5−4: オプション
「うん、どうかな」
しばらくクローを観察し、そちらを見たままニー・クランスが答えた。
「見たところ、たしかにクラスタ内での上位は、立ち上がる、肘を張る、大きな身振り、それと大声というような威嚇行動が見えるようにも思う。同時にクラスタ内での下位は、身をすくめることもあるように思えるが」
「クローのクラスタに見られる要素は、どういうものだと思う?」
バンスマンが訊ねた。
「まぁ、上下関係というところだろうな」
ニー・クランスはそのまま答えた。
「つまり、あれはそれを示すための威嚇行動だと?」
「それもあるだろうし、クラスタ上位を位置取ろうとするためかもしれない」
「ヘルダ、関係する論文や資料はないか?」
ニー・クランスは正面を向くとそう訊ね、ディスプレイの表示を確認した。
「あるな、そういうの。資料をリーマンに転送」
届いた資料をバンスマンはしばらく眺めた。
「こういうクローの社会や、あぁいう威嚇行動は、一般的な社会の運営や維持には有効なのだろうか?」
「二万から一万年くらいまえの記録だと、ニーの社会も階層構造を持っていたが。それは部族単位の時代だな。都市ができるようになると、そのやりかたが崩壊した。そのやりかただと無駄な軋轢や抗争があったからのようだが」
「あぁ、そう思える痕跡と記録があるんだ」
バンスマンは、眺めていた資料のいくつかを選び、それをヘルダに送るようにリーマンに指示した。
「そこは、君のほうが詳しいか」
送られたリストを見て、クランスは笑みを浮かべ応えた。
「そうすると、単純に考えるなら、クローの社会はニーの社会における二万年まえの段階ということか?」
「そういうことになるのかな…… 威嚇行動を見ると、そうとも思えるが」
「そこで私たちニーと接触し、社会はそのままで現在に至る」
「どうなんだろうな…… 社会性については何万年かをかけて、そちらの方面に進化を強めたという可能性もあるだろうし」
「まず、オプションの選択から答えましょう」
南のクローが言った。
「オプションとしては、3.を選び、3.2.も受け入れましょう。しかし3.1.は質問がある」
「どうぞ?」
ハイディ・マーシパルが訊ねた。
「他薦というのは、専門家が対象となると考えていいのかな?」
「そうしてもかまいませんが。専門家ということであれば、社会的認知度が高いヒトか、組織を基準に推薦することになるますか?」
「おそらく、そうなると思うが」
ハイディ・マーシパルはしばらく黙った。
「できれば個人が個人を推薦するのが望ましいのですが。つまるところ、推薦されるヒトの考えかたなどにもとづくのが望ましく、社会的認知度や組織というバイアスからの影響は避けて欲しいところです」
「南北、八億人ずつとして。個々人が誰かを他薦するなど…… 我々は他人のことを他薦できるほどには知らない」
「ならば、知るように努めてください」
「八億人だぞ!? 」
「えぇ、人口統計はわかっています。ですが、フローはともかく、ハイディとニーは二十五億人に対して、それをやっていますよ。フローは、一億人でしたか?」
「およそ、そのくらいですね」
フローの一人が答えた。
「役職による出席という、これまでの方法では……」
「適切な人材が出席しているとは思えませんが?」
「いや、ある役職にあるということは専門家であることを示し、適切な人材であることも示していると思うが?」
「では、ここで百人の南北のクローの出席者が全員、この会議に出席するのに適切な人材であることを示していただけますか?」
「よかろう。まず私だが、南部連邦の軍を担当する文官だ」
「それは肩書であり、適切な人材であることを示す根拠とはなりませんね?」
「か、彼は政府の経済担当上位役員であり……」
「それも肩書ですね?」
「それなら、そちらはどうなんだ!? 出席者リストを見れば、大学の教員だったり、やはり肩書だろうが!?」
ハイディ・バンスマンは自分のデバイス、パーキーのディスプレイを眺めた。
「ハイディ・タラーク、あなたの仕事はなんですか?」
「私は清掃を趣味にしています」
「あなたの肩書はなんでしょう?」
ハイディ・タラークはしばらく黙りこんだ。
「私はエジプトに住んでおり」
「いや、失礼。それは住所ではありませんか?」
「えぇ、そうですね。いや、肩書と言われても、なんのことなのか」
「そうでしょうね。では、あなたが他薦された理由はなんですか?」
「えぇと」
そう言い、ハイディ・タラークはデバイスとやりとりをした。
「他薦理由は、デバイスによると、ライフワークであるフローの文化、とくに文化の喪失と部分的な保存、そしてその変質と復興についての調査と資料の公開とのことですが」
ハイディ・バンスマンはうなずいた。
「このように、肩書とは関係なく出席者は推薦されています。なにより、ニーとクローの協力による、デバイスの助けがあります。先程のクローの、人数についての主張も、なにをもって適切な人材とするかについての言及も、すくなくとも人類連合では意味をなしません」
「それでは、自薦に対する投票ではだめなのかね?」
先程の南のクローが訊ねた。
「なにをもって、自薦に足ると言えるのかの説明をもらえれば」
南北のクローは、またそれぞれ議論をはじめた。
「では提案がある」
北のクローが言った。
「そちらが提案する方法への移行の期間を用意して欲しい。その期間は、自薦と、それに対する投票にしてもらいたい」
「では、その提案について出席者に訊ねてみましょう。デバイスから投票をお願いします」
ハイディ、ニー、フローが各々デバイスに意見を応えた。
数分後、正面のスクリーンには多数の注釈や注釈マークがついた結果が表示された。
「その方法で、いずれは他薦と抽選による方法に移行するということでまとまったようですね」
ハイディ・マーシパルが操作しているのか、いくつもの注釈が選択され、拡大され、そしてまた別の注釈へと移って行った。出席者は、その注釈を共に読んでいた。




