかしい」

 フルーツをバンスマンはフォークで刺し、食べた。

「クローが新大陸に到達するまでの数万年の間、彼らが辿り着いた場所には私たちニーが、すでにいたはずだ。そこで衝突が起きなかったと思うか?」

「君は、クローの性向にはニーが影響していると?」

「数万年から十万年、そういう衝突が続いていたなら、遺伝的にも影響は出るだろう。彼らの群れる習性だって、ニーを警戒する行動がもとにあるのかもしれない」

 そう言い、バンスマンはステーキにフォークを刺し、食べた。

「ニーとの衝突ということなら、私たちだってあってもおかしくはありませんよ? 狭い海を挟んでいただけなんですから。ワインをすこしいただいてもいいですか?」

 フォイラはそう言い、バンスマンにそう訊ねた。バンスマンはうなずいた。

「それなら私たちハイディの影響もないとは言えない。長ければ数万年かな、ハイディはクローをピナクルポイントに閉じ込め続けてきた」

「それは環境の影響で……」

 バンスマンが言葉を挟もうとした。

「だとしてもだ。東岸でも西岸でも緯度が低く、暮しやすい場所はあった。ピナクルポイントにしか住めなかったのには、私たちハイディがすでにそこにいたからだ。そしてクローがピナクルポイントを出てからの何万年か、アフリカ東岸でもバンスマンが言ったようなことが起きていただろう」

「思うんですが、」フォイラは言った。「お二方とも、そのあたりまでの、言うなら責任を、種として取ろうとお考えですか?」

 バンスマンとマーシパルは顔を見合わせた。

「いや、責任を取るという話ではないな。クローの性向を形作った要因として、検討に加える必要があるのかもしれないというくらいだと思うが」

 マーシパルがそう答えた。

「そうそう、そういうところなんですよ」

 フォイラはグラスからワインを飲み干して言った。

「十万年、それとも二十万年を、あなたがたは見渡そうとする。それは必要なことでしょう。それが可能ならという条件がつきますが。先に、報告書でキューバ危機にすら触れていないのはなぜかとハイディ・マーシパルから聞かれましたが。答は簡単です。キューバ危機はもう終った。だからこれとは関係がない。クローはそう考えるんです。そういう文化でずっとやって来ました。それはもしかしたらお二人が言うような、淘汰の結果としての遺伝的要因が影響しているのかもしれません。ですが、ともかくクローはそう考えるんです」

「フロー・フォイラ、では会議において一万年という視野を持つことを要望するのは無駄だろうか?」

 マーシパルが訊ねた。

「無駄と言えば無駄でしょうね。文化の問題だとしても、その準備ができているとは思えません。ですが、ハイディとニーから、そのように要求されることは無駄ではないと思います」

「つまり、メキシコでの発砲以前からの経緯を求めてもかまわない?」

「えぇ。お二方がクローもホモ属であり、しかも同系種だとお考えなら、そしてクローにもできるはずだとお考えなら」

「そこだなぁ」バンスマンがつぶやいた。「クローに、それができるのだろうか」

 しばらく沈黙が続いた。

 そしてマーパルの横に料理を載せたワゴンがやって来た。


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