5−1: 信任
午後になり、会議場にヒトビトは集まってきた。
南北のクローの席はやはり喧騒に包まれていた。
「それでは会議を再開しましょう」
ハイディ・マーシパルが宣言した。
「昨日の時点で、南北ともに軍事的行動は行なわないと言ってくれました」
ハイディ・マーシパルはクローたちの席を見た。
「では、今後はどうするのか。今朝、ハイディ・サマールはクローに後見種族をつけるという話題から入りました。対して、昨日の時点ではもう一つ、クローをホモ属ではないと政治的に判断し、相応の対応をするというオプションが挙げられていました。そのどちらであれ、クローは受け入れられますか?」
「断わるね」
「問題外だ」
南北のクローがそれぞれ答えた。
「それでは、どのような対応が考えられるでしょうか。ハイディ、ニー、フローから意見を求めます」
「その前に一ついいかな」
北のクローが発言した。
「そもそも、ハイディ・マーシパル、あなたに議事を進行する権限はあるのかをはっきりさせたい。軍事的行動による衝突は南北ともに望んでいない。その点については、誰が進行しようがかまわない。だが、これからのこととなるなら、話が違う。ハイディ・マーシパル、あなたはどういう権限で議事を進行しようとしているのか、あるいはどういう信任で議事を進行しようとしているのか、まずはそれをはっきりさせて欲しい」
「ふむ。この会議では、進行を行なう者が誰であるかという決まりはない。ですが、こういう場合、クローはどうするのでしょう? 信任投票だったでしょうか? それでよろしいですか? もちろん、クローにはその投票からは外れてもらいますが」
「それでいい。早速やってくれ」
「では、ハイディ、ニー、フローは、私を進行役として信任するか、投票をしてください」
3秒後、正面に結果が表示された。14票の信任が得られていた。
「それでは、信任を得られたということでよろしいですか?」
ハイディ・マーシパルがクローたちに訊ねた。
「待て!」
先のクローの声がした。
「14票ということは、ハイディ・マーシパル以外の全員が信任したということか? 数秒で? おかしいじゃないか。ハイディ・マーシパルは事前に工作でもしていたとしか思えない。おそらくはハイディ・サマールも同じじゃないのか?」
「なるほど。そういう疑いですか。では、こうしましょう。私の信任は終った。あと十四人のハイディ、ニー、フローについて、同様の信任投票を行ないましょう。いかがですか?」
ハイディ・マーシパルはクローたちに提案した。
「ぜひやってもらおう。そうすればハイディ・マーシパルとハイディ・サマールがなにかをしていたかはっきりするだろう」
「それでは、投票を開始しましょう」
ハイディ・サマールを含めた残りの14人への信任投票が、一人ずつ開始された。だが、いずれもせいぜい数秒で14票の信任を得た。
「おかしいだろう!」
先のクローがまた声を挙げた。
「揃って、全員が信任だと? 誰かを信任するなら、他の誰かは信任しないというものじゃないのか?」
「そういうものなのですか?」
ハイディ・マーシパルは訊ねた。
「そういうものだ!」
「ですが、結果はこのとおりですが?」
「いいか、誰かを信用するということは、誰かを信用しないということだ。そうでなくてどう信任などできる?」
「そういうわけでもないようですが?」
「だからおかしいと言っているんだ」
「すこしよろしいでしょうか?」
ニー・クランスが割り込んだ。
「話は単純でしょう。会議に臨む前に、出席者の背景などは簡単にではあっても調べてある。その上で、誰であっても信用できるという判断を下している。それだけのことではないかと思いますが?」
「これは陰謀だ!」
また先のクローが声を挙げた。
「クローを貶めようとする陰謀だ! その点で、フロー、ニー、ハイディの利害が一致しているんだろう!?」
「ハイディ、ニー、フローからここに来ているヒトがどのように選ばれているかは知っていると思いますが」
ニー・クランスは続けた。
「だとすると数十億人が結託した、えぇと、そう、陰謀ですか?」
「それ以外の理由があるなら教えて欲しいものだ」
「ニーア・ホーマー、彼らはなにをしたいんだ?」
後の席を見てバンスマンは訪ねた。
「そうね、彼らが推薦するヒトを進行役にしたいんじゃないかしら?」
「では、陰謀がないと明らかにするためには、どうしたらいいでしょうか?」
「ふん」
先のクローが答えた。
「私たちから、進行役を推薦したい。あぁ、安心して欲しい。そのヒトはクローじゃない」
「ほら、ね?」
ニーア・ホーマーがバンスマンに笑みを返した。
「それだけじゃない。フローだ。フローがクローにいい感情を持っていないのは知っているな? それでも不満かな?」
正面のスクリーンに、そのフローの名前と顔写真、略歴が表示された。
「さて、彼について信任投票をしてもらおうか」
そのクローは、そう言った。




