4−2: 脅威
二日めの会議へと、バンスマンはホテルを出た。
会議場への歩道に乗ると手すりに掴まり、右手にはリーガルパッドを掴み、歩道が滑るのに任せていた。
会議場では、百人のクローは昨日とは違い、静かに座っていた。
バンスマンはクランスを見けると、その隣に座った。
「六芒星な、参考になったよ」
「昨日の話か? 荒っぽい理屈でも、どう参考になったのかは気になるな」
「会議の後でな。マーシパルとフォイラにも話してみたい。理屈として妥当かどうかというより、面白いと思ってもらえるかどうかが楽しみだ」
「面白いって、どういう話?」後から、二人の肩の間に顔が突き出してきた。「気になるわね」
「ニーア・ホーマー」バンスマンは、あまりに近くに来た顔に驚いた。「クランスから聞いたのか?」
「いいえ。フロー・フォイラから、昨夜ね。レストランで、今後のクローへの対応を話しているときに。ニー・バンスマンとクローの秘教のしるしのことを話したとか、社会の荒っぽいモデルを考えているらしいとか」
「いや、これは遊びだから、君の気にいるかどうか……」
「あら、社会のモデルでしょ? それも私たちとクローの社会の違いについてのモデル。やっぱり興味は持つわね」
「君の専門は、政治とかだったかな。そっちの詳細だったり精密だったりするモデルとは違うからなぁ」
「そうね。詳細なモデル、というよりも論文はあるけど。たぶん、もっと大雑把なモデルが必要だとは思ってるの。大雑把という言いかたが悪ければ、適切に抽象化されたモデルね」
「適切に抽象化か…… それはどうだろうな」
「そういうわけで、私も興味があるから、その話に混ぜてくれない?」
「そりゃぁ、かまわないが」
「じゃぁ、ホテルのレストランの部屋を取っておくわね。昼食はそこにしましょう」
そう言うと、ホーマーの顔は引っ込み、バンスマンにはホーマーのレストランとの会話が漏れ聞こえた。
「では、クローから、どの種族を後見種族とするかの答えを聞きましょう」
ハイディ・サマールが切り出した。
「え!?」バンスマンはその言葉を聞き、声を漏らした。
「クランス、そこからの話だったか?」
左を向きクランスに訊ねた。
「いや、違ったな。ハイディ・サマールがクローと交渉したわけでもなかろう。あの様子だからな」
クランスは、会議場の奥のほうを指差した。そこでは、クローがなにごとかを囁いていた。
その囁きはしだいに大きくなり、怒号と罵声になった。
「すこし代わりましょう」
ハイディ・マーシパルが言った。
「さすがに、ハイディ・サマールの切り出しかたはいきなりだった。ハイディ・サマールに代わって謝罪しましょう」
マーシパルの言葉で、クローの喧騒はしだいに落ち着いていった。
「なんだ、この茶番は?」
バンスマンはクローの席を眺めながら呟いた。
「そう思うよな。だけどな、こういうのがクローの流儀なんだ。なんと言ったかな。首の挿げ替えと言ったかな? サマールは会議を進めようとしたが、不適切な発言をした。だから、会議を進める役割りから下りざるをえなかった。サマールが責任を取ったことで、クローは満足したという態度を取らざるをえない。まぁ、そんなところだったと思うが」
「マーシパルとサマールは打ち合わせていたのか?」
「どうだろうな。打ち合わせたかもしれないが。ハイディなら、これくらいは打ち合わせなしに読んでもおかしくはないだろう。それこそ、昨日、休会になった時にな」
「南北のクローに訊ねます。今後、両者の関係をどのようなものとしていくか、心づもりを教えてください」
ハイディ・マーシパルは丁寧に訊ねた。
それに応えるように、また囁きが始まった。
「どちらからでもかまいませんが」
クローの一部が、囁きあっていた。
「北から答えたいと思います」
クローの一人が応えた。
