1−2: フロー・フォイラ
バンスマンとマーシパルがチェック・インしてから数時間後、早くはない夕食に、バンスマンはレストランへと下りて来た。レストランとは呼ばれているが、それにしては簡素で、またそれにしては広く、つまりは立派ではあるものの食堂と呼ぶほうがあっていた。
バンスマンは空いている島を見つけると、その席の一つに腰を下した。すぐに左にウェイターが立ち、メニューをバンスマンに渡した。メニューにはサンプル写真も載っており、その点もやはり食堂という雰囲気だった。バンスマンはメニューの画面を何回かスライドし、注文する料理を探した。
「そうだな。この塩釜ステーキと、新大陸フルーツ盛合せ、それとハウスワインをデカンタで。あぁ、ワインはやはり新大陸種なのかな?」
「はい。いずれも新大陸種です」
ウェイターは簡単に答えた。
「そうか。じゃぁ、それで頼む」
ウェイターはメニューを受取ると厨房へと向かった。
バンスマンは頬づけをつき、右手では人差し指でテーブルを叩いていた。
「新大陸種ですから、いろいろ味が違いますよ」
向いの席の椅子を引きながら、小柄なヒトが言った。
「私たちは、これらにも慣れていますが」
そのヒトが腰を下ろすと、ワゴンからフルーツを主体にした料理がそのヒトの前に並べられた。料理の様子からは、食事の途中でこちらに移って来たようだ。
「ニー・バンスマンですね? はじめまして。フロー・フォイラです」
料理が並べられるのをバンスマンが見ていたのが気になったのか、フォイラは続けた。
「マナーは無視していますが、許してください。あぁ、それと、オーロックス系ではありませんので、塩釜ステーキは固いですよ。まぁ包丁は入れてあるでしょうけど」
バンスマンはテーブルの上から手を椅子に戻した。
「クリーキー、ハイディ・マーシパルを食堂に呼んでください」
フォイラはデバイスにそう指示した。
「マーシパルの友人?」
「友人とまでは言えないかもしれませんね。あ、失礼、続けさせてもらいますね」
「あぁ、冷える前に食べたほうがいい」
「正直に言えば、クローについてハイディ・マーシパルから相談を受けていてですね」
フォイラは食事を続けながら答えた。
「それで、ニー・バンスマンは食事が遅いだろうから、来たら知らせてくれと頼まれていたんですよ」
「ずっと食べ続けていたわけではないのだろう?」
「えぇ。軽いスナックでしのいでいたんですが、もう我慢できなくなって。それでこれを食べているときにあなたが来てしまって」
フォイラは笑いながら答えた。
バンスマンは眉間に皺をよせ、黙っていた。
「あ、やっぱり食べていると気になりますか?」
その様子に気づいたのか、フォイラは訊ねた。
「いや、それはかまわない。そうじゃなく、マーシパルに話したようなことを教えてくれないか? 結局、その…… クローを一番知っているのはフローだろうと思うんだ」
「そうは言っても、私も直接祖先のような経験をしたわけではありませんし。むしろ時間を経た分、認識は歪んでいるかもしれませんよ?」
「それはそれでかまわない。だが、その点について注意して聞くことにはするよ」
「それなら、えぇと、どうぞ」
フォイラはフルーツの一欠けを口に運んだ。
「マーシパルから聞いていると思うが。なぜ報告書は南北ともにメキシコでの発砲からはじまっているんだ?」
「南北が、その点については口裏を合わせているとお考えですか?」
「そう考えているというほどではないんだが。思っているとは言えるかもしれない」
「それはありませんね」
フォイラはフォークを左右に振りながら答えた。
「クローにとっては、まさにそこが発端ですから」
フォイラは一口大のステーキの一つにフォークを刺し、口に運んだ。
「しかし、マーシパルとも話したことだが、そもそもその状況についてはどう考えているんだ?」
「それに答えるのは、難しいですね。これは私たちのほうがニーやハイディよりクローに近いとは思いますが」
「マーシパルもそこを期待したんだろう?」
「そうなんですが。ハイディ・マーシパルにも言ったことですが。私たちにとっては、それにクローにとっても同じだと思うのですが、ニーもハイディも間違いを犯さないように思えます」
フォイラはワインを一口飲んだ。
「間違いを犯さない? 私たちの歴史を見れば、そんな馬鹿げたことはないのはわかるだろう?」
「わかります。ですが、フローとクローに比べれば、絶対に間違いを犯さないと言っても、あながち誤りではない。そう見えるんですよ」
「それは答の一部なのかな?」
「メキシコでの発砲の件についてのですか?」
バンスマンは、それにうなずいた。
「えぇ、もちろんそうです。クローもフローも、時間的な視野は短い」
フォイラはフォークを左から右へと動かした。
「すくなくとも、千年や一万年単位でものごとを見ることはできません。せいぜい……」
フォイラはまたフォークでフルーツを刺し、口に運んだ。
「百年単位がやっとでしょう。まぁ、私たちフローについて言うなら、ホモ・エレクトスかホモ・エルガステルから、おそらくは主体はそれらの混血だろうと思いますが、そこから進化しました」
「そう言われているな」
「そして、ハイディ、ニー、クローはホモ・アンテセッサーから、あるいはホモ・エルガステルとホモ・アンテセッサーの混血を主体として、そこから進化しました」
バンスマンはうなずいた。
「ですから、フローと、他の三種にいろいろな違いがあるのには理由がつくと思います」
フォイラはまたワインを一口飲んだ。
「そこで問題、というか疑問になるのは、同系種であるハイディ、ニーと比べて、なぜクローは違うのかという点だと思います」
バンスマンはまたうなずいた。
「おそらくは、それは種の問題ではないのだろうと思います。文化の問題ではないかと」
「そりゃぁ文化は違うが……」
フォイラはまたフォークを左右に振った。
「あなたがたは、つまりニーとハイディは交流があった。違う種、すくなくとも違う見た目の相手が目の前にいた。十万年も前には種の間での戦争があったかもしれません。わかりますか?」
バンスマンはフォイラの目を見た。
「いや、わからないな。どういうことだ?」
「あなたがたは十万年を背景にした、関係維持の知識と方法がある。違う種にしても、違う見た目にしても。ところが、クローにはそういう背景がありません」
「そういう文化的な違いだと?」
「えぇ、そう思います。あ、私たちフローにそれを要求しないでくださいね。脳容積がそもそも違いますから」
バンスマンは軽く笑った。
「神経回路の複雑さの問題だろ? 脳容積だけで決まるわけじゃない。そうでなければ、君がここにいるはずがない」
「まぁ、そうなんですが」
フォイラも軽く笑った。
「しかし、そういう文化的な違いか。それは考慮に入れる必要はあるんだろうな」
バンスマンがそう言ったときだった。フォイラはバンスマンの後に手を振った。バンスマンもそれに気づき、後を向いた。料理を載せたワゴンと並んで、マーシパルが歩いて来ていた。
マーシパルは席に着くと、料理をバンスマンの前に並べたウェイターに、「同じものを」と注文した。




