5−5: 軌道エレベータ
「ニー・クランス。これはとりあえず片がついたとしていいだろう。会議のこのあとで、また詰めればいいし、半期報告で報告も上がってくるだろうからな。それで、次の話を済ませたい」
ハイディ・マーシパルはデバイスを通して言った。
「そういうことなら」
ニー・クランスは応えた。
「ヘルダ、正面スクリーンに議題を表示してくれ」
正面スクリーンには大きく「軌道エレベータ」と表示された。
「クローの話題は、またあとで細かいところを詰めるとして。こっちの話題も議論をお願いしたい」
ニー・クランスはデバイスに言った。
「素材の実現にはもうすこし時間がかかるようだが、目途はついた。十から十五年以内での着工を考え、場所の検討を進めてもらいたい」
スクリーンには、その言葉を受けて次のように表示された。
| * ガラパゴス諸島付近
| * モルディブ付近
| * ポリネシア、ミクロネシア境界付近
「言うまでもなく、ガラパゴス諸島は新大陸、つまりクローの領域に近い」
表示は次のように変わった。
| * ガラパゴス諸島付近〔クロー〕
| * モルディブ付近
| * ポリネシア、ミクロネシア境界付近
「モルディブであれば、ニーとハイディ、どちらかと言えばニーに近い」
| * ガラパゴス諸島付近〔クロー〕
| * モルディブ付近〔ニー、ハイディ〕
| * ポリネシア、ミクロネシア境界付近
「それから、ポリネシア、ミクロネシア付近であれば、フローに近い」
| * ガラパゴス諸島付近〔クロー〕
| * モルディブ付近〔ニー、ハイディ〕
| * ポリネシア、ミクロネシア境界付近〔フロー〕
「これでの問題は、ベースへの、あるいはベースからの輸送になるだろう。この点については、ガラパゴスかモルディブがやはり妥当だと言えるだろう」
表示はギルバート諸島からキリティマティ島周辺に切り替わった。
「科学的見地からの意見ではないが、フェニックス諸島を例とするが、周辺へのインフラの整備なども含めて、意味のある事業になるだろう」
複数の島を繋ぐ大規模なメガフロートに映像が切り替わった。
「ここで重要なのは、ガラパゴスはクローの領域に近く、モルディブはニー、ないしハイディの領域に近いということだ。どちらも、ハイディやニー、あるいはクローの圧力により建設と運用に支障がでる可能性を検討する必要があるだろう」
「全人類の事業にそんなことをするつもりはないが」
南のクローの一人が言った。
「だろうが、懸念はある。これまでの、そして今回の南北のクローの衝突は、その懸念を実際的なものとして考えさせる要因になる」
ニー・クランスはしばらく黙ったが、南北のクローからの返答はなかった。
「対して、フェニックス諸島などであれば、フローの領域ではあるものの、オーストラリアなどフローの領域西部からは離れており、仮にフローが軌道エレベータの運用に干渉しようとしても、ガラパゴスやモルディブよりも、それはやりにくいだろうという点がある」
「やらないと思いますけど」
バンスマンのデバイスからは、フロー・フォイラの呟きが漏れた。
「ただし、それとは別の懸念もある」
スクリーンには、現在のフローの都市やイベントがいくつか映し出された。
「フローは現在文化を再建、あるいは復興している最中であり、軌道エレベータの建設と運用がそれに影響を与えるかもしれない」
スクリーンには回る地球が映し出された。
「個人的には、フェニックス諸島などを候補地にしたいが、すくなくとも、これまでのガラパゴス、モルディブに、フェニックス諸島などを候補地として加えることを提案したい」
しばらくの沈黙ののち、さきほどの南のクローが言った。
「差別的な意図はないが。フローを優遇しすぎではないかな?」
「その点は否定しない。だが、一つの候補としてもいいだろうと思う」
「まぁ、それなら」
クローはそう応えた。
「三つの海域の、地質的、気象的、建築学、経済的な調査を、そして軌道エレベータの建設にかかわる科学技術に対するバックアップを、四種人類連合の方針としたいと思う」
ニー・クランスは開場を見渡した。
「それではこの件について投票をお願いしたい」
数分の後、スクリーンには注釈や注釈マークがついた結果が表示された。
「では、これはそのようにすると意見がまとまったと考えます」
「さて、あと五日間、これらのことがらを詰める必要もあるし、他の議題もある。それらは分科会にまかせるものもあるし、ここで出席者全員で検討する必要もある」
ハイディ・マーシパルが、話題が一先ず落ち着いたことを見て、話しはじめた。
「だが、まずは南北のクローが軍事的行動を行なわないとしてくれたこと、そして人類連合の、とくに会議へのクローの参加のしかたの了解が取れたことで、最初の二日間の成果としましょう。明日からの会議も難しい問題があるかもしれませんが、人類連合として、人類の代表として、よい結果を出せるように心がけましょう。まずは、二日間、ありがとうございました」
ハイディ・マーシパルの言葉に、会場は拍手で答えた。