「この点は南大陸も同じだと信じているが、我々は戦争を望んでいるわけではない。だが、脅威があるとして、それに備えずに市民を危険に曝すままにしておくこともできない」
「なるほど。つまり、北としては、あくまで南が脅威であると主張するのですね? では、その点について南部連邦から話を聞きましょう」
マーシパルは、そこでまず話題を切った。
「では、南から」
南のクローの一人が応えた。
「南の主張も、主張そのものは北と同じものです。脅威をそのままに放置することはできない」
「ふむ。そうすると、南北ともに相互に相手を脅威とみなしている。この点はよろしいでしょうか」
マーシパルは確認した。
「そのとおり」
北のクローが応えた。
「たしかに」
続いて南のクローも応えた。
「では、その前提で訊ねましょう。相互に、なにを脅威と考えているのかを教えていただきたい」
マーシパルは新たに訊ねた。
「領土が侵略される可能性を脅威と呼ばずなんと呼べばいいのか。なにか呼びかたがあるなら教えて欲しいものだが」
北のクローが応えた。
「領土に限らないな」南のクローも応えた。「文化的な侵略も含めてもらわないと」
「すこし文化的な侵略について教えていただきたい」
マーシパルは南のクローに向かって言った。
「そうだな、たとえばクローの文化を継承し続けているのは南だと信じている。人類連合を否定するつもりではないが、人類連合ビルがこの北にあるのは、北はクロー自身の文化を尊重するよりも、むしろ放棄しようという意図があるからだと、我々は考えている」
「ですが、ニーとの接触以降、南も科学技術が発展し、文化は大きく変わっていると思いますが?」
マーシパルが訊ねた。
「文化はただ伝統であるということではないでしょう? 精神の問題と言っていい。その精神を継承しているのは、我々南部連邦だと信じている」
「では、この点について北部連邦意見をお願いしましょう」
「我々北は、ハイディ、ニー、フローとの共存が、必要であると考えている。たとえば、フローを平気でエイプと呼ぶ南部連邦とは、我々は違う。そんなものが文化だとか精神だとかと言うなら、とんだお笑い草だ」
「さて、」マーシパルは、すこしばかり声を強めた。「昨日はっきりとエイプと呼んだのはどちらだったでしょうか?」
北のクローは黙り込み、また南のクローからは笑い声が漏れた。
ニーア・ホーマーは、成り行きを見て、レストランに予約の変更を頼んだ。
「えぇ、20分後くらいかしら」
「文化の違いはあるでしょう。文化を大切にするということもあるでしょう。互いの文化の影響を、文化的侵略と呼ぶこともあるでしょう。文化的な相互理解には、長い時間がかかるでしょう。それには人類連合も協力します。では、もう一つの脅威である、領土の侵略の話をしませんか?」
マーシパルはそう提案した。
「南部連邦が侵略さえしなければ、問題は起きない。メキシコで南部連邦が発砲したことからもわかるとおり、侵略の意図を持っているのは南部連邦だ」
「ニーア・ホーマーです。休会の提案をします。北部連邦と南部連邦が互いに脅威だと考えているというのは、すくなくともニーにとっては不可解なものです。おそらくハイディにとっても、フローにとってもそうでしょう」
ニーア・ホーマーは立ち上がり、そう割り込んだ。
「そこで、ニー・バンスマンが、私たちにとっての理解の助けになるモデルの検討を行ないました。ハイディ・マーシパル、ニー・バンスマン、ニー・クランス、私ニーア・ホーマー、フロー・フォイラにおいて、そのモデルを改めて検討したいと思います」
「ニー・バンスマン、そのモデルは、今検討する価値があるものですか?」
マーシパルは訊ねた
「価値を保証とまではいかないが、価値がある可能性は保証しよう」
ニー・クランスが、バンスマンが口を開く前に、そう応えた。
マーシパルはすこしばかり間を置いて、休会を告げた。




