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種の衝突  作者: 宮沢弘
第四章: 社会性指標
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4−5: 命令

 ユーラシア大陸東部の料理の大皿がいくつか丸いテーブルに置かれた。

「ニーア・ホーマー、ハイディの料理でもよかったんだが」

 バンスマンはリーガルパッドを椅子の背の側に押し込むと、マーシパルを見ながら言った。

「いや、気にしなくていいよ、バンスマン。実は、東部の料理はほとんど食べたことがないんだ。こう並べられると、興味が湧くよ」

 その言葉を聞き、ニーア・ホーマーは微笑んだ。

 クランスは小皿に取り分け、みなに薦めた。

「私も東部の料理には、あまり馴染がないが。東部だと、取り分けるんだよな?」

 ニーア・ホーマーに訊ねた。

「えぇ。クランスのあたりだと一品ずつ、一人ずつ別皿よね」

「そうとも限らないが。まぁ、上品な場合はかな。一皿に載せる気楽な食事もあるよ。それはバンスマンのところも同じだが」

「ニーア・ホーマー、あまりそういうところを突かないほうがいいよ。クランスがそのあたりを話し始めると長くなる」

 バンスマンは笑みを浮かべながら言った。

「みなさんの食文化は豊かですね」

 フロー・フォイラは大皿を一つ一つ見て、言った。

「君にそれを言われると、辛いものがあるな。南北両大陸での歴史もあるし。島々に残ったフローも、クローの領土として扱かわれたからな。いろいろな文化を失なっただろう。食文化もその一つだと思うが」

 マーシパルは料理に伸ばしかけた手をテーブルに置いて言った。

「そうですね。ですが、今、私たちが文化を作り上げようとしているという楽しみもあります。ハイディ、ニー、クローの文化の複製で終らないように。また、それを意識するあまりよくわからないものにならないように。島々になんとか残っている記録や風習から、復元しようとしたり。300年経ちましたが、これから500年後、1,000年後にどういう文化ができあがっているか。それを想像すると楽しいものです」

「そう言ってもらえると、すこしは気が楽になるよ」

「文化の醸成には歴史が必要だからな」

 クランスが料理を飲み込むと、笑顔で言った。

「それを意識して、試していけるという経験は、そうできるものじゃない」

「なんだ、クランス、いつものおしゃべりはしないのか?」

「そうそういつも饒舌になるわけじゃないさ。バンスマン、私たちの地域の文化は、そういうものとして受け入れてきただろう? 子供のときに、文化の経緯となる歴史は教わっても、その文化の形成に関与できるわけじゃない。伝えられた文化にすこし手を加えるのには参加できるとしてもな。ゼロからとは言わないが、文化や伝統が形作られる、まさにそのときに参加できたら、きっと楽しいと思うな」

「そうだな。ちょっとしたジョークでも仕込んでおいて、それが1,000年後にどうなっているか。そんな遊びを考えると楽しいな」

 それを聞いてフロー・フォイラは笑った。

「そうそう。まさにそういうことをやっているんですよ。まぁ、ちょびっとですが」

「それは、誰かが管轄しているのかしら?」

 ニーア・ホーマーが、小皿に取り分けたものをたいらげ、大皿に手を伸ばしながら訊ねた。

「誰かが管轄ということはありませんね。誰がなにを仕込んだというのは、伝わって来ますから」

「じゃぁ、仕込んだことの記録は残したりしているの?」

「現在は残しているんですが。それで悩んでいますね」

「悩むって?」

「ジョークを仕込んだという記録は、見つかったほうが面白いのか、見つからないほうが面白いのか」

「なるほど。それはたしかに難しい問題だな」

 クランスも新たに料理を取ると、言った。

「えぇ。残すにしても全部残すか、どれくらい残すかという話もありますし」

「そこだな」

 バンスマンが呟いた。

「えぇ。どれをどう残したら、どれくらい面白いのか。難しい問題です」

「いや、フロー・フォイラ、そっちの話じゃないんだ。クローの社会の話だ。面白い話の途中で悪いんだが」

 バンスマンはスプーンをテーブルに置き、背中側からリーガルパッドを取り出し、目を落とした。

「大きな三角形を見て、小さい三角形には考慮しない。それだけで充分なのだろうかと思っていたんだが」

 そう言ってバンスマンはフロー・フォイラを見た。

「君たちが今やっているのは、大規模な文化事業とも言えるだろう」

「そうとも言えますが、それほどのことでも」

「いや、大規模な文化事業だと考えてくれ。ニーア・ホーマーが言った管轄という言葉も気になったんだが。大規模な文化事業をクローが行なうとしたら、どうやるだろう? もちろん、三角形が存在するという前提でだが」

「そういう場合、クローは、上からの命令とかでやるんじゃないかな」

 クランスがすぐに答えた。

「そう。そうすることで、先に出した4という社会性指標は、実際にはもっと小さくできるんじゃないかと思うんだ。また、これは、大きい三角形を見たときに、小さい三角形を意識しないで済むための方法の一つでもあると思う」

「それじゃぁ、クローは人物や社会や物事の背景を無視するということ?」

 ニーア・ホーマーが訊ねた。

「無視するとまではいかないが。三つの組合せの多さを考えると、そちらを基本にしつつも負荷を減らそうとするなら、背景を無視するという戦略もありうるかと思ったんだ」

「そういうこともあるかもしれないが」

 ハイディ・マーシパルが応えた。

「だが、クローにこの話をするなら、大きな二つの三角形と、一つの大きな三角形になったら内部で抗争が起きる可能性、この二点に絞り込んでおきたいと思う。いずれはクローにも伝わるだろうが、この会議でそれ以外の話をすると、収拾をつけるのが難しくなると思う」

「だろうとは思うが。三角形というモデルを提示するだけで、すぐに推測できるんじゃないかな」

 バンスマンはマーシパルに訊ねた。

「だろうな。だが、はっきり言うことは避けたいと思う」

「だが、なにか考えてはいるんだろう? たぶん、時間をかける方法で。それはまかせるよ」

 バンスマンの言葉を聞いて、マーシパルは笑みを浮かべた。


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